第24章
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聖マヌエル城での戦いを終え、一夜明けた――。
死者たちを弔う祈りの場にエトワールと名乗るルシタニアの少女兵の姿があった。
その日は朝から敵味方関係なく、亡くなった兵達の埋葬に勤しんだ。
アルスラーン殿下自らの御意志である。
パルス兵にはファランギースがパルスの祈りの言葉を。
ルシタニア兵にはルシタニアの祈りの言葉を捧げてもらった。アルスラーン殿下が自ら頼んだそうだ。パルス人にはパルスの祈りの言葉を、ルシタニア人にはルシタニアの祈りの言葉を。
「パルス人もルシタニア人も全て埋葬を終えた。」
ルシタニア兵の墓標の前で膝を付いて祈りを捧げていたエトワールにファランギースが語りかける。
少女の目線に合わすよう膝を折るファランギース。
「我々パルス軍はすぐにここを発つ。そなたらも同行するがよい。」
「お前たち異教徒と一緒にいけるか!置いていけ!」
親切を突っぱねるエトワール。
そうまでしても異教徒という括りに位置するパルス人を受け入れがたいのだろう。
しかしファランギースは諭すように説得を試みる。
「聖マヌエル城を空城にして盗賊に取られても困るのでな。火をつけて使えないようにしていく。おぬし一人では生き残ったルシタニアの女性や子供・怪我人の世話はしきれまい。」
盗賊や猛獣に襲われて皆死んでしまうぞ、と嘘偽りのない事実を突きつける。エトワールも理解しているからこそそれ以上の意地は通せなかった。
「⋯。」
「安全にルシタニア側に引き渡しできるところまで送っていこう――とアルスラーン殿下は仰せじゃ。」
慈悲の含んだ優しい女神官の声にエトワールは静かに、小さく頷いたのであった――。
その頃エレンは埋葬を終えて、進軍の準備に取り掛かっていた。
『負傷兵は皆、後方部隊へ移動したかしら?』
「はい。滞りなく。」
『ありがとう。矢や装備品の補給を忘れないようにとザラーヴァント卿、イスファーン卿、トゥース卿に伝えて。』
エレンのてきぱきとした指示に的確に従う兵士。そこへ一人の伝令兵がエレンの元へとやってくる。
「ナルサス卿のご指示により、聖マヌエル城は火を放って、再び廃城にしてから出立するとのことにございます。」
『火を⋯。そう⋯。わかった。』
火を放つ――。
その言葉に心臓がどくんと嫌な音を立てた。
それは嬉しい時の高鳴りではなく。まるで自分に警鐘を伝えているかのように。
顔色が少し強張った様子を見せたエレンに伝令に来た兵士から大丈夫ですか。と心配され平気だと無理やり作り笑いを見せた。
しかし、伝令兵が去ったすぐあとで聖マヌエル城に火が放たれたのか、爆炎が上空へと立ち上り、燃える時の鼻をくすぐる独特の匂いが辺りを包んだ。
偶然にも背を向けていたエレンだったが、ちりっと背中から感じる熱気につい振り向いてしまう。
『ぁ――⋯、』
見なければよかった。そう何度後悔したことか。
エレンの瞳に映ったのは赤い業炎を吹き上げる城。
それは十七年前のエクバターナの燃える王宮を彷彿させる。
蘇る記憶。熱くなる身体に次第に呼吸がおかしい音を立てて、息を詰まらせる。
はっ、はっ、とろくに息も吸えない症状に襲われる。
過呼吸だ。手先は震えだし、立っていられず膝を付いたエレンに様子がおかしいと気づいた近くの兵士が慌ててたまたま通りかかったキシュワードを呼んだ。
息が出来ない――。
次第に暗くなる視界の端で心配そうに顔を覗かせるキシュワードの顔が見えた気がした⋯。
それからエレンが目を覚ましたのはその日の夕刻間近の時だった――。
うっすらとまぶたが開いた。
それに気づいたのは看病してくれていたファランギース。そして偶然にもその場に居合わせたナルサスだった。
