第27章
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一夜明け、トゥラーン軍を退けたペシャワール城では勝利の酒宴と功績を称える場を設けるとアルスラーン殿下から通達があった。
その前にとエレンは一人負傷兵の元を訪れていた。
目の前にいるのは毒矢で生死を彷徨ったザラーヴァント卿だ。
眠りにつく彼の右手、毒矢が刺さった箇所にそっと両の手のひらをかざして祝福の力を使った。
ふわっ、とかすかに手が光る。
『(はやく良くなりますように⋯。)』
「⋯、あ、エレオノール殿!?」
『あ、起こしてしまいましたか?』
目を開けるといきなり美女がいるのだからそりゃ驚くというもの。
しかし男臭い場所で麗しい女性が看病(たぶん)に来てくれたら男として嬉しくないはずがない。油断すればにやけてしまいそうな顔を引き締めて必死に保った。
「こ、このような場所に来られるとは⋯っ。」
『動かないで。身体の方はいかかですか?』
「おかげさまで。なんとか生きております。」
『ザラーヴァント殿が言うと洒落になりませんね。でも助かって本当に良かったです。』
微笑むエレンにザラーヴァントもつい顔がほわぁと緩んでしまう。そこへドアをノックし入ってくる者が現れる。
イスファーン卿とトゥース卿だ。
せっかく見舞いに来てくれた二人だったがザラーヴァントはエレンとの時間を邪魔されたようでものすごく嫌そうな顔をしてみせたのでエレンはつい吹いて笑ってしまった。
「なんだザラーヴァント。生きていたか。」とイスファーン。
「おう。せっかくエレオノール殿が見舞いに来てくれたというに。よくも邪魔をしてくれたな。」
「その様子ならもう大丈夫そうだな。」とトゥース。
ザラーヴァントはエレンが施した祝福の力の影響によって身体が急に軽くなったことを後になって気づいたのだった。
せっかくきてくれた二人の邪魔をしてはいけないとエレンは席を譲り部屋を退室することに。
『もうすぐ酒宴が用意されますので、イスファーン卿とトゥース卿もお早くいらしてくださいね。』
エレンの催促に二人は頷く。
ザラーヴァントは名残惜しそうに手を振って見送ったのだった。
* * *
「昨夜の功績はまずトゥースだ。」
「――!」
突然名を呼ばれ、めったに表情を崩すことのない寡黙な男が目を開かせた。
閲兵の間に集まられた将兵らにアルスラーン殿下はパルス軍の勝利を貢献したものに褒美と賞賛を送った。
「大軍が通ったかのような野営の跡を捏造し噂を流し、あたかも十万の軍がいるかのようにトゥラーン軍に錯覚させた。トゥースとその部下二千人⋯。その正体を敵に掴ませず、工作を成し遂げたのは並大抵の苦労ではない。」
アルスラーン殿下の前で膝をついて、褒美を受け取ったトゥースに拍手が送られた。
その様子を端のほうで見守るダリューンとナルサスとエレン。
ダリューンは自分のことのように殿下を褒め称えた。
「殿下のなされようまことにお見事だ。パティアス殿を会計監に任命さなれた時もそうであったが⋯。トゥースのように地味に働いた者を高く賞してこそ兵士にも励みがでる。王者の器量というものだな。」
「おぬしは殿下のこととなるとなんでも感心する材料にするのだな。」
ナルサスがあきれたように言うのだがダリューンはいたって普通だった。
「おかしいか?」
「いや。おかしくはない。」
本当はおかしいがな、とやれやれといわんばかりに笑うナルサスにエレンもふふっと笑った。
するとナルサスがエレンの方へ顔を寄せて小声で話しかけた。
「ダリューンが“猛将タルハーンを討ち取った自分こそ最大の功績を挙げた。トゥースの下に置かれるのは納得できぬ”とゴネたら殿下はどう反応すると思う?」
『―!そうですね⋯。かなり困らせてしまうでしょうね。でもこういった場面で“ゴネない”のがダリューン様だと私は思います。』
「欲が無い、と申すのか?」
『はい。ダリューン様は⋯欲が無い方ですね。』
パルス国で五本の指に入る戦士で、多くの人が彼を尊敬し憧れる。
『本当に⋯、欲しいものひとつくらいあっても良いでしょうに⋯。』
「もう少し自分を高く評価してもよいのだがな⋯。まぁそこがこの男のよいところというか。」
ダリューンが欲しいと望むものがひとつだけ、思い浮かぶとすれば⋯。
ちらりとダリューンを盗み見しながら微笑むエレンをさらにナルサスがちらりと盗み見した。
「(ダリューンがエレンに想いを向けた時、妻にと望む日が来るとすればその時であろうか⋯。)」
アルスラーン殿下に望みを言うことがあるとするならば⋯。
一歩前進?した二人の関係性にもどかしくも、どこか微笑ましい。
あともう一押し、かと思っていたその時、アルスラーン殿下が不意にエレンの名を呼んだ。しかも愛称ではなくエレオノールと、そう呼んだのだ。
「エレオノール!」
『⋯っはい!』
一体何事かと思いながら、ダリューンとナルサスを見るが二人からは頷いて、殿下の元へ行くように促されるだけ。
緊張しながら大勢の者が見守る中、殿下の前で膝を着いた。
「エレオノール。」
『はい。アルスラーン殿下。』
「此度のトゥラーンとの戦いにおいて、先駆けて参じた事、ペシャワール城の籠城戦に尽力してくれたこと。その功績を称えたい。」
『え―⋯、』
思わずぱっと顔を上げ殿下を見上げてしまった。
「そなたの存在と知恵はこの城の者たちを大いに励ましてくれたと聞く。私からも礼を言わせてくれ。」
『わ、私はなにも⋯っ、』
出来なかった、と言えなかった。アルスラーン殿下が優しく微笑んでエレンを見ていたから。
アルスラーンはある任命書をエレンに差し出した。
差し出された書とアルスラーン殿下を交互に見るエレン。
『これは⋯、』
「そなたの任命書だ。その書にはエレオノールを【千騎長格】に任命するよう書かれている。受け取って、くれるな?」
『せ、【千騎長格】⋯。私にはとてもっ!過ぎたる地位でございます殿下!』
慌てるエレンにアルスラーンはそんなことはない。とゆっくりと首を横に振った。
千騎長格とは実質、千騎の兵を率いることの出来る者を指す。別の隊に配属されることもあるが非常時や必要に応じてその責任を引き受けることが出来る地位である。
「万騎長にはどうしてもパルス国王の許しがいるが、千騎長格なら王太子である私でも任命することが出来る。」
『ですが⋯、』
「では後ろを見てみるといい。誰も不満を持つ者はおらぬであろう?」
言われた通り後ろ振り返ると大勢の兵士が嬉しそうにエレンを見ていた。誰も、分不相応だと声を上げるものはいなかった。
それが答えだ、とアルスラーンは言う。
思わず涙が込み上げてきそうになった。
素直に嬉しかった。
自分が頑張ってきたことが救われた瞬間だった。だから皆、万騎長を目指すのだな、と初めて理解した。それは多くの者に努力を認められた地位だから。
これ以上は受け取れないとゴネるわけにはいかなくなってしまった。
ぐっと食いしばり、顔を引き締めてエレンは頭を深く下げた。
『その任、謹んで⋯拝命いたします。恐縮至極に存じます。』
その瞬間、その場にいた者たちから温かい拍手がエレンに送られた。
パルス国において史上初の女性の千騎長が誕生した瞬間であった。
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