第27章
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『本当に、夢じゃないよね⋯。』
「なんじゃ。頬でもつねってやろうか?」
勝利の酒宴を楽しんでいるエレンとファランギース。
しかし葡萄酒の入った杯を手に持ったまま、エレンの意識はどこか遠く。
隣に座るファランギースと、もれなく隣を陣取ったクバードがさらに大きい葡萄酒を瓶ごと傾けていた。
エレンの頬を摘もうとすぅ、と伸びてきた手を華麗にかわし、かわりに女神官殿に礼を告げた。
『ありがとう、ファランギース。』
「なんのことじゃ。」
『私にいろいろ協力してくれたこと。』
トゥラーンが押し寄せてきた際に先鋒部隊として馳せ参じたファランギースとエレン。ファランギースはなんとしてもエレンをペシャワール城へ入城させなくては、と意気込んでいた部分があった。
それはエレンがさらなる高い地位へと登るために必要なことと認識していたから。ファランギースはナルサスから力になってやってほしい、と頼まれていた。
それを二つ返事で了承したのは彼女だ。
ファランギースにとってエレンは得難い友人でもあった。
絶世の美女と称されるファランギースにとってなんの偏見も持たず接してくれるエレンもまた美女の部類に入るゆえ、お互い僻みや妬み、偏見を持たずにいられるのだろうけれど。
パルス軍きっての美女が二人並んだ姿に兵士らは眼福を得ていた。
「貸しにしておいてやろう。」
『えー。なにで返せばいいの。』
「それはもちろん決まっておろう。酒じゃ。」
『⋯。』
せっかく人が感謝しているというのに。この人は。
と、口には出さないが顔に全面に出すエレンを横目にくいっと杯を傾ける女神官殿だった。
するとエレンとファランギース、クバードで酒を飲んでいたところをギーヴに見つかりファランギース殿!と迫ってきたので巻き込まれまい、とエレンはそそくさとその場から避難するように逃げ出したのだった。
酒宴の場から果物を少し頂戴し、そのままその場を立ち去った。
賑やかな会場を離れるとそこは静まり返るペシャワール城内。
多くの者が酒宴に参加しているようで、少し離れただけでしん、と物音一つ聞こえない別空間のよう。
ふぅ、と一息吐いて、エレンはいつもの噴水のある広場にやってきた。縁に腰掛け、まだ残っている葡萄酒と果物を置き、ここへ来る途中で持ってきた本をパラパラとめくる。耳をすませばかすかに酒宴の賑やかな声が聞こえて、あぁ平穏が戻ってきたのだと実感する。
『⋯遥かなる太古の光が、時間を超えて今、この瞳に注がれる。それは、無数の孤独な旅の終わりに、初めて交わした約束の微かな残り火。星々はただの炎ではない。彼らは、決して語られることのない、幾億もの失われた世界の夢と⋯――、』
夜空に輝く星の物語をエレンは幼いころからよく好んで読んでいた。時には父に、時には屋敷を訪れたキシュワードを相手に読んで聞いてもらっていたものだ。
『成就しなかった愛の溜息を、凍てついた漆黒の空間に永遠に刻みつけているのだ⋯。』
「⋯それは恋愛物語か?」
『――!?キシュワード様っ。』
「かわらないな。星の本を読むことは。」
武装を解き、普段着に身を包んだキシュワードが暗闇の中から現れる。ここにいると彼がやってくるのは何故だろう。
「酒宴の主役がいなくてどうする。」
『主役だなんて⋯。少し酔い冷ましに来ただけです。』
自分が酒宴の主役だなんて。そんな大それたこと。
しかしてっきり抜け出したエレンを呼び戻しにきたのかと思えば、ちゃっかりキシュワードもその隣に腰掛けた。
『キシュワード様は戻られないのですか?』
「あぁ。少しくらいいいだろう。⋯それよりも久しぶりに続きを読み聞かせてくれぬか?」
『あ⋯。』
キシュワードの視線がエレンが持つ本に注がれる。
いつもの兵法書でも政治の本でもない、エレンが好きな星の物語の本。
星には様々な謂れや物語があるのだと幼いエレンがキシュワードに熱弁していたことはすでに懐かしい記憶だ。
『それでは⋯、』
キシュワードの希望どおり、本のページをめくった。
優しく、玲瓏で、静まりかえる広場のなかで耳に心地よく響いた。
『その別離は悲劇にあらず、永遠の刻、流れる妖精の国にて新たな器を授かりて、その魂は未来永劫守られるが故に。されど高貴なる者の死は民を騒がし⋯――。』
キシュワードは目を閉じて静かに耳を傾ける。
まるでエレンとサーム殿が暮らすエクバターナの屋敷の中庭の情景を呼び起こさせた。
そこはエレンが好んで植えた花や木々が庭を彩り、とても美しい庭園となっていた。それこそ、そこに佇む彼女を淑女の鏡のように見せる場のように。
一説を読み終えて、エレンは新月の夜空に一際輝く星を見上げ、その次にキシュワードを見上げた。
『私がまた悩んでいるのでは、と思って探しに来られたのではないですか?』
ふっと笑みをこぼすキシュワード。組んでいた腕をほどき、右手を彼女の頭にそっと乗せた。
エレンの推測は間違ってなかったらしい。
「いきなり千騎長格に任命されたので、動揺しているのではないかと思ってな。⋯違ったか?」
『いいえ。当たりです。⋯よく気が付かれましたね。』
「おぬしとは長い付き合いだからな。」
『んー。かれこれ十五年くらいにはなるでしょうか?』
確か私が五歳くらいの頃にキシュワード様が父上を訪ねて屋敷に来た際に初めて会ったはず。
『キシュワード様、お若いのに今みたいな立派な髭をつけてらしたから私びっくりして⋯っ』
「⋯。怖がらせたことはすまなかったと思っている。」
キシュワードにとってもそれは苦い記憶として残っているらしく。
目尻を下げ、困った顔で申し訳なさそうに笑った。
しかし今となってはエレンにとってそれは面白おかしい記憶として刻まれている。それを思い出す度につい笑い声がこぼれるのだ。
「不安ではないか?」
『⋯正直に申し上げると、少し不安でもあり私なんかに大任を果たすことが出来るかどうか⋯。』
「わからんでもないな。その気持は⋯。」
『キシュワード様でも思い当たるのことがあるですか?』
「それはもちろん。」
いつも堂々と、毅然とした態度の彼にも不安に思う事があったと知るとエレンは顔をキラキラと輝かせる。
好奇心の眼差しを向けてくる彼女に少し引きながら昔を思い出を語る。
「今のエレンの気持ちは、俺が万騎長に任命された時に抱えた不安と同じだ。嬉しい反面、務まるのかと不安が押し寄せてきたものだ。」
キシュワードの感想にエレンはまさに今、自分の感情と同じと共感し、うんうんと何度も頷く。
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