鶴丸国永・01
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夜の闇が深くなるほど、影は濃くなる。
私が今調査している怪異――"影喰い"は、その名の通り"影を喰らう"存在だ。
一度喰われた影は戻らず、影を失った人間は急速に存在が希薄になり、やがて――完全に"消える"。
それが、ただの噂話や怪談ならよかった。
けれどこれは"現実"だ。
最近、この町で影を失って行方不明になる人間が急増している。
いや、これはただの行方不明ではなく、誰の記憶にも残らない『消失』という状態だ。
恐らく、今までもずっと人知れず消えていった人間たちも多かっただろう。しかし、今回事件として表面化したのは、『時の政府』と呼ばれる組織が、自分たちの管理下にある『審神者』の消失に気付いたからだ。
私も、自分の本丸を持っている審神者ではあるけれど、最近は仕事が忙しくて歴史を守る戦いは初期刀に任せっきりだ。しかし今回は政府繋がりで舞い込んできた依頼だから、断るにも断れなかった。
影喰い自体の目撃証言は少なく、共通するのは――『消えた人たちは、最後に自分の影を見つめていた』ということだけ。
影を見ているうちに、何かに"囚われる"。
そして、気づいたときにはもう――いない。
私はため息をついて手帳を閉じた。
私の仕事は、こうした怪異の調査と対処だ。
表向きにはただのフリーの調査員ということになっているが、その実態は"怪異専門の対処屋"といったところ。
けれど、今回はいつもより厄介だった。
というのも、この"影喰い"――どうやら、ただの怪異ではないらしい。
ーー本来、影喰いは人の影を"喰う"だけの怪異。
人間1人の存在を消してしまう程、影を食い切ってしまうことは無い。
だが今回は、何者かが"意図的に"影喰いを指揮している可能性がある。
つまり――これは単なる怪異現象ではなく、"誰かの意思"が関わっているということだ。
私はもう一度小さく息を吐いた。
正直だいぶ怖い話に首を突っ込んでいるのはわかっている。
私、全然武闘派じゃないんですけど…!
確かにこの仕事は怪異と対峙することもあるけれど、基本は彼らの力の暴走を収めたり、場を浄化することで彼らを元の場所に還したりすることがほとんどで、実際に危険な戦闘になる事はまずないのだ。
だから、こんな怪談めいた事件には絶対一人で立ち向かえない。
普通の調査なら、護衛なんていらない。
けれど今回は、敵がただの怪異だけではないかもしれない。
誰かが意図的に影喰いを操っているのなら、私の身に危険が及ぶ可能性は十分にある。
上の判断で、今回は"護衛"をつけることになった。
ーーどんな人が来るんだろう。
店の入口で、カランとドアベルが鳴る。
何気なく視線を向けた瞬間――私は、思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、一人の男。
柔らかく流れる白い髪が、昼の陽光を浴びて繊細に輝く。
高身長で、肩幅の広いスラリとした体躯。
長身を包むのは、グレーのタートルネックと、洗練されたシルエットのロングコート。
コートの襟が少し立っていて、モデルのようなバランスの取れたプロポーションを際立たせている。
そして何より――その顔立ち。
長いまつげに縁取られた、透き通るような黄金の瞳。
どこか異国の俳優を思わせる、整いすぎた美貌。
それでいて、ただの美しさではなく、どこか掴みどころのない"色気"と"洒脱な遊び心"が滲んでいる。
その瞬間、カフェの空気が変わった。
近くの女性客たちが、一様に視線を向ける。
カウンターのバリスタが、一瞬手を止めた。
道行く人ですら、思わず振り返ってしまうほどの存在感。
まるで、映画のワンシーンからそのまま抜け出してきたような――
そんな、非現実的なほどの美しさ。
彼は、辺りを見渡し、そして、真っ直ぐに私の方へと歩いてきた。
――え? もしかして……
「よっ!待ったかい?お嬢さん」
――やