第24章
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勝手に籠城戦に持ち込んだつもりのチャスーム城の残党兵。
死んでも降伏せぬぞ!と意気込みはよいが、こちらからすればそんなことはすでにどうでもいい。
「後方の安全が確保されていれば我々がそれに付き合う義務はございません。」
「だな。」
その日はそのままチャスーム城から少し離れた場所で野営をし、夜を明かした。
夕食に配給されたパンとスープを焚き火から少し距離を取って食べるエレン。その隣にどかっと腰を下ろしたのは見慣れた人だった。
『キシュワード様。』
「相変わらず火は苦手のようだな。」
エレンは苦笑いで返す。
焚き火の周りを兵士達が囲みその後ろでその明かりの恩恵を得ながら食事を取るエレンの姿を見つけたキシュワードは思わず声を掛けた。
そういえば彼は私が火が苦手なことを知っているのだった。
ずっと気にはなっていたことらしい。
よっぽど大きな火事にあったのだろうか、と前は想像していたがまさか十七年前の王宮での火事にあっているとは予想だにしなかったという。
よく生き延びたものだと感心したがそれもヴァフリーズ殿が救い申し上げたのなら生き残っていてもおかしくはないか、と心の中で考える。
「イスファーン卿らはどうであった。おぬしの指示には従ったか?」
『どうでしょう⋯。彼らの中でも撤退の文字はあったと思います。トゥース卿がうまく支えててくれましたが、正直ルシタニア軍には出鼻をくじかれたかと思っています。』
「そうか。まぁ此度の件は奴らにはいい薬になったことだろう。それを踏まえて今後のおぬしの先鋒部隊の指揮力の腕が試されよう。」
『この件を経験に素直に従ってくれればよいのですが。』
困ったように、でも諦めてはいないその笑顔。
なにかと気にかけてくれるキシュワードに感謝しながら、そのまま他愛もない会話をする二人の姿を遠くで視界に入ったのはダリューンだった。
楽しそうに、かと思えばキシュワードがエレンをからかったのか怒った様子も見せる彼女の気に知れた態度を見せる相手が自分ではないことに、突然姿を現すようにもやっとした感情がダリューンの心を占領した。しかし今は無理に彼女の視界に入らずともよい、と無理やり自分を納得させ静かにその場を立ち去っていく⋯。
ちなみにエレンが怒った理由はとある兵士に医療部隊から油薬をもらってきてほしいと頼んでいて、それを持ってきてくれた兵士に礼を言うとそれはなんだと尋ねるキシュワード。油薬だと答える。シンドゥラ国では湿度も気温も高かったため必要なかったのだが、やはりパルスの大陸公路の風は乾燥する。背中の火傷の皮膚が乾いて辛いのだ。ペシャワール城にいた頃は何度か侍女に頼んで塗ってもらっていた。
塗ってやろうか、と冗談まじりに言うので顔を赤くして『結構です!』とぷりぷり怒ってみせたのだ。
油薬をどこに塗るかなんて分かっているくせに。
怒ったままエレンはその場を離れるようにファランギースを探しに行ってしまったのだった。
* * *
行軍を開始したパルス兵。
チャスーム城の一件以来、とくにルシタニア軍に待ち伏せされることなく軽快な足取りでエクバターナを目指す。
そして五月二十日。
ペシャワール城から王都エクバターナまでの道のりで三分の一の地点に位置する聖マヌエル城。その北にあるシャフリスターンの野にパルス軍は布陣する。
例によってこの城も廃城になって久しかった場所でルシタニア軍が急造して拠点にしたものだとエレンは語る――。
ここシャフリスターンの野は、
東西五ファルサング、
南北四ファルサングにわたるパルス五大猟場の一つに数えられ、獲物が極めて豊富な地として有名である。
パルス王室の者や将来有望な騎士の腕前を試すのにうってつけの場所であり、ここで獅子を打ち取ったものは獅子狩人(シールギール)という称号を授かることが出来る。
この日、パルス軍はここで戦いを前に狩猟祭(ハルナーク)を催した。
この祝祭の意味は、聖マヌエル城に籠もるルシタニア軍に対する示威であり、またパルスの民に王権の回復が近いことを知らせ、
神々に対しては獲物を捧げて加護を祈り、さらには戦士にとっては馬術と弓術を鍛える場にもなる重要な祝祭であった――。
アルスラーン殿下は百、二百騎といった小さな集団を作って借りを楽しんでいた頃、例によってエレンもその集団に紛れ獲物を追う。
実はこういった狩猟というのはエレンには経験がなく。
それによって獅子狩人の称号を得ることもなかった。
今獅子を打ち取ったらもらえるのだろうか、などと考えていると茂みを抜けた先でなんと狼と遭遇してしまう。
エレンから五メートルほどの距離だった。
しかしよく見るとどうやら狼は二頭いて、そのうち一頭が左足を怪我したのか血を流しているのが見えた。
お互い身動きが取れず、膠着する。
すると動けないでいたエレンの前に不意に腕が伸びてくる。そのさきに視線を動かすとそこにいたのはイスファーン卿だった。
『イスファーン卿⋯、』
「静かに。そのままの状態で後ろへ下がって。」
こちらを警戒するだけで襲いかかろうとはしない狼にエレンは馬に括りつけていた獲物である狐をそっと地面に置いた。
その様子を驚くイスファーン。
『食べるかはわからないけれど⋯。お前たちに上げるわ⋯。』
そっと置いた地面に獲物に砂をかけなるべく自分の匂いが消えるように。
「――行こう⋯。」
『はい。』
ペシャワール城のでの一件以来、彼と口を聞くのはずいぶん久しぶりだった。
狩り場の森から出ると狩りを終えたパルス兵が仕留めた獲物を処理していた。戻ったイスファーンとエレンは偶然ザラーヴァントに出会う。
「なんだイスファーン!おぬし戦果なしか!?せっかく殿下によい所を見せる機会であったのに。」
「まぁこんな日もあるさ。」
「俺は大きな鹿を獲ったぞ!この勝負俺の勝ちだな!」
「いつおぬしとの勝負になったのだ」
気安く背中を叩くザラーヴァントに少し苛立ちを見せたイスファーン。二人の様子にエレンはついふっと笑いを堪えきれず声にしてしまう。
笑われたことに首を傾げる二人だったが、楽しそうにする目の前の女性につい気分も良くなる。
「エレオノール殿!俺の獲った鹿をぜひ見てくれ!」
『わぁ。大きい鹿!これは糧食部隊も両手を上げて喜びますね。』
そうであろう!と自慢げに話すザラーヴァント。
楽しげに話す二人の様子に、エレンを前にして張っていた緊張がほぐれるイスファーンだった。
余談だがこのあとトゥース卿が岩のようなサイズの牛を仕留めて担いで戻ってきた時はそのあまりの大きさに全員が引きつった顔をした――。
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