第23章
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『捕まえた獲物を見せに来たのかしら。』
当然返事が返ってくるわけもなく独り言になってしまう。
それでも気にせず食事を続けるアズライールを横目に左腕の傷を包帯で乱雑にぐるぐると巻き付ける。
隣にアズライールがいてくれることが嬉しくて、エレンはさらに独り言を続けた。
『ねぇ、アズライール。エクバターナを取り戻したら一緒にスルーシを探そうね。なんとなくだけど、お前の兄弟は王都にいる気がするんだ⋯。』
なんとなくだけど⋯、ともう一度繰り返す。
アズライールとスルーシは兄弟鷹でいつも一緒だった。
アトロパテネで敗戦した折、キシュワードが二羽を使ってパルス軍の情報を集めていたのだがある日からスルーシが帰ってこなくなったという。
聞いているのか聞いていないのかわからない鷹相手に今はすごく丁度いい。ただ独り言を言いたい気分なのだ。
糧秣庫の火事の件を片付け終えたキシュワードがすぐ後ろにいることも気づかずに――。
一体誰と話しているのかと思いきや、聞き慣れた名が聞こえたので一緒にいるのがアズライールだと知る。
『きっとアズライールが探しに来るのを待っているわ。お前だってほんとは一人で淋しいでしょう?兄弟だものね。ずっと一緒にいたのだから⋯。⋯会いたいね⋯。』
そう呟いた声がどこか寂しそうで。
アズライールに同情してなのか、自身の心境を語っているのか。
すると顔を上げたアズライールが近くにいたキシュワードの気づいたようで、バサ⋯と羽を広げ彼の肩に止まる。
その行く先を目で追うとエレンもキシュワードが来ていたことに気づき、さっきの独り言を聞かれたのではないかと、気まずそうになる。
「こんな遅くになにをやっているのだ。明日にはエクバターナに向けて出兵だというのに⋯。」
エレンの独り言をしっかり聞いていた彼だったがそれよりも一人でこんな夜遅くにいることが気になったらしい。問いただすとエレンはさっと左腕を背中に隠した。きっとなんでもありません、とこの娘は言うのだろう。
『別になんでも――あ⋯っ。』
「⋯。」
何でもないと言われる前にキシュワードは隠した左腕を引っ張り出す。袖を少し捲ると雑に巻かれた包帯が見えた。
やはりな、と心の中でつぶやきじっとエレンを見つめる。
「医官に見せなかったのか?」
『医務室にいらっしゃらなくて⋯。適当に薬と包帯を借りてきました⋯。』
静かに怒る彼に気まずいのか縮こまるエレン。
キシュワードはアズライールに部屋に戻るよう言いつけると彼の言葉を理解したのかふわっと飛び立ち暗い夜空を得意げに飛んでいってしまった。
キシュワードは噴水の縁に置かれていた包帯を手に取り腰掛けると、右側に座るようエレンに指示する。それに渋々従い大人しく座る。
「軽度の傷も命取りだ。おぬしとてそれくらいは理解しておろう。」
『はい⋯。』
まさかの説教タイムが訪れるとは思わなかった。
こんなことなら部屋ですれば良かった⋯、と一瞬頭をよぎったが彼が心配してのことと思うとすこしくすぐったさも込み上げてくる。
雑に巻かれた包帯を外して薬を丹念に塗り、もう一度包帯を巻き直す。その手際の良さに、はぁー⋯と感心していると最後にぎゅっと包帯を締め付けられたので不意な激痛に思わず顔をしかめた。
『最後のは必要なくないですか⋯?』
「なにを言う。ちゃんと結んでおかねば外れてくるであろう。」
そう言うも顔が笑っていた。
絶対わざとに違いない。そう思ってじと⋯視線を送る。しかし自分で巻くより遥かに上手に巻けているところを見ると有難さは感じるもので。
『ありがとう、ございます⋯。』
「あぁ。」
手当を終え、そのまま去る事なく居続けるキシュワードにエレンは会話を続けた。
『こんな遅くまでお仕事をされていたのですか?』
「糧秣庫の火事の後始末をな。明日からしばらく留守にするので報告書をまとめてルーシャン卿に託しておかねばならん。幸い、建物の一部が激しく燃えた程度で済んだので、中の食糧は無事だった。」
『それはよかったです。糧秣庫が燃えてしまっては出兵どころかペシャワールの人々の生存危機の一大事ですから。』
糧食の確保に奔走したエレンもその大変さは痛感するものがある。
それに加え今ペシャワール城には十万の兵が滞在している。
彼らの分の食事を用意するのもかなりの出費で会計鑑に任命されたパティアス卿に一任しているがこれ以上は本当に彼の胃に穴が開いてしまいそうだ。
それよりもさっきのエレンの独り言が気になったキシュワードは盗み聞きしてしまった罪悪感もあるが思い切って尋ねた。
「⋯さきほどの、」
『はい?』
「アズライールに言っていたことは本当か?」
その言葉に、さっきのアズライールに対して呟いた独り言が聞かれていたという事実にエレンはすこし顔を赤くする。キシュワードは気まずそうに、すまん聞くつもりはなかった。と小さく弁明する。
「その、スルーシがエクバターナにいるかもしれん、と言っていただろう。⋯なぜそう思う?」
『それは⋯、なんとなく、です。ただそんな気がしたので。きっとスルーシはエクバターナにいるって⋯。もちろん無事でいるとは思えませんが⋯』
スルーシが帰ってこなくなったのはもう半年も前のことだ。
その世話を任せていたキシュワードの知人の男もそれと同じくらい連絡が途絶え音沙汰がない。キシュワードの中ですでに彼は帰ってこない者になっているであろう、と確信している。
ただ、どんな形でも家族・兄弟の元に帰ってこられたら嬉しいと思うのは人も生き物も同じではないだろうか、とエレンはそう思ったのだ。
『キシュワード様がいるペシャワールへ一緒に帰ってこられたらいいな、とそう思っただけです⋯。』
「そうか⋯。アズライールもきっと喜ぶだろう。礼を言う。」
『キシュワード様⋯。』
あまり懐くことは無かった二羽に対して慈悲を見せるエレンにキシュワードは嬉しくもなる。
帰ってこない友人にやはりどこか寂しさを感じるもので。
少しだけ悲しそうに感謝を告げるキシュワードが珍しかったのか、それ以上かける言葉を思いつかなかった。
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