文豪とアルケミスト

「これ、やるよ。」
「…なんでしょうか…?」
「金平糖だよ。なつかしいだろ?」

「…なるほど、それでもらってきたのか。」
「はい。」
目の前の男は掌にのせたままの包み紙を見つめたまま返事をする。
師から菓子をもらうのは物珍しかったらしく、右顔を覆う雪のような髪の隙間からどうしたら…という視線をこちらへ寄越している。
「遠慮せず食べればいいのではないか?」
「…」
「手前に気を遣うのであればしばらく散歩して来る。」
「…」
視線を寄越さず目を伏せってしまうものだから気持ちが読めなくなってしまった。
やはり、そういうことであったかと合点がいく。
「なら半刻後に戻ってくる。ゆっくり味わってくれ。」
「まって!」
声をかけ立ち上がろうとしたが予想外の大きな声と袖を引っ張られる行為に止められる。
「かわ、ばた…?」
「りいち、まってください」
震える彼の声に応えるようにもう一度その場に腰を落ち着ける。
「あの、」
「どうした、川端。」
落ち着かせるように名前を呼ぶ。
「…一緒に、食べませんか。」
一呼吸置いて芯の通った声で誘われた。
もちろんだ、と頷いて誘いを受けると彼は嬉しそうに表情を和らげた。

茶を淹れなおしてさぁ、食べてみようとあいなった。
「菊池さんがくだっさたものだ。まずいわけはないだろうが胸が少しばかり高鳴ってしまうな。」
「そう、ですね…確かに高鳴ります。」
二人で顔を見合わせて笑いあう。
では、と小さく声を上げた川端がゆっくりと繭のように包まれている紙を広げる。
中には色とりどりに光る星のような金平糖が入っていた。
見たところ数は少なく十もいかないだろう。
「これなら二人で食べる分には十分ですね。」
「あぁ、そうだな。川端、貴方から食べるといい。」
「はい。頂きます。」
川端は少し指をさまよわせたあと白い金平糖をつまむ。
そのまま口に持って行く姿はどこか神聖的に見えた。
「…そんなに見られては、食べづらいですよ。」
垂れる髪の奥から視線がこちらへ刺さる。
「それはすまない。」
口では謝ったが目は離せずにいた。これではまったく意味はないが仕方がない。
目を離す気のない手前に川端は呆れたように目線を金平糖に戻し口に含んだ。
「どうだ?」
「…美味しいです」
「そうか。それなら手前も…」
川端と同じように金平糖を手に取る。色も同じ白い金平糖。
仕返しとばかりに見つめてくる川端の視線を少し気恥ずかしく思いながらもそのまま口に含んで食べる。
噛むとその先から甘みが口の中を満たす。
「なるほど、これは確かにうまいな。」
「……」
感想を言うが隣から反応が返ってこず。
「川端?」
不思議に思い呼びかけながらそちらを見ると赤く熟れた林檎のように顔を染めている川端がいた。
「川端…!?」
熱でも出たのかと思いとっさに肩を掴む。
「ぇ、あ、いや、これは、」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫、ですから、こちらを見ないでください…」
羞恥と欲が混ざった瞳がこちらを見てそらされる。
川端が己のどこに欲情したのかわかってはいなかったがその姿はこちらも欲情させていく。
「川端、こちらを見てくれ。」
「っ、利一、」
おとなしく視線を向けられる。その姿は幾分か被虐性を膨らませていた。
…意地の悪いことをしてみたくなった。
「川端、なぜそんなに赤く熟れているんだ?」
「……」
「川端?」
「……」
何も答えない川端の頬をゆっくりと撫でる。すると観念したのか口が開いた。
「…白い星を食すあなたの姿が、色のせいで私の心を食べているように見えて…」
「……」
驚きで固まる。
(食べている姿は時に性欲の発露になると聞いたが…川端がそう思うとは思わなかった。)
「…利一?」
「あ、す、すまない。」
物言わぬ自分に顰めた顔をこちらに向ける川端に気を取り戻す。
「…どうせ、呆れていたんでしょう。」
「いや、そんなことはない。」
「……」
「…それなら、手前の心も食べてくれないか。」
「はい…?」
「川端だけずるいだろう?」
「なにがですか…」
川端の文句を訴え続ける目線をかわしながら自分の髪の色に似た桃色の金平糖をつまむ。
「川端、」
声をかけると川端は仕方なさそうにするように口を少し開けた。その姿を見てから金平糖を自分の口の中に放り込む。
「利一…!?」
驚く川端の表情を尻目にそのままくちづける。
「ん、」
「ふ…っ、」
口移しをするように舌を使って川端の口の中に金平糖を放り込んだ。
「はぁ…」
口を離して息をつく。
川端の口元に少し垂れた涎をぬぐいながら見つめる。
ぽりぽりと自分の心がかみ砕かれる音が指に触れた。
「手前の心の味はどうだ?」
「…甘いです。砂糖菓子のように甘ったるいぐらい。」


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