「気がついたか。」
『ファランギース⋯、ナルサス様⋯、』
手に持つ布でずっと汗を拭いてくれていたファランギースにふわっと笑って見せる。
「すまなかったなエレン。前もって知らせたつもりだったのだが。」
『いえ。油断した私が悪いのです。』
決してナルサスのせいにしないところが彼女らしいといえばらしいのだが。たまにはあなたが悪いとはっきり言い放ってくれてもよいのだがな、と考えるも口にすることはなかった。
申し訳なさそうに小さく笑うナルサス。
「⋯。キシュワード殿が様子がおかしいそなたを抱えて俺のところへ連れて来られて時には驚いた。炎が苦手と以前も申していたがかなり深刻なようだな。」
一朝一夕では克服出来るものではない。と判断したナルサス。
今後は厳重に注意を払うから今回は許してくれ、と許しを請う師匠の姿にエレンは慌てたのだった。
立ち上がるエレンに今日はもう野営の準備に入っている。まだしばらく休んでおれ、とファランギースとナルサスは言うが体調が悪くて寝込んでいたわけではないので身体は元気だった。なので散歩がてら隊の様子を見てくると真面目さを発揮する弟子にナルサスはやれやれとため息がつい溢れた。
心配する二人を他所に宣言どおり、幕舎を出て辺りを散策する。
すでに野営の準備に取り掛かっていた兵士ら。焚き火を焚いて食事の準備が進められていた。
その様子を見ながらうろうろしていると、エレオノール殿!と彼女の存在に気づいたおそらく先鋒部隊の兵であろう。駆けつけ、その名に反応してさらに数人が彼女の元へと集まった。
さながらシンドゥラでの出来事の再来ともいえよう。
その時と同じように大勢の兵に囲まれ、大丈夫ですか!?何か召し上がられますか!?隊を引くことは出来ますか!?何か御用があればなんなりと!と次々に飛び交う声にエレンは頭がパニックになった。
『(ひ⋯、ひーっ!誰かーっ!)』
後退りするもさらに追い詰められる彼女に救いの手が現れる。
いつかの時のようにエレンをひょいと抱え上げるその腕には見覚えがあった。
「お前たち、エレンが困っておろう。何かあれば指示を出すゆえ持ち場に戻れ。」
「ダリューン殿!」
「し、失礼しました⋯。」
万騎長の言葉に目が冷めたのか、彼らは申し訳なさそうに去っていく。
蜘蛛の子を散らすように去っていった兵士らをぽかんと見送るエレン。ダリューンは彼女を抱えたまま歩き出す。
『あ、ありがとうございましたダリューン様。お、降ろしていただけませんか?私、重いでしょう?』
「殿下の幕舎の近くまで行く。そこで降ろしてやろう。でないとまたおぬしは誰かに囲まれそうだ。重い、と言われれば⋯まぁそうだな。」
否定はせん、と冗談めいた発言をするダリューン。しかし片腕でエレンを抱える様子に一体どこが重いのやらだ。
それでもその返答を真に受けるエレンはもう降ろしてください⋯、と蚊の鳴き声のような声で呟いた。
たどり着いた場所は万騎長らやアルスラーン殿下が休む幕舎の近く。
ここなら兵士も気軽に近寄ることはない。
そっと地面に降ろされた。
いまさらなのだが、パルスでは男性が未婚の女性に触れることはまずない。それは無礼に当たるとされている。
ダリューンもエレンに対して思うところは最初はあったのだが、お互い気の知れた相手同士。どうもその辺の常識には疎くなるようで。
だからといってそれを咎める者もおらず。
結果エレンはダリューンの好きなようにさせているし、それを嫌とも思わない。なんならそれを嬉しいとさえ思っている、はしたない自分に時々自己嫌悪に陥るのだ。
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