第22章
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暗く、じめじめした空間。土壁と鉄格子。無機質な空間を世間と隔離させるこの場所は王都エクバターナにほど近い知る者がほとんどない地下の牢獄。
そこに行方不明となっているアンドラゴラス陛下が壁に両腕を鎖で繋がれ幽閉されていた。見張りをするのはルシタニア兵。
普通の鎖では破壊してしまうので陛下を拘束する鎖は獅子と同じ物が使用されていた。それだけでも恐ろしい人なのにどれだけ痛めつけ拷問にかけようとも少しも弱る様子はなく。本当に人なのかと疑いたくなる。
エレンがはるか東のその向こうシンドゥラ国遠征から帰還する前、エクバターナのとある屋敷で目覚めた養父・サーム。
彼を生かした男・銀仮面卿の正体を知り彼に尽くすことを選んだ彼は銀仮面卿よりこの場所を知り、尋ねたいことがあるためアンドラゴラス陛下の元にやってきた――。
「⋯サームか。」
「お久しゅうございます陛下。」
半年ぶりに耳にした低く、威厳のこもった声。
しかし今はその声に少しの疲労が感じ取れた。
お互い様子が変わっているようで陛下は傷や火傷だらけ、サームは目元に疲労感と少しばかり痩せたのか頬がやつれた顔をしていた。
「今、何月だ。」
「は?二月の⋯末でございます。」
「地下牢に入ってから四か月か。そろそろ出たくなってきたな。」
さも自分の意思でここに留まっているかのような口ぶりだ。
出ようと思えばいつでも出られる、とあれだけ身体を痛めつけられたというのに平気そうな素振りを見せる。
そして鋭い眼光で会いにやってきた元・部下を睨みつける。
「何にし来た。わしを出すために来たのではないだろう?」
「⋯。陛下に伺いたいことがあって参上いたしました。十七年前の一件でございます。」
バクバクと心臓が鼓動を早める。
この問いに果たして答えていただけるのか、またその真相を話してくれるのか。
「陛下。臣下たる者の分を犯してあえて伺います。十七年前、陛下はオスロエス王を弑逆なさったのですか?兄王を殺害して王位を簒奪なさったのですか?――そしてヒルメス王子を焼き殺そうとなさったのですか?」
「⋯それを聞いてどうする?」
やはり真相は明かしてはもらいないか、と心の中で落胆するも知りたいと思う気持ちを正直にサームは話した。
「私のような戦う以外に能のない男に陛下は名誉ある地位をくださりました。私には王家にご恩があります。パルスという国を愛しております。――故に、私の迷妄を陛下に覚ましていただきたいと思い、伺う次第でございます。」
「⋯⋯。」
数秒の沈黙の後、陛下はゆっくりとその口を開いた。
「サームよ。わしら兄弟の父たるゴタルゼス二世陛下は名君であった。⋯だが一つだけ廷臣たちが眉をひそめる欠点があった。」
おぬしも知っておろう。という陛下の言葉にサームは小さく頷きながらはい。と返事した。
それは名君と呼ばれた王にしては信じられないほどの迷信深さであった。その姿は多くの臣下から陰口を囁かれるほどに。
「わしの兄・オスロエス先王も父王ほどではなかったが予言や占星術を気にするところがあった。わしにはまったく理解しがたい二人であったわ。」
若かりし頃の父王陛下は、“ある予言”は受けた、という――。
「《パルスの王家はゴタルゼス二世の子をもって絶える》⋯とな。」
「――っ!⋯そのようなこと、信じられましょうか!」
「信じなければよいものを信じてしまったのだ。」
父王・ゴタルゼス二世は心乱れ、理性を失った頭で考え抜いた。
“対策”を立てなければ――。
心が乱れついには壊し、その頭で政治すらまともに行えなくなるほどに。そして考えに考え抜いた結果。
「⋯ゴタルゼス大王陛下は何を⋯?」
「古い王家ほど血が澱み、汚物が溜まるものだ、サームよ。」
予言を信じ切った父王・ゴタルゼス二世はまず王妃との間に生まれた息子に《オスロエス》と《アンドラゴラス》という名をつけた。
パルスの歴史の中で、《アンドラゴラス》という名の国王は必ず《オスロエス》という名の国王の後に即位している。
「だから《オスロエス》が早逝しても王位は《アンドラゴラス》に受け継がれると考えた。」
「オスロエス先王は齢三十で早逝しておられます。⋯実際⋯狙い通りになった、と⋯。」
「しかし《アンドラゴラス》の下に弟は生まれなかった。――ということは《アンドラゴラス》をもってパルス王統は絶える――。」
まさに予言どおり。
諦めきれなかった父王は日々そのことばかりを考え、ますます心が乱れていく。
しかし、そんなある時――。
「さらに別の予言がもたらされた。」
