第19章
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「あ、いやその…、」
「冗談でございます殿下。」
「そ、そうか…。」
ほっと胸を撫で下ろす。
ナルサスを挟んで隣に座るダリューンもどこか気まずそうに咳払いした。
殿下だけでなくダリューンからもダメだと言われるとどうしても嬉しさが込み上げてきて仕方ない。
つい言ってしまった本人はすこしばかり居心地悪さがあるのか落ち着かない様子だ。
「ともあれ私は三年の間にルシタニア人を追い払い、王都を奪還しておかねばならぬのだな。」
「御意。さしあたって殿下にお願いがございます。」
「なんだ?」
嬉しそうに顔を明るくするアルスラーン。
いつも頼ってばかりの彼なので、他人から頼られることが嬉しくて仕方ないらしい。
「はい。ペシャワールに帰還した後、エレンを正式に私の補佐官兼弟子として召し抱えたく存じます。」
「お主の補佐官にか?」
「彼女には官吏としての才が十分に備わっております。任命してすぐは周りからの僻みがありましょうが。まぁそこはなんとでもなりましょう。」
「ナルサスの弟子となると大変ではないか?」
『私は…、それでも良いと思っております。』
ダリューンの心配も嬉しくはあるが、これはエレン個人の問題である。
若い娘だとか、女だとか言われることは予想している。
それにどう立ち向かい、自分の有能さを知らしめることが出来るか。
そこにおいて、アルスラーンの贔屓があってはいけない。
彼のよく知る人物だからと一方に味方してはペシャワール城内で亀裂が生まれることになるだろう。
『よく父に言われました。私の娘として騎士や官吏といった官職に付くのなら女だからと言う輩が必ずいる。その時は完膚なきまでに叩きのめし黙らせてやれ、と。』
「さすがサーム殿だな。」
ナルサスをはくっくと笑いが込み上げてくる。
なんとも頼もしい限りだ。
しかしその隣で不満げな顔をする男がいる。
「俺はエレンがお前のようになってしまわぬか心配だ。」
「ほう。それはどういう意味だ。」
『ダリューン様は私がナルサス様のように性格の悪い女になるのを心配されてるのですか?』
ダリューンの向かいに座る彼女にその通りだ、と頷いてみせる。
「そう、褒めないでくれ。私は慎ましい男だ。」
性格が悪いと言われて喜ぶ男はあとにも先にもきっと彼だけだろう。
『そうなったとして、私の方がナルサス様よりマシな絵を描く自信がありますよ。』
「…ふっ、」
思わず吹き出してしまうダリューン。それを横目に苦い顔をするナルサスは売り言葉に買い言葉のように言い返す。
「画聖マニの再来とも言われるこの俺よりもお主の方がマシな絵が描けると申すか。」
「だから誰が言うかっ。」
「はははっ、」
このくだり、前にも見たなと思いながらそれでも楽しそうなアルスラーン殿下と笑うエレン。
ペシャワールに帰ればこのようなやり取りも忙しさのあまり、減ってしまうことだろう。
そう思えばこそ、この何気ない会話がとても大切に思えてくるのだ。
願わくば四人でこの先ずっとこんなくだらない会話が出来ればいいな、と切実に願うばかりである。
* * *
野営地を出発し、再びペシャワールに向けて行軍するパルス軍。
荷馬車に乗りその様子を見ながらぼーっと見つめるエレンのもとに一人のパルス兵がやってくる。
「エレオノール様!」
『!、どうしましたか?』
「軍の最後尾を付けてくる者がいるとの報告が。」
『何人くらい?』
「それが…たった一人なのです。」
『一人…?』
しかも徒歩なのだとか。
てっきりラジェンドラ軍の者かと思ったがどうやら様子が違うらしい。
付かず離れず、ずっと後を付いてくると。
とくに隠れる様子もなく、かといって近づくでもなく。
『変ね…。あ、エラム!』
「はいっ。」
