第24章
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『エラムー。』
「エラムという者はおるか!?」
炊煙のいい香りが漂う糧食隊の幕舎に来たエレンとエトワール。
名を呼ばれた少年はとある幕舎から顔を出す。
「おぬしがエラムか!乳をもらいに来た!」
「乳!?」
『だから言葉間違ってるのよ!』
「だからその⋯っ、赤子がお腹を空かせて!――お前⋯、男だった女!!」
『なによそれ。』
エラムの顔を見てなにか思い出したのか、驚くエトワールと少し困惑するエラム。二人が出会ったのはエクバターナが陥落してすぐのことだった。あの時はエラムが女装をし、かたやエトワールは兵士の姿をしていたので見た目は完全に男であった。
まるで出で立ちが入れ替わったかのような二人がこうして再会したことはなにか運命めいたもを感じる。
「私は男だから乳はでない!」
『そうじゃないのよエラム。』
事情をもう一度最初から説明する。
エレンの説明に納得したエラムはこっちへ来いといって牛や山羊がいる場所へと案内してくれた。
「“牛の”乳とはっきり言えよ。」
“牛の”乳を絞るエトワールに向かってイラ立ちの言葉を浴びせるエラムとそれどころではない彼女。
おそるおそる乳を絞る。
「パルス語は喋れるが焦ると言葉が出てこなくなる時がある。」
「嫌いなパルスの言葉をなんで習得したんだよ。」
「お国の役に立ちたいからだ。パルス語がわかればお前たちが何を企んでいるかすぐにわかる。いざとなればお前たちの作戦や計略を味方に知らせてもやれるからな。」
せいぜい気をつけるがよいぞ!と意気揚々と喋るも牛にしっぽで叩かれる姿は見てて面白い。
いちいち憎たらしい言葉を使う彼女に近くで会話を聞いていたアルフリードとファランギース。
パルス人が嫌いなら付いてくることないのにさ!と愚痴るアルフリードに聞こえていたのか、エトワールは言い返す。
「生き残りで元気なのは私だけだ。人として騎士見習いとしてルシタニアの弱き者たちを守る責任がある。⋯邪魔したな。」
器になみなみとしぼった乳を手に素っ気なく去っていくエトワールにアルフリードはまさか、と思い呼び止める。
「ちょっと待って!そのまま赤ん坊に飲ませるんじゃないよ?」
「だめなのか?」
「一度沸かしてから人肌の温度まで冷ますんだよ!お腹壊すだろ!」
まさか同世代の少女にそんな知識があろうとは。
敵ながら感嘆するエトワール。
「お前詳しいな!」
「ゾットの村で小さい子らの世話をしていたからね!」
『へぇー、アルフリードすごいね。』
「わかった!また何かあったら聞きにくるからな!覚えてろ!」
「それが人にものを頼む言葉かい!?」
「うむ。パルス語の単語選択が苦手のようじゃの。」
『みたいだね⋯。』
言いたいことはだいたい伝わるので、口うるさくは言わないでおこう。
嵐のように去っていったエトワールの頼もしい後ろ姿を見送った。
しかし面白い少女である。
⋯かと思えば。
「赤子が泣き止まぬ!」
「もう来た!」
覚えてろ!といって数分後に彼女は再びアルフリードの元へやってくる。
びえぇん、と泣き叫ぶ赤子と同じくらい泣きながら助けを求めにきたエトワールにやれやれとため息。
「子守を買って出たのだが、乳を飲んでも泣き止まぬのだあぁぁ!」
「あぁもう見ちゃいられないね!」
貸しな、と言って少々乱暴に赤子を受け取り、抱き上げるアルフリード。その慣れた手つきにエレンも感激する。
「乳を飲んだ後はこう抱くんだよ。あとはゆっくり身体を揺らして⋯、ほら落ち着いただろ。」
「おぉ。」
一瞬で泣き止んだ赤子に慌てていたエトワールも一緒に落ち着いたようで。