それは、長男オスロエスの妻に子が生まれればアンドラゴラス以後もパルスの王統は続くかもしれない、と。
それを聞いたサームはどこか安心したのか、ほっと息を付くように彼の存在を喜ぶべきなのだ、と解釈する。
「ヒルメス殿下は予言的にもパルス王家にも祝福されてお生まれになったのですな。」
しかし陛下はサームの言葉に肯定も否定もしなかった。
「“オスロエスの妻に子が生まれれば”――王統は続く。ただし⋯」
「ただし⋯、?」
それは⋯、息子ではなく自分の――⋯⋯。
「――⋯っ。」
すべてを耳をした時サームの目は開き、これでもかというくらい驚きとあまりの恐ろしさで驚愕し声も出ないほど。
そして顔が青ざめていく。
「⋯そ、そんな⋯。ヒルメス殿下は⋯。」
「⋯。」
忠臣であるサームだからこそアンドラゴラスは包み隠さずすべてを話した。あまりの恐ろしさに呼吸が乱れていく様子のサームをじっと見つめる。
「それではアルスラーン殿下はいかがなのでございますか。アルスラーン殿下は陛下とタハミーネ王妃の間に生まれた御子。あの方にはそうような予言の中でどのような⋯、どのような役割を背負われたのでございますか!?」
「⋯。たしかにわしとタハミーネの間には子が生まれた。だが⋯、」
「“だが”⋯?」
しかしその先の言葉を聞くことは出来なかった。
食事を持ってきたルシタニア兵に邪魔をされたからだ。
これ以上問うことは不可能と判断したサーム。陛下に頭を下げ、そのまま出ていこうとする。
「今の私には陛下をここからお救いする力がございません。お赦しください。」
「⋯サームよ。わしが言うたこと、そのまま信じたりせぬがよいそ。あるいはわしは真実を語ったつもりでもわし自身がすでに何者かに騙されているかもしれぬ。パルス王家の歴史は血と嘘で塗り固めておる。――第十八代国王たるわしが言うのだから間違いないわ。」
「⋯。」
出でいこうとするサームに陛下はもう一つ言葉を掛けた。
「最後に聞きたい。おぬしに娘がいただろう。」
「娘⋯?エレオノールのことでございますか?」
あぁ、そうだ。と頷く陛下。臣下の子に興味を持たれるとは思わなかったサームはその意図もわからぬまま頷いて答えた。
「エレオノールか⋯。いまどこにいる。おぬしと共にいるのか。」
「いえ。娘はエクバターナ籠城戦のおり、互いに負傷した後娘一人でアルスラーン殿下の元へと罷り越しました。それ以来会ってはおりませんがどうやら無事王太子殿下の元にいるようです。⋯それがどうかなさいましたか?」
「⋯。」
口を閉ざした陛下。一体何を思ってのことなのかサームにはわからず。ようやく口を開いたと思えば。
「サームよ、あまりその娘を信用せぬほうがよいぞ。」
「―⋯っ。なにゆえ⋯、」
「その者はおぬしに“話しておらぬ事”があるだろうからな。」
「“話しておらぬ事”とは⋯、」
十七年間、ずっと大事に育ててきた娘に隠されていることがある――。
陛下はそう仰った。
検討もつかないその秘にサームは動揺する。
そしてなにより何故陛下がそのようなことを口にするのか。
「陛下はご存知なのでしょうか?」
「⋯、あぁ。」
「それは一体⋯っ」
しかし陛下はそれ以上言葉を発することはなく。うなだれるように一礼しサームは足取り重く、その場を立ち去った。
“おぬしに話しておらぬ事”がある――。
「(一体、何を隠しているのだ⋯。)」
エレンと出会ったのはあれが三歳の時だった――。
傷だらけで今にも死にそうな、でもどこか熱意のこもったその目に死なせてはならない、とそれこそ予言を受けたかのようにその子供を引き取った。
以来、十七年間ともに過ごし愛情を込めて育ててきたつもりだ。
そんな彼女に父である自分もまだ知らないことがある。
ふとサームは出会った時の彼女の様子を思い返した。
あの時のエレンは体中煤にまみれ、背中に重度の火傷を負い治療を施すも放置されていた期間が長かったためかそれは一生消えることはない、と医師から言われてしまい悲痛な思いをしたのを今でも覚えている。
ある夜は夢にうなされ一晩傍について慰めたこともあった。
こわい、助けてと何度もうわ言を口にし、またあるときは暖炉の火を極端に怖がった。火が怖いということを数年経ってからサームは知る。
「十七年前⋯、火傷⋯、火事⋯?」
そこでサームの脳裏にはある仮説が生まれ、それが一つ一つのピースと結びついていくことでだんだん真実味を帯びていく。
「――まさ、か⋯っ、」
エレンは⋯、娘は⋯、ヒルメス殿下の⋯――。
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