ちょうど糧食部隊から先頭に戻ろうとするエラムを見つけたので、アルスラーン殿下に伝言を頼むことに。
『ちょうど良かった。アルスラーン殿下に伝えてくださる?軍の最後尾を一人付いてくる者がいるそうよ。』
「かしこまりました。伝えてきます!」
馬の手綱を一振し、先頭にいるアルスラーン殿下のもとへ駆けていくエラム。
先頭を行くアルスラーンのもとへ辿り着くと、殿下!とお声をかける。
「エレン様からの言伝で、我が軍の後ろを付いてくる者がいるとのことです。」
「ラジェンドラ殿の部下たちか?」
「いえ。徒歩が一人、だそうです。」
「…、!ファランギース!」
なにか心当たりがあるのか、アルスラーンは嬉しそうに傍にいたファランギースを見る。連れてまいります。と彼の考えていることがわかったのか一つ頷くと颯爽と馬を駆け、後方に向かう。
そうして連れられてきたのは、アルスラーンが待ち望んだ人物。
その者は殿下の前に膝を付くとまっすぐに馬上の彼を見上げた。
「ジャスワント!来てくれたのだな!」
「…。俺はシンドゥラ人です。パルスの王太子殿下にお仕えするわけにはいきませぬ。もし今後パルスとシンドゥラが戦うようなことがあれば、俺は故国についてパルスと戦います!」
ですが、とジャスワントの言葉が続く。
「俺は三度にわたってアルスラーン殿下に生命を救っていただき、エレオノール殿は我が養父マヘーンドラ様のお命を救ってくださった。その借りを返させていただくまで!殿下のお供をさせていただきます!」
偽りのない言葉で、正直に話すジャスワントはアルスラーンだけでなく他の者からも好感が得られたことだろう。
「理屈の多い男だ。素直についてくれば肩も凝らずに済むものを。」
「理屈のない男よりも余程ましではないのかな。」
ギーヴの感想をばっさり切る捨てるファランギースだがそんな彼女の表情も微笑んでいた。
「よく来てくれたジャスワント!心配しなくてもいい。シンドゥラとは不可侵条約を結んだ。」
膝をつくジャスワントの手を取ろうとアルスラーンは馬から降り、彼の手を取る。
「まことにございますか!?」
「あぁ。我々が戦うのはルシタニアだ。」
「それなら私もなんのためらいもなくアルスラーン殿下の御為にルシタニア人とかいう奴らと戦います!」
「よろしく頼むぞジャスワント!」
「はい!あの、ところでエレオノール殿は…?」
戦う相手がシンドゥラではなくルシタニアだと知ると安心したように、また意気込んで返事をするジャスワントだったが、もう一人恩を返したい人物が見当たらない。
「あぁ、エレンならこの前のことでまだ体の調子が戻っていなくてな。後方で負傷者達の荷馬車に乗っているよ。」
「そうでございますか…。」
「またあとで会うといい。」
これからはいつでも会えるのだから。そう意味も込めて。
「おぬし、ずっと歩いて来たのか?」
「いえ。途中まで馬で来ました。道中で徒歩のラジェンドラ陛下に会いまして。」
そういえば彼は馬を逃されたせいでなくなく徒歩で国都へ帰っていったんだった。
馬を取られたか?と彼の性格上あり得そうなことをギーヴが尋ねるとジャスワントは首を横に振る。
「いえ。差し上げました。あれでも我が国の王なので賊などに襲われて死んでもらっては困ります。」
あれでも、などという言葉はもはや忠誠心の欠片も感じ取れない言葉に周りは笑うばかり。
アルフリードからもお人好しだねぇ!と呆れられるが、これにはアルスラーンだけでなくダリューンもつい笑う。
馬をあげてしまっては今度は自分が賊に襲われるかもしれないのに。
不敬な発言をしたジャスワントだがちゃんと国の為にと考えてくれるところは信頼できる気がした。
こうしてアルスラーンは異国の地で
新たな部下を得て、再びカーヴェリー河を超えた
時は パルス歴 三二一年
三月半ば
国都ウライユールから数日の行軍を経て
実に三か月ぶりにパルスの大地を踏んだのである
第19章・完 2025/10/07.