一番年少な二人なのに誰よりも幼子の扱い方が上手だ。
「坊や泣くのをお止め。そんな弱虫じゃ立派な盗賊になれないよ。」
「とんでもないことを言うな!」
しれっと赤子の将来、盗賊にさせようとするな。
ついエトワールも声が大きくなる。
「この子は立派なルシタニアの騎士になるのだ!盗賊などになられてたまるものか!」
「騎士になるんだったら弱虫でもいいのかい?」
「そんなことは言うておらぬ!」
『二人ともうるさい!赤ん坊が起きるでしょうが!』
「「⋯はい。」」
まさかの年上のエレンからの一喝に白熱していた言い争いが収まった。
その様子をエラムは呆れ果て、ファランギースは「見ていて飽きぬのう。」とくすくすと笑っていたのだった――。
その日の黎明――。
腹に子を宿したルシタニアの女性が深夜に産気づき、夜明けとともにその産声を辺りに響かせた。
無事に生まれたのである。
元気な産声を聞かせてくれる赤子は母親と同じ髪色をした男の子だった。
取り上げたのはファランギース。その助手をアルフリードが勤め、エレンもなにか役に立てればと傍で見守っていた。母親が苦しみだしたので想像を絶する悲鳴に自分の顔の血の気が引いていくのを感じた。
「元気な男の子じゃ。――どのような神を信じるのであれ、人々の慈しみがこの子の道を光で照らすように⋯。」
祝福の祝詞を捧げるファランギース。
周りは無事に生まれた子に笑顔が溢れていた。
「騎士さま、この子を抱いてやってくださいまし。強く育つように。」
エトワールに向けて母親が赤子を差し出した。
傍でずっと手を握って励ましてくれたこの少女に一番に抱いて欲しかったのだ。
戸惑うエトワール。
「私はまだ騎士見習いだし⋯、戦にも負けてしまったから強くもない⋯。」
「あなたのように強きに立ち向かい、弱きに寄り添う⋯。そういう子に育ってほしいのです。」
「⋯。」
周りのルシタニアの女性らや、負傷した兵士たちがその通りだという視線をエトワールに投げ掛かる。
一番年下の彼女が負傷兵や戦死した妻子らの世話にいつも駆け回ってくれていることを彼らは知っている。
その感謝の意味も込めて。
で、では⋯、遠慮がちに赤子を受け取りその腕に抱いた瞬間。
自然と涙が込み上げてきたのだ。
赤子とはこんなにも儚く、温かな存在なのだと。
涙を流しながら生まれてきてくれた赤子にそっと口付ける。
感極まった様子の彼女にファランギース、アルフリード、エレンも釣られて泣きそうになった――。
『(どうかこの子に祝福があらんことを⋯。)』
赤子を抱くエトワールのそばでエレンは小さな祈りを捧げたのだった。
明け方のまだ暗さが残るその世界で雪のように小さな光の粒が辺りを覆う。見慣れぬ光景に視線を彷徨わせるルシタニアの女性ら。
その傍らでファランギースがこそっと耳打ちした。
「おぬしなにかしたか。」
『ふふっ。この小さな命に祝福を。』
たくさんの幸せが訪れますように。そう願いを込めて。
ファランギースは粋な計らいにふっと顔を緩ませる。
人が生命を落とす戦場で、生命が生まれた瞬間だった――。
* * *
パルス歴 三二一年 五月末
アルスラーン王太子軍は王都エクバターナへの道をすでに三分の一を踏破していた
一月のうちにルシタニア軍の二城を抜いて城守を倒した――
その戦果がパルス全土に伝わり、アルスラーンの元へ馳せ参じる味方は日に日に増えていった
すべてがうまくいく――。
パルスの兵たちにとって大陸公路は勝利に直結する道であるように思われた
――が、時を同じくして五月末。
パルス北方の広大な草原地帯を砂塵を巻き上げ、南下するものがあった。
遊牧国家・トゥラーン――。
第24章・完 2025/11/12.