chapitre.3
夢小説設定
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怒りを滲ませた声が聞こえてきた。
その声に少しだけ顔をあげて、改めて周囲を見渡す。
先ほどの言葉からして、小狼が蹴飛ばした男の集団のああいった行為は日常的に行われているように伺える。
隠しきれない疲れを顔に出しながらも、市場の人々もどこか手慣れたように片付けていく。
「この町にも早く“アメンオサ”が来てくれればいいんだが……」
“アメンオサ”
聞きなれない単語に耳だけを傾けつつ、側にあった木箱に集めたものを入れ直した。
『っしょ』
上手く足と腕で抱え込むようにして持ち上げ、肩に担ごうとした重みは、横から伸びてきた手に取られてしまった。
『あ、あれ…?』
「貸せ」
『ん?』
取り上げられた箱は、黒鋼の片腕に軽々と担ぎ上げられ、積み上げた木箱にさらに重ねられる。
「わー、黒さまかっこいー」
『んー?』
これはありがとう、というべきなのだろうか?
首を傾げるセイはこちらをじっと見つめる先ほどの少女と視線がカチリと合った。
『えっと…、なにか…、』
「お前ひょっとして…っ!」
『ん?』
「お前、来い!」
『え?』
ガシ!と少女に掴まれた右手。
何も言わず突然走り出す。手を掴まれたセイも一緒に釣られて走り出す。
『えー!?』
「あ、セイさん!」
「どこいくのかなー」
この子に聞いてー、とセイの叫びが響き渡った。
連れ去られたセイの後を追い、小狼はサクラの手を取り、ファイと黒鋼も彼女たちの後を追うのだった。
* * *
『あの、ここ、は…』
「私の家だ。」
『どうして急に…?』
半ば強制的に連れて来られた少女の家。
セイの正面に座る少女。
セイの後ろ、向かって右に小狼、左にサクラ。
さらに後ろにはファイと壁にもたれる黒鋼の姿。
みんなちゃんと追い付いたようで良かった。
「おまえ、言うことはないか?」
『え?』
「ないか!?」
「あの…おれ達この国に来たばかりで…」
と横で小狼もフォローを入れてくれるが少女のあまりの気迫にたじたじ。
「ほんとに、ないのか!?」
『ない、んだ……け……ど、』
え、もしかしてある?とまで思えてきてしまいそうだ。
いや、ないけど。
小さな身体から発せられる迫力に押されるように、セイは後ろに下がる。
が、彼らが本当に自分に告げることがないということが分かると、一気に脱力して深い溜息をついた。
「よく考えたら、こんな子供が“アメンオサ”なわけないな……」
『いやあなたも十分子供じゃない。』
「あめんおさ?」
聞きなれない単語を、目元をこすりながらサクラが繰り返した。
曰く、アメンオサとは暗行御吏の字を冠する。
この国の政府が放った密偵で、それぞれの地域を治めている領主達が私利私欲に溺れてはいないか、民草に圧政を強いていないか。
領主達を監視する役目を負い、諸国を旅しているらしい。
『へぇ~。それは興味深い制度ね。』
「水戸黄門だーーー!!」
説明を聞いたモコナが突然嬉しそうに両手を上げて飛び跳ねる。
「さっきから思っていたんだが、なんだそれは!?なんで饅頭が喋ってるんだ!?」
「モコナはモコナー!」
「まぁ、マスコットだと思ってー?」
小狼の手の上から少女に飛び移るモコナ。それを仰け反りながら驚く家主に対し、ファイはひらひらと手を振った。
「オレ達をその暗行御吏だと思ったのかな、えっとー…」
「春香(チュニャン)」
目の前にしゃがみ込んだファイに、少女・春香は名乗った。
「春香ちゃんね、オレはファイ。で、こっちは小狼君。こっちがサクラちゃん。さっき君が連れ去った子がセイちゃん。」
手で示しながら一行の紹介をしてくれるファイは、最後に大きく腕を後ろにやった。
「んでー、そっちが黒ぷー」
「黒鋼だっ!!」
『聞いてたんだっ』
「うるせっ!」
後ろで悠々と本(マガニャン)を眺めていた黒鋼は、ファイの適当な紹介に思わず顔を上げて噛み付いた。黒鋼の怒りをスルーしファイはもう一度春香に向き直る。
「つまり、その暗行御吏が来て欲しいくらいここの領主は良くないヤツなのかな?」
今までの彼女の話をまとめるとそういうことになる。ファイの問いに、春香は下唇を噛み締める。
「最低だ!それにあいつ、母さんを…」
吐き捨てた春香の声に被さるように、微か音が鳴った。木が軋む特有の音に、自然と一行の目は上へと向く。
「風の音?」
ファイが呟く。
外から聞こえたのは風のような唸り声。だんだんと大きくなる音に比例して、家全体がガタガタと激しく揺れている。
「っ!外に出ちゃダメだ!!」
――!!
春香が叫ぶのと、窓が勢いよく開いたのはほぼ同時だった。
押し開かれた窓の先。
見えたのは柱状に渦を巻く竜巻だ。
撫でられた門は根元から吹き飛び、ただの木片へと姿を変える。
敷き詰められていたはずの屋根の瓦が、小石のように吹き飛んでは吸い込まれていく。
それでも勢いは止まらない。
暴風は、屋根に穴を開けた。
外からも中からも容赦なく家を破壊する風は、人間にも牙を剥いた。
中に居る人間を引き込もうとする力に、小狼はサクラを庇うようにして床に伏せた。
飛ばされそうになったモコナはファイの手に掴まれる。
『春香!』
「セイっ!」
浮かぶ小さな体をセイが捕まえるが、それでも浮きが上がりそうになった体を、黒鋼が床に押し戻した。
大きな手に背を支えられたセイは、腕の中の春香が飛ばないように強く抱きしめて目を閉じる。
永遠に続くかと思えた猛威は、唐突に止まった。
木片と瓦を空高く巻き上げながら、風は何事もなかったかのように穏やかなもの風へとようやく変わった。
残されたのは静寂と、破壊された春香の家。
屋根に開いた穴からは憎たらしいほど青い空が見えた。
立ち上がったファイが風の消えた方を見ながら口を開く。
「自然の風じゃないね、今の」
『強い力、だった…』
背から掌が消えた。春香を助け起こしながら、セイは黒鋼を見る。黒鋼はファイと同じく、空をじっと睨んでいる。
「領主だ…!」
セイに支えられながら立ち上がった春香は、拳を握りしめて天を仰いだ。
「あいつが!やったんだ―っ!」
少女の叫び声に、全てを知っているはずの空は素知らぬ顔をしていた。
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