第21章
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二頭分の馬の蹄の音が静かな街道に響く。
そよそよと吹く風がもうすぐパルスの冬の終わりを告げていた。
時は四月。エクバターナへの出兵を来月に、アルスラーン殿下によるルシタニア追討令と奴隷制度の撤廃という大掛かりな布令を数日後に控えている。
エレンは出兵前にどうしてもカーヴェリー河の西岸の様子をこの目で見ておきたかった。
思いがけない想い人との二人きりの時間に緊張しながら会話をする。
「こうして話すのもずいぶん久しぶりだな。最近はナルサスの手伝いでずっと忙しそうだ。」
『そうですね。でもやりがいがあって楽しいですよ。官吏達を負かした時の顔を見ると特に。』
「⋯。」
くすくすといたずらっぽく笑うエレンだがその言葉にはダリューンは笑えなかった。
エクバターナにいたときはただ賢い娘程度にしか思っていなかったというのに。ナルサスのせいで間違った方へ進んでないかと彼女の行末が心配になる。
「はぁ。おぬしがだんだん間違った道を進んでないか俺は心配だエレン。」
『あら。私は私のままですよダリューン様。あなたがよく知るエレンのまま、⋯ちょっと世間を学んだだけです。』
「その原点がナルサスだというのが問題なのだ。」
ここにナルサスがいれば心外だと親友を責めただろう。
エレンは変わった。良くも悪くも。
以前の彼女は物静かで素直な娘だった。そういう印象だった。
だが今はキシュワードと仕事をこなし、ナルサスを手伝い、兵士や侍女達にはおおらかに接する彼女は、ここペシャワールで大層人気が上がってきているのをダリューンは知る。
ふと、耳にした噂の名をエレンに教える。
「そういえば、エレンのことを“騎士姫”と呼ぶのが流行っているらしい。」
『―!な、んですかそれ!』
どうやら本人の耳には入ってなかったようだ。
驚いた様子の彼女にダリューンは少年のように笑う。
エレンのことを騎士道物語に登場する騎士姫様のようだと、口にした者がいるらしい。
「さぁ。俺も噂で聞いただけだ。そういうエレンこそ、なにかしたのではないか?」
『⋯まったく身に覚えがありません⋯。』
うーん、と悩む素振りをするエレン。
ダリューンと会話を続けていると目的の場所が見えてくる。
それに気付いたエレンはヴァナディールの腹を軽く蹴って速度を上げた。さらに強く当たる風が心地良い。
入植している場所につくと、皆エレンに気づいたのか何人か寄ってきた。
「エレオノール様!」
「エレオノール様だ!来てくださるのを待ってたんです!」
口々に話し、エレンを歓迎する元奴隷だった彼ら。
今はれっきとした自由民になって、報酬ももらえている。
エレンを歓迎する様子を遠くから見守るダリューン。
大層人気のある人柄の彼女をダリューンは誇らしく思った。
『皆さんお元気でしたか?』
「この通りだ!さっそく鍬で畑耕してるところです!」
「エレオノール様もお一人で馬に乗れるようになったんですね。」
『もう平気ですってばっ。』
あははっ、笑い声が上がる。
「水車小屋ももうすぐ完成なんだ!見てくれよ!」
『本当ですか!?』
エレンを囲んで見て欲しい箇所に案内しようとする彼らに戸惑いながら、ふとダリューンを気に掛けると小さく頷く彼に気にするなと言われた気がしてそのまま案内を受けることに。
『立派ですね。もう完成ですか?』
見上げた水車小屋にこの小屋を任されている者に質問をすると、まだだと返された。
「中で植えた小麦を挽けるようにしないと。」
『ではなるべくそちらを優先させてください。ここは小麦を挽くだけでなく、身を清める場所でもあります。衛生管理は最重要事項です。』
何においても衛生管理は生命に関わる。
身を綺麗に保つことは感染症の蔓延を防ぐ役割もなす。
ペシャワールのお膝元とはいえ医療がまだまだ発展していない。
体調を崩さないことが長生きの秘訣であり、またペシャワールの生産性にも直結するのだ。
「欲しい石材が足りないんだ。次の搬入がいつになるか⋯。」
『うーん、その辺りはキシュワード様に確認してみます。間に合わない場合は頑丈な石と他の石を交互に使い、細かい砂利を隙間に埋めて強度を高めてください。』
「わかりました!」
『畑の土は牛糞を混ぜて耕してますか?』
「あぁ。ペシャワール城から運んでもらったよ。」
『枯れ葉もなるべく一緒に混ぜてください。苗が良く育ちます。』
的確な指示に住民達は嬉しそうに仕事にもどる。
水門と水路の図形を見て欲しいと言われ、取ってくるといって去った者を待つ間エレンはやっと一息つけそうで一人待つダリューンの所へと戻った。
『申し訳ございませんダリューン様。せっかく付き添いで来てくださったのに、放りっぱなしにしてしまい。』
「気にするな。おぬしの働きぶりを見ていた。ナルサスが喜ぶのもわかるな。」
『え―。』
ふっと笑ったダリューンにエレンは少し顔を赤く染める。
真っ直ぐに彼から褒められたものだからつい目を反らしてしまう。
誤魔化すように近くの木の根元に腰を下ろし、ふぅと一息着いた。
その顔はこころなしか疲れているようで。
「大丈夫か?」
『ちょっと疲れたみたいです。』
二人がいるこの場所はすこし丘のようになっていて遠くのカーヴェリー河が良く見渡せた。三か月前はこの先の場所が戦場だったのが嘘のよう。
心地よい風のせいか、気づけば寝息がダリューンの耳に聞こえてくる。エレン?と小さく声をかけるも予想通り。この短時間で眠りに落ちてしまうところを見るとちょっとどころではなく、かなり疲労が重なっていたようである。
そのあと水門と水路の設計図を持ってきた住民からそれを預かると、しばらくその場で時間が過ぎるのを待った。
夕刻が近づいてきて、そろそろ戻らねばと思ったのだがエレンが目を覚ますことはなく。仕方ないと彼女を抱きかかえ、ヴァナディールの手綱をシャブラングにつなぎ、一緒に馬に乗る。その動作でさえ彼女は起きる気配はなく。
夕暮れ時、エレンの温もりを感じながらダリューンは静かに帰路へと着いた。
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