文豪とアルケミスト

「雨なんて最悪やなぁ」
「今日は一日雨だってよ。残念だったな太宰。」
「ゔ~~~!!」
「あらら、おまんじゅうさんになってしもうたわ。ごめんな檀クン。」
「いいよ、仕方ねぇしな。はは…」
部屋に入った瞬間、聞こえた同派たちの声と上布団ににくるまる太宰を見たあと、窓の外を見つめ乾いた笑いを零しながらさっきまでのことを思い出した。

今日は朝から頭痛に苦しむ司書の体調を考慮して一般図書の仕事以外はお休みになった。一番の新入りの俺は風邪かと思ったが長らくここにいる文士によればそうではないらしい。
まぁ、休みになろうがなかろうが元から休日である自分には関係はない。空は青い。出かけ日和だ。予定していた昼からの太宰との出かけも楽しみになるというものだ。
……ところが、自分と太宰の朝ごはんの用意を終えたところで雨が急に土砂降りのように降り始めた。
「え、うそ、だろ…」
「うわっ、やっぱりか」
雨に驚いていると食堂に入ってきた春夫先生が苦い顔をして窓を見つめていた。
「やっぱりか、ってどういうことですか…?」
「檀!…あー、その、だな……司書は低気圧に弱くてな、いつも雨が降る前から頭が痛くなるんだ…」
俺たちの出かけのことを知っている先生は申し訳なさそうに教えてくれた。
それを聞いた俺は「教えていただきありがとうございます。」とひとこと言い二人分の朝ごはんをお盆に載せて太宰の部屋に向かった。

そして冒頭に戻る。
嘆いていたって仕方はないがまずは太宰の機嫌を取り戻すところから始めないといけない。
机の上に朝ごはんを置いて丸まっているまんじゅうに近づく
「太宰、」
「檀…」
上布団の上からだとどこに頭があるのかがわからないのでとりあえずぽふぽふと触ってみるが無反応。少しばかり寂しい。
「こぉーなったらしばらくはテコでも動かんからしばらくほっといた方がええで。」
「んじゃ、俺ら食堂で飯食ってくる。」
いつものことだと言いたげに太宰を放置して部屋を出てく二人。
なんだか、俺の知らないことを知っている二人が羨ましくてまた寂しいと感じた。
「……」
動きのないまんじゅうに頭を預けるように乗せる。一瞬跳ねたように動いたが気にしない。
出てこない中身が悪いのだ。
「ごはん、つくったぞ。」
「…」
「だざいがみそしるたべたいっていったから、つくったんだ。」
「……」
出てこない中身にだんだんこっちまでふてくされてくる。
「だざい、」
「………」
「…」
呼びかける言葉が見つからなくなって黙ってしまう。
「だん…」
太宰の声が聞こえて顔を上げるとまんじゅうがもぞもぞと動き出し中身が出てきた。
寝起きだと言いたげな顔、いつも整えられている髪は寝癖で跳ね放題。
髪を手で梳いてやればいつものようにひっついてきた。
「…ごはん食べるか?」
「…たべる。」
「わかった。」

「本当なら外に出かけてさ、俺のお気に入りの場所にお前連れていきたかったんだ。」
朝ごはんを食べ終えて、太宰は窓に映る雨降る光景を見つめながらそう言った。
「バーだってさ、いつものところだけじゃなくて他にもいいバーがあるし、喫茶店だって、服屋だって、ご飯処だって、連れていきたい場所いっぱいあったんだ。」
「……」
「オダサクや安吾とこんな話して、こんなことして、楽しかったから檀ともしたかったんだ。」
「太宰…」
「はぁーあ。ほんと雨って嫌になるよ。」
深くため息をついて寄りかかってくる太宰。
俺はそんな太宰を受け止めて同じように窓を見つめる。
「……それ、ならさ、」
「檀?」
「雨が明けたら、また誘ってくれよ。」
「…」
「転生してしばらく経つけど、俺がいない間に俺の知らないお前がたくさんいることを知って、寂しかったんだ。」
太宰がこちらを向いて見つめてきた。だから俺も見つめ返して言葉を続ける。
「太宰から、そう言ってくれるなんて思わなくて、すごくうれしかった。だからまたさそってくれよ。」
何を気恥ずかしいことを言っているのだろうと気づき声がだんだん小さくなっていく。目も伏せがちになってくる。それでも、口に出してしまったのはしょうがないから言い切ってまうことにした。
「…」
「…」
妙な沈黙がますます恥ずかしくなって何か言ってくれと目で訴えるためにもう一度太宰の瞳を見つめる。
「だざい、」
その瞳はどことなく、熱をともしているように見えた。
「檀、俺だってお前にそう言ってもらえて、すごく嬉しい。」
太宰の手が自分の頬に触れる。
「だから、決めた。雨が明けたら絶対檀のこと誘って今までのこと全部教えるって。それと、これからはたくさんお前と過ごしたい。」
太宰の顔を近づく。
「お前が、来る前からずぅっと好きだったんだ。お前がやってきてから、今まで以上にもっと好きになった。」
ゆっくり目を閉じるとこつりと額がくっつく。
「檀…」
「俺も、お前のことがすきだよ。太宰。」
そう返事をして自分からも顔を近づければ吐息が唇に触れて、唇が重なった。

そのまま押し倒されてむさぼりつくされた…ということはなかったが、お互いにひっつきながら一日晴れたらこんなことをしよう、あそこへ行こう等とたくさん話し合った。子供のような提案ではあったがてるてるボウズまで作った。
晴れの日がこんなに待ち遠しい。
雨が明けたら、愛しい人の笑顔を今までよりもっとたくさん見たい。
窓につるしたてるてるボウズを見つめながらそう願った。


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