三國無双
貴方と食事を
美味しい食事はどんな時も思考をこちらへ戻してくれる。
どんなに仕事をしていても、趣味のことをしていても人間は空腹には勝てないものだからね。
コンロの火を止めフライパンの蓋を開けると、二つのアルミホイルの塊が顔をだす。
それに包丁で横に一筋の切れ目を入れアルミホイルを広げれば、ふわりと湯気に混ざってバターと鮭の蒸された香りがした。
「うん、なかなかの出来だ。」
中を覗けば鮭の鮮やかな赤身が美味しそうなサーモンピンクに変わっていた。玉ねぎとしめじも火が通りバターの色味と混ざりあい食欲をそそられる。
皿に盛り付けパセリを振り、さらにミニトマトをのせれば完成。
さぁ、あの子をこちらに連れ戻さないと。
ほとんど作業部屋になっているあの子の自室を開ければカチャカチャと音を立てて何かを組み立てている音が聞こえる。
彼のあたりにはドライバー、レンチ、トンカチ、その他もろもろ工具やなにかしらのパーツが散らばっていた。
「満寵殿。」
扉の縁に身体を預け彼に声をかける。
うーん、無反応。
ならば、と近づき隣にしゃがむ。
「ご飯できたよ、満寵殿。」
「わ、郭嘉殿、」
耳元で囁くように声をかければようやく気付いたようで手が止まり、顔がこちらへ向くとぎゅるるるるる、と盛大に彼のお腹の虫が鳴った。
「ぁ、ははっ、」
「ふふ、お帰り。」
お腹の音に気恥ずかしそうに笑う満寵殿。彼の汚れていない片頬を愛おしむよう触りながら迎える。
この様子だとお昼ご飯も食べてすらいないのだろう。早く食事にしてしまおう。
満寵殿が顔や手についた機械油を落としている間にワインを用意する。
いい料理にはいいお酒を用意しないとね。
「おや、鮭ですか。すごくいい匂いですね」
洗面所から帰ってきた彼が声をかける。
「鮭のホイルバター焼きだよ。美味しそうだろう?」
「はい、とても。」
満寵殿は嬉しそうに声を跳ねあがらせながら食卓に着く。
ワインを二つのグラスに注ぎ片方を彼に手渡す。
「ありがとうございます。」
「じゃあいただこうか。乾杯。」
「乾杯。」
かちん、とグラスの音を響かせて食事を始める。
ワインを飲み、すっと箸の通る柔らかい鮭を一口。うん、美味しい。
満寵殿はどうだろうかと目を向けると大きな瞳に光をたくさん閉じ込めながら鮭を見つめて咀嚼していた。
「郭嘉殿!すごくおいしいです!」
「ふふ、そんなに目を輝かせてくれるなんて作った甲斐があるよ。」
「このワインにも合う味付けで…お酒も進みますね。」
「それは良かった。たくさん飲んでたくさん食べてくれても構わないからね。」
「はい!」
食卓の中央に置かれたバケットに並ぶ食べやすい大きさに切られたフランスパンに手を伸ばす満寵殿。
彼はそのままパンの上に玉ねぎとキノコをのせて大きな一口で食べ、幸せそうな表情を浮かべている。
あぁ、本当に貴方の食事をする姿を見るために料理を作るのは楽しいものだね。
満寵殿、私は貴方といつまでもこうして過ごしていたいな。
貴方も同じ気持ちだと嬉しいのだけれど…その様子だと、わざわざ聞かなくてもよさそうだね。
〆
拝啓、過去へ
「……」
深夜に目が覚めた。
喉が渇いただとか、悪夢を見ただとか、トイレに行きたいだとか、そんなものではなくただ自然と目が覚めた。
今日は郭嘉殿と身体を重ねていないからもしかしたら眠気が足りなかったのかもしれない。
寝なおそうにも目が覚めて寝付けないでいる。
困ったな…
身体をよじって横を向く。
郭嘉殿はこちらを向いて目を閉じていた。
「…郭嘉殿、」
「……」
思いのほか寝入っているようで小さな声で呼びかける程度では起きる様子はない。
これ幸いと思い、もう少し彼にくっついてみた。
微かに聞こえる寝息に呼吸していることを確認する。
彼の胸に自分の耳を当てれば、とくんとくんとゆっくり脈打つ心臓に安心した。
私には前世の記憶というものがいくつかある。
曹操殿…彼は今、私たちの会社の社長をしているのだけれどその社長に入社の際の面接で顔を合わせたときにいくつかの記憶が蘇った。
全部蘇ったわけではなく今でもたまにふと記憶の一部が蘇っては頭がぼぅとしてしばらく動かない時がある。
ちなみに恋人である郭嘉殿は記憶が蘇っていないらしい。
なんでも長く前世を生きていた者ほど思い出しやすいとのことで早くに世を去ってしまった郭嘉殿は思い出しづらいようだった。
たまに頭が痛む様子を見せるあたり思い出す兆候はあるようだけど…乱世のことなんて思いださなくていいと思うのは私だけだろうか。
それに乱世のことのほかに何かを失う悲しい記憶はないままの方がいい。
私のように思い出す度、苦しい想いはしてほしくない。
郭嘉殿のゆっくりと鼓動する心臓の音が心地よい。
その音を聞きながら最近また一つ思い出した記憶を反復していた。
前世の私は郭嘉殿のことが好きで、通じ合っているのはお互いに分かっている。そんな関係だった。
でも乱世にいて、血を残さねばならぬそんな時代だったから愛し合うことはなかった。ただただ、お互いを信頼しあうことしかできなかった。
欲張らずにいればそれなりに幸せな関係。でも、郭嘉殿が官渡の戦いの後に病気で亡くなったとき、欲張っておけばよかったと後悔した。
一度でも口付けをねだればよかった。
眠る冷たい貴方の身体。
うやうやしく彼の手を両手で祈るように繋ぐと、どうかもう一度貴方と出会えるようにほんの一瞬微かに口付けた。
そんな記憶だった。
「郭嘉殿…」
貴方と共に生きれる幸せを今まで以上に感じて二度と離れたくはない。
前世の記憶の中の私のように彼の手を繋ぐ。手は冷たさを感じずぬるい体温を纏っていた。
ゆっくりと手に口付ける。あなたが生きていることに嬉しくて涙が出そうになった。
「かくか、どの、」
「……満寵殿」
声が聞こえて咄嗟に顔を上げれば郭嘉殿は少し眠たげな表情だが眼差しは優しくこちらを見つめていた。
「どうしたんだい、そんな顔して。嫌な夢でも見たのかい?それとも寂しかった?」
するり、とほほを撫でられそのまま抱き寄せられる。
その温かさにますます涙があふれ出た。
「…満寵殿、」
ゆっくりと私の背に回っている郭嘉殿の手がゆっくりと撫でる。
「私はどこへも行かないよ。貴方を置いては、ね。」
その言葉を聞いて、ようやく眠れる気がした。
静かな吐息が聞こえる。
愛らしい濡れた瞳を、熱い体温を自分の腕の中に強く閉じ込めた。
彼を安心させるために、自分が生きていると感じるために。
強く抱きしめたまま、自分も目を閉じる。
次は、貴方を置いて行くなんて夢は見たくないな。
〆
優しく笑う貴方へ
貴方があまりにも優しく笑うから、頼っても良いんだと心から思える。
「郭嘉殿、このような罠や兵器を考えました。是非貴方の意見をいただけませんか。」
自信作と言いたげに弾む声に言葉を乗せ書簡を手渡す。
「ふふ、見せてごらん。」
優しく笑いながら受け取られ、私が発案した罠について話し合う。
郭嘉殿、この時間は私にとって何ものにも変え難い楽しい一時なのですよ。
貴方があまりにも優しく笑うから、死がすぐそこまで近付いているのだと気づいてしまった。
「殿の天下を磐石にする為には、各地での要塞建設が急務。郭嘉殿には、ぜひとも相談に乗っていただきたい。」
ほら、と考えた要塞の構造を書き記した書簡を手渡す。
郭嘉殿は何も言わず優しく笑いながら書簡を受け取る。その手は病で青白く見えた。
この時間がもう訪れることがないだなんて、そんなこと私は嫌なのです、郭嘉殿。だから私の我儘に付き合ってください。
貴方があまりにも優しく笑うから、死んでいるだなんて信じたくはなかった。
「郭嘉殿、まだ貴方に見て欲しかったものがあったのですよ。こんなにも、たくさん。今日、考えたものだって。」
郭嘉殿が亡くなってもなお、また一つ罠を考えた書簡を持ってきては執務机へ積み上げる。
埃を被り始めた主のいない執務机。罠や兵器、要塞の仕組みが書かれた山積みの書簡。私しかいない暗くて寂しい空間。
優しく笑う貴方はもう何処にもいなかった。
〆
美味しい食事はどんな時も思考をこちらへ戻してくれる。
どんなに仕事をしていても、趣味のことをしていても人間は空腹には勝てないものだからね。
コンロの火を止めフライパンの蓋を開けると、二つのアルミホイルの塊が顔をだす。
それに包丁で横に一筋の切れ目を入れアルミホイルを広げれば、ふわりと湯気に混ざってバターと鮭の蒸された香りがした。
「うん、なかなかの出来だ。」
中を覗けば鮭の鮮やかな赤身が美味しそうなサーモンピンクに変わっていた。玉ねぎとしめじも火が通りバターの色味と混ざりあい食欲をそそられる。
皿に盛り付けパセリを振り、さらにミニトマトをのせれば完成。
さぁ、あの子をこちらに連れ戻さないと。
ほとんど作業部屋になっているあの子の自室を開ければカチャカチャと音を立てて何かを組み立てている音が聞こえる。
彼のあたりにはドライバー、レンチ、トンカチ、その他もろもろ工具やなにかしらのパーツが散らばっていた。
「満寵殿。」
扉の縁に身体を預け彼に声をかける。
うーん、無反応。
ならば、と近づき隣にしゃがむ。
「ご飯できたよ、満寵殿。」
「わ、郭嘉殿、」
耳元で囁くように声をかければようやく気付いたようで手が止まり、顔がこちらへ向くとぎゅるるるるる、と盛大に彼のお腹の虫が鳴った。
「ぁ、ははっ、」
「ふふ、お帰り。」
お腹の音に気恥ずかしそうに笑う満寵殿。彼の汚れていない片頬を愛おしむよう触りながら迎える。
この様子だとお昼ご飯も食べてすらいないのだろう。早く食事にしてしまおう。
満寵殿が顔や手についた機械油を落としている間にワインを用意する。
いい料理にはいいお酒を用意しないとね。
「おや、鮭ですか。すごくいい匂いですね」
洗面所から帰ってきた彼が声をかける。
「鮭のホイルバター焼きだよ。美味しそうだろう?」
「はい、とても。」
満寵殿は嬉しそうに声を跳ねあがらせながら食卓に着く。
ワインを二つのグラスに注ぎ片方を彼に手渡す。
「ありがとうございます。」
「じゃあいただこうか。乾杯。」
「乾杯。」
かちん、とグラスの音を響かせて食事を始める。
ワインを飲み、すっと箸の通る柔らかい鮭を一口。うん、美味しい。
満寵殿はどうだろうかと目を向けると大きな瞳に光をたくさん閉じ込めながら鮭を見つめて咀嚼していた。
「郭嘉殿!すごくおいしいです!」
「ふふ、そんなに目を輝かせてくれるなんて作った甲斐があるよ。」
「このワインにも合う味付けで…お酒も進みますね。」
「それは良かった。たくさん飲んでたくさん食べてくれても構わないからね。」
「はい!」
食卓の中央に置かれたバケットに並ぶ食べやすい大きさに切られたフランスパンに手を伸ばす満寵殿。
彼はそのままパンの上に玉ねぎとキノコをのせて大きな一口で食べ、幸せそうな表情を浮かべている。
あぁ、本当に貴方の食事をする姿を見るために料理を作るのは楽しいものだね。
満寵殿、私は貴方といつまでもこうして過ごしていたいな。
貴方も同じ気持ちだと嬉しいのだけれど…その様子だと、わざわざ聞かなくてもよさそうだね。
〆
拝啓、過去へ
「……」
深夜に目が覚めた。
喉が渇いただとか、悪夢を見ただとか、トイレに行きたいだとか、そんなものではなくただ自然と目が覚めた。
今日は郭嘉殿と身体を重ねていないからもしかしたら眠気が足りなかったのかもしれない。
寝なおそうにも目が覚めて寝付けないでいる。
困ったな…
身体をよじって横を向く。
郭嘉殿はこちらを向いて目を閉じていた。
「…郭嘉殿、」
「……」
思いのほか寝入っているようで小さな声で呼びかける程度では起きる様子はない。
これ幸いと思い、もう少し彼にくっついてみた。
微かに聞こえる寝息に呼吸していることを確認する。
彼の胸に自分の耳を当てれば、とくんとくんとゆっくり脈打つ心臓に安心した。
私には前世の記憶というものがいくつかある。
曹操殿…彼は今、私たちの会社の社長をしているのだけれどその社長に入社の際の面接で顔を合わせたときにいくつかの記憶が蘇った。
全部蘇ったわけではなく今でもたまにふと記憶の一部が蘇っては頭がぼぅとしてしばらく動かない時がある。
ちなみに恋人である郭嘉殿は記憶が蘇っていないらしい。
なんでも長く前世を生きていた者ほど思い出しやすいとのことで早くに世を去ってしまった郭嘉殿は思い出しづらいようだった。
たまに頭が痛む様子を見せるあたり思い出す兆候はあるようだけど…乱世のことなんて思いださなくていいと思うのは私だけだろうか。
それに乱世のことのほかに何かを失う悲しい記憶はないままの方がいい。
私のように思い出す度、苦しい想いはしてほしくない。
郭嘉殿のゆっくりと鼓動する心臓の音が心地よい。
その音を聞きながら最近また一つ思い出した記憶を反復していた。
前世の私は郭嘉殿のことが好きで、通じ合っているのはお互いに分かっている。そんな関係だった。
でも乱世にいて、血を残さねばならぬそんな時代だったから愛し合うことはなかった。ただただ、お互いを信頼しあうことしかできなかった。
欲張らずにいればそれなりに幸せな関係。でも、郭嘉殿が官渡の戦いの後に病気で亡くなったとき、欲張っておけばよかったと後悔した。
一度でも口付けをねだればよかった。
眠る冷たい貴方の身体。
うやうやしく彼の手を両手で祈るように繋ぐと、どうかもう一度貴方と出会えるようにほんの一瞬微かに口付けた。
そんな記憶だった。
「郭嘉殿…」
貴方と共に生きれる幸せを今まで以上に感じて二度と離れたくはない。
前世の記憶の中の私のように彼の手を繋ぐ。手は冷たさを感じずぬるい体温を纏っていた。
ゆっくりと手に口付ける。あなたが生きていることに嬉しくて涙が出そうになった。
「かくか、どの、」
「……満寵殿」
声が聞こえて咄嗟に顔を上げれば郭嘉殿は少し眠たげな表情だが眼差しは優しくこちらを見つめていた。
「どうしたんだい、そんな顔して。嫌な夢でも見たのかい?それとも寂しかった?」
するり、とほほを撫でられそのまま抱き寄せられる。
その温かさにますます涙があふれ出た。
「…満寵殿、」
ゆっくりと私の背に回っている郭嘉殿の手がゆっくりと撫でる。
「私はどこへも行かないよ。貴方を置いては、ね。」
その言葉を聞いて、ようやく眠れる気がした。
静かな吐息が聞こえる。
愛らしい濡れた瞳を、熱い体温を自分の腕の中に強く閉じ込めた。
彼を安心させるために、自分が生きていると感じるために。
強く抱きしめたまま、自分も目を閉じる。
次は、貴方を置いて行くなんて夢は見たくないな。
〆
優しく笑う貴方へ
貴方があまりにも優しく笑うから、頼っても良いんだと心から思える。
「郭嘉殿、このような罠や兵器を考えました。是非貴方の意見をいただけませんか。」
自信作と言いたげに弾む声に言葉を乗せ書簡を手渡す。
「ふふ、見せてごらん。」
優しく笑いながら受け取られ、私が発案した罠について話し合う。
郭嘉殿、この時間は私にとって何ものにも変え難い楽しい一時なのですよ。
貴方があまりにも優しく笑うから、死がすぐそこまで近付いているのだと気づいてしまった。
「殿の天下を磐石にする為には、各地での要塞建設が急務。郭嘉殿には、ぜひとも相談に乗っていただきたい。」
ほら、と考えた要塞の構造を書き記した書簡を手渡す。
郭嘉殿は何も言わず優しく笑いながら書簡を受け取る。その手は病で青白く見えた。
この時間がもう訪れることがないだなんて、そんなこと私は嫌なのです、郭嘉殿。だから私の我儘に付き合ってください。
貴方があまりにも優しく笑うから、死んでいるだなんて信じたくはなかった。
「郭嘉殿、まだ貴方に見て欲しかったものがあったのですよ。こんなにも、たくさん。今日、考えたものだって。」
郭嘉殿が亡くなってもなお、また一つ罠を考えた書簡を持ってきては執務机へ積み上げる。
埃を被り始めた主のいない執務机。罠や兵器、要塞の仕組みが書かれた山積みの書簡。私しかいない暗くて寂しい空間。
優しく笑う貴方はもう何処にもいなかった。
〆
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