第20章
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早馬にてアルスラーン殿下の帰還を聞きつけたキシュワードが五百騎の兵士と共に主の帰還の出迎えをする。
城壁からも大勢のペシャワール城の兵が味方の帰還を今かと待ちわびていた。
「お帰りなさいませアルスラーン殿下!」
「キシュワード!」
ご無事でなにより。と嬉しそうに殿下に馬を寄せるキシュワード。その肩に殿下の肩に止まっていたアズライールが飛び移る。
「ペシャワールの兵達がよく働いてくれたおかげだ。労ってやってくれ。」
「はい。おぉアズライール。おぬしもよう殿下をお守りした。」
飼い主であるキシュワードに帰還の挨拶をしたかと思うと、アルスラーンの方をちらちら見てはまた彼の方へと飛び移る。
友人のアルスラーンと飼い主のキシュワードの間を何度も行き来する様子に飼い主は笑った。
「これはこれは。アズライールめ。私と殿下、どちらにも気を遣っているようでございますな。こやつがこんな浮気性だったとは。困ったものでござる。」
「ははっ。そうだキシュワード。紹介したい者がいる。」
その視線を殿下の傍らへと向けられる。
パルスの人とは雰囲気が異なる男がその後ろから姿を見せた。
「この者は、シンドゥラ人ですかな?」
「ジャスワントだ。私の元で働いてくれることになった。」
「お見知りおきを。」
軽く頭を下げるジャスワントにキシュワードは頷いて見せる。
「女神官に楽士に盗賊に異国人と…、なんとも賑やかになってまいりましたな!」
『キシュワード様!』
「おぉエレンか。おぬしも無事、であったか…。どうしたのだ?」
隊列の後方から姿を見せたエレン。
一人ではまだ馬に乗れる体力がないため護衛をつとめてくれたセトの馬に一緒に乗せてもらいペシャワール城の主の元へやってくる。
その情けない姿にあはは、と苦笑い。
『ちょっと向こうで派手にやらかしてしまいまして…。詳細はまたあとでお話します。』
「そうか。とにかく無事でなによりだ。セト、おぬしもようお守りしたな。ご苦労だった。」
雇い主の労いの言葉にセトは軽く頭を下げるだけ。
すでに慣れているのであろう、そのそっけない態度の彼にもキシュワードは気にすることなく。
遠征から帰ってきたパルス兵が城内に入ったあと、アルスラーン殿下の計らいで労いの葡萄酒と食事が用意された。それを嬉しそうに飲んだり食べたりする兵達の騒ぎ声を聞きながらエレンは一人廊下を歩く。
その後ろから名を呼ばれ、振り返ると武装を解いたキシュワードがやってくる。
『キシュワード様。』
「手に持っているのはなんだ?」
『ナルサス様から頼まれた資料です。』
この度、晴れて正式にナルサス卿の補佐官として就任したエレン。
さっそく彼の手伝い(…前からしていたが。)で書庫から過去の記録書や執行した政策などの書をいくつか見繕ってこい、と言われ借りてきたところである。
『キシュワード様、セトを護衛につけてくださってありがとうございました。エレンが感謝していたとお伝えください。』
「あぁ。役に立ってなによりだ。」
伝えておこう、と言ったキシュワード。エレンと並ぶように廊下を歩く。
『セトの無愛想さに最初はどうなることかと思いましたが、慣れるものですね。』
「仕事はきっちりこなす男だからな。確かに言葉足らずではあるが。」
かといってギーヴのように何枚も舌を持ってそうなくらいよく喋る護衛というのもぜひ遠慮したものだ。
「エレン、遠征前俺が言ったことを考えてくれたか?」
『あ、はい…。帰りの荷馬車でずっと考えていました。』
シンドゥラに遠征に行く前にキシュワードから言われたこと。
遠くない未来、アルフィーネ王女殿下として生きることを受け入れなければならぬ時が来るかもしれん。…彼からそう言われたのだ。
いつか訪れるであろう、エレンという役を捨て、アルフィーネとして生きていく、その覚悟を。
ただ、今の皆とのこの関係が崩れてしまうかもしれない。そのことだけが唯一の心残りだ。
このシンドゥラの遠征は考えるにはちょうど良い期間でもあったとしみじみ思う。
『キシュワード様が仰ってくれたので覚悟は、出来たと思っています。…ただ、ふと思ったことがあるのですが…、』
「なんだ?」
『それも踏まえてナルサス様にも話してみようと思っていたところなので、よろしければ今からご一緒にナルサス様のところへ行きませんか?』
ナルサスが以前、殿下に話したあらゆる方面でさまざまな可能性とその対処をいくつも考えていると説明したことがあった。
それに習ってエレンなりに考えたことを聞いてほしくて、ペシャワールに帰還したら話そうと思っていたのだ。
頷いて了承したキシュワードと共にナルサスがいる部屋へ向かう。
着いて開いたドアをノックし入室の合図を送る。
顔を上げたナルサスが仕事を頼んだ補佐官がキシュワードを伴ってやってきたので手を休め、歓迎する。
『ナルサス様、頼まれていた資料をお持ちしました。それからこれが借りてきた過去に執行した行政の記録です。』
「ご苦労。キシュワード殿もご一緒でしたか。」
「さっきそこでエレンと鉢合わせてな。帰るなり仕事漬けか。少しは休んだらどうだ?」
「そろそろ休憩しようと思っていたところです。どうぞお掛けください。」
気を利かせたエラムが茶の用意をする。
ナルサスの正面に用意された椅子に腰掛けるキシュワード。
その二人と斜めに位置する席にエレンも腰掛けた。
「まずは奴隷の解放とカーヴェリー河の西岸への入植を実施。これはエレンのほうから政策に携わりたいと希望がありましたので、貸し与える苗の選定や土壌改良および災害対策の意見書をまとめるよう依頼しております。」
「そんなことまで任せて大丈夫なのか?」
「あくまで意見書ですから。それが採用されるかどうかは彼女の実力次第かと。」
『がんばります。』
不安気なキシュワードに意気込みを見せる。
「次にアルスラーン殿下の名において檄文を発し、諸侯に呼びかけルシタニア追討の兵を興します。」
『奴隷制度を廃止する宣言書も作成せねばなりませんね。』
やらねばならぬことが山積みだ。
その多忙さにキシュワードは驚かされる。
「軍師殿は忙しいな!身体がもたんぞ?」
「いえ。これがなかなか楽しくて。…それにちょうどいい補佐官も付いてもらいましたので。」
そう笑いながら右手でエレンを指し示す。
それに答えるように頷く。
「政事や戦略の根本的なことはやりますが、出兵の実務はキシュワード殿やダリューンにお願いいたす。」
「おう。任せておけ。おぬしは政事に集中してくれ。奴隷達も喜んでおるからな。この入植を成功させたい。」
「キシュワード様は奴隷解放に好意的なのですね。」
キシュワードが殿下の掲げる奴隷制度撤廃に賛同していることがエラムには意外なことだったらしい。
あぁ、と彼を見て頷くキシュワード。
実際彼も奴隷を一人自由民にしたことがある。
「エクバターナでスルーシの世話をしてくれていた男をよく知っているからな。あやつを自由民にしてやったのは俺だ。」
『…そうなのですね。』
「しかし殿下がなさろうとしている解放とは規模が違いますぞ。」
奴隷を一人解放するのと、全国で解放するのとではわけが違う。
その現実の厳しさをわかっていてナルサスはやろうとしているが、果たして好意的なキシュワードがどこまで理解しているか。
「そこなのだ。ペシャワールの奴隷解放となると生産性を考えて、この城の労働体系全体を組み立て直さねばならん。それを国全体にひろげようというのだ。…これ大改革だ。殿下に対する反発も多くなろう。」
今、思うことをはっきりと伝えたあと、すこし考えてキシュワードは再びナルサスを見つめた。
「そこでナルサス…、いやナルサス卿。まずははっきりと申し上げておきたい。…アルスラーン殿下が仮に…仮にだ。パルス王家の血を引いておられぬとしても我らの忠誠はいささかも変わらぬ!」
なにを言い出すかと思えばとでも言うように、ふっと笑みを浮かべるナルサス。
「…その点については全く疑っておりませんよ。論ずるまでもなくキシュワード殿の忠誠はあてにさせていただきます。」
しかし、と続く言葉を濁すナルサスにキシュワードは眉間に皺を寄せる。
「…アンドラゴラス陛下をお救い申し上げた後、アルスラーン殿下との間に隙が生じる恐れがありますな。」
「…と言うと?」
『アンドラゴラス陛下が奴隷制度の廃止を承知されるとは思えません。長年のパルスの慣例を覆すようなことをなさるなどもってのほかです。』
「国王と王太子が政事を巡って対立なさった時、キシュワード殿はどちらにお付きになられますか?」
キシュワード卿は生粋の武家の人間だ。
ギーヴやジャスワントなどと比べて背負っているものが違えば、ナルサスやダリューンとも違い陛下の不興を買ったもけでもない。
アルスラーン殿下に忠誠は誓ってもそれはパルス王家に対してのものである。すなわちアンドラゴラス陛下およびアルスラーン殿下含めのパルス王家への忠誠を立てなければならない男なのだ。
「アンドラゴラス国王陛下に敵対するようなことになれば心苦しいでしょう。」
「待て待て!ナルサス卿の心配ももっともだが、それは王都を奪還し陛下をご救出申し上げてからにしよう。」
「…そうですな。まずはエクバターナを奪還せぬことには始まりませんな。」
「あぁ。今度はこの城で留守など御免こうむりたい!俺は先頭に立って王都を攻め上がりたいのだ!」
よほどシンドゥラ遠征に置いていかれた事が不満だったのか、鬱憤をナルサスに晴らすキシュワードにエレンはくすっと笑う。
『やはり戦場の雄たるキシュワード様。城にこもりきりでは退屈でしたか。』
「三か月も留守をやってるとさすがにな。――と、言いたいところだが奇妙なことがあってなぁ…。」
いつも毅然とした態度の彼が珍しく悩む素振りを見せた。
その奇妙なことがよっぽどのことだったのだろう。
ナルサスも驚いた様子を見せる。
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