文豪とアルケミスト

そういう告白の形 (はるだん)


先生は、薔薇の甘い香りと煙草の苦い香りのする人だ。
抱きしめられて初めて知った。

「好きだ」
そう一言告げられて、抱きしめられて。キスまではされなかった。
俺が先生のことが好きなのは筒抜けなはずなのに。
返事を求められなかったのはそういうことだと思ってもいいんですか。
自惚れてもいいんでしょうか。
俺は先生の腕の中で、もう一度あなたの香りに包まれたい。

「それを佐藤春夫本人に伝えろよ酔っ払い。」
「言えたらこんなにヤケ酒してない。」
「あっそ。」
あの告白から時が流れて数日。何にも音沙汰はない。
そんな現実に俺はバーで口が滑るほど酒を飲みまくり、隣にいる安吾は俺の話に聞き飽きた様子で酒を飲んでいた。
「あの告白は何だったんだ!!俺は!俺はぁ!」
「んー。」
「おい、聞いてんのか。」
「きいてるきいてる。」
「俺は春夫先生と恋人になれたのかと思っていたのにぃ!!」
「そーかそーか」
「手を出してきてください春夫先生…俺だって貴方のことが好きなのにぃ!!」
カウンターテーブルを恨めしげに叩く。
「あーぁ、手が赤くなっちまうぞ…って、おっと…」
隣からそんな声が聞こえて視線を感じた先に顔を向ける。
春夫先生がそばにいた。
「ア、はるお、せん、せ…」
全部聞かれた。
もうおしまいだ。
バレるならどうせなら素面の時にバレたかった。
酔いなんか一気に覚めてしまって冷汗が大量にあふれ出る。
「なぁ、檀。」
「な、んでしょう、か…」
「こっちこい。」
「はい…」
腕を掴まれてバーの外へ出る。
出る間際にちらりと安吾の方を見ればいい笑顔で親指を立てていた。
お前の仕業か。

…さて、この話はこれでおしまいである。
この後のことを話すとしたら、檀の酒の席で話す犬も食わん愛憎渦巻く告白話があのあとただののろけ話に変わったぐらいだ。
おい、太宰。お前面白がってんな。あんとき苦労したのが俺だけだからって。
知るかよ。そんなにそういう話が聞きたきゃ壇のところに行け。
きっと、砂糖を吐くほどのあまぁい話が聞けると思うぜ。






朝、目が覚めて (きただん)


スズメのせわしい声が聞こえて目が覚める。
隣で濃い藍色の髪をした男が健やかに寝息を立てて寝ているのを見て穏やかな気持ちになった。
ゆっくりと彼の頭を撫でればころりと眠った顔のままこちらを向く。
「……」
綺麗に生えそろったまつ毛、血色に良い頬、赤く艶やかな唇。
起こさないようゆっくりと触れる。
僕の恋人はこんなにも愛おしい。
(…そうだ。)
寝顔を納めてしまおう。
そう思ったが吉日。僕は布団の脇に置いていた連絡用端末を手に取るとカメラを起動させた。
「えっと、」
自分の影が入り込まないように気を付けつつ慣れない手つきで狙いを定める。
撮影ボタンを押すとパシャリと大きな音が鳴った。
「うわっ、」
「んん…?」
流石に起きてしまったようで少しだけ申し訳なくなる。が、撮ったのをバレないようにすぐさま端末の電源を落とす必要があった。
「ん…おはようごさいます…」
「うん、おはよう。」
幸い、彼はまだ眠たそうだ。
もしかしたら気づいてないのかもしれない。
「檀くん、まだ眠たいならまだ寝ててもいいよ?」
首を眠たそうに横に振る、そんな幼い動作が愛らしくて口元が緩んでしまう。
のそのそとゆっくり布団から這い出て洗面台へ向かう彼。僕も彼が戻ってきたら顔を洗うことにしよう。

朝支度を終えて食堂へ向かうため部屋の扉に向かう。
「…白秋さん、」
ドアノブに手をかけたところで檀くんに名を呼ばれてしまった。
「おや、なんだい?」
「…寝顔。」
「うん?」
「寝顔、撮りましたよね。」
「…ばれてしまったか。」
「いや、流石にばれますよ。」
僕がくすくすと笑えば、檀くんは気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「一枚ぐらい許してくれないかい?」
「えぇ…」
「あの写真で良い詩が書けそうなんだ。」
だから、お願い。
そういえば、彼は赤い顔をますます赤くして、
「…仕方ないですね。」
と、はにかみながら許してくれた。


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