短文集【最天編】
傘が壊れた。
それも思いっきりに。
「あ、天海くんどうしよう…!?」
「このままじゃ、俺らびしょ濡れ…というよりもうびしょ濡れっすよね…」
「…気休めだけどどこか屋根のあるところで雨宿りをしない?」
「いいっすね、それ!」
「なら決まり。えっと…あ、あそこなんて丁度いいね。」
「じゃあ行きましょう!」
天海くんと向かった屋根のある寂れた店。シャッターはずっと閉まったままで見たところ埃が積もっていた。
傍にある木の簡易なベンチに二人で並ぶように座る。
少し湿気っていた。
「夕方からこんな大雨降るなんてね。」
「そうっすねぇ、しかも案外風が強いっす。」
「…天海くんの折り畳み傘、折れちゃったね。」
「もう何年も使ってたものだったのでしょうがないっすよ。そんな顔しないでください。」
「天海くん……っ、ふぇっくっしょん!!」
天海くんの心配そうな顔に返事をする前にくしゃみをしてしまった。
あぁ、心配そうな顔が深くなってしまった。
そんな顔見たくないんだけどなぁ…
「最原くん大丈夫っすか!?」
「だ、大丈夫、ごめん。」
「謝ることないっす!ほら、これで頭拭いてください!」
「あ、ありがとう…」
どこから出したのかわからない新品同然のタオルを天海くんから手渡される。
今の天気に似つかわしくない太陽の優しい匂いだ。
軽く頭を拭いて天海くんの方をチラリと視線を向ける。
僕の親友。好きな人。
雨に濡れてぐっしょりとした髪の先から滴り落ちる水滴と肌にくっついて離れない服が艶かしい。
雨に濡れた好きな人ってこんなに色っぽいんだ…
「最原くん?どうしたんすか?」
あ、天海くんのまつ毛にも水滴がついている。
あまりにもじっと見つめすぎていたのか天海くんは僕の方を向いて声を掛けると首をかしげた。
今すぐ抱きしめたい。
キスをして押し倒したい。
あまりの彼の可愛いさにそんな気持ちが湧き上がる。それをグッと抑えて僕は着ていた上着を脱いで
「濡れちゃってるから意味がないかもしれないけど着た方が少しマシだと思うから。」
そう言いながら脱いだ上着を天海くんの肩に掛ける。
最初はポカーンとしていたけれどもしばらくして少し恥ずかしいそうにありがとうございますと笑う天海くんはとても可愛くて勢いで抱きしめてしまった。
驚いたのか僕の腕の中で身体をびくりと震わす天海くん。でも、次第に体重を預けてくれる姿に身体と顔が熱くなる。
やっぱり好きだ。諦められそうにない。
天井から聞こえる雨の音。
天海くんが動く度に聞こえる引きずった傘の音。
彼の吐息と僕らの心臓の鼓動。
まるで世界に二人しかいないような気分になる。
本当にそうであればいいのに。
僕らは結局、雨が小雨になるまでずっと身を寄せあって時間を過ごした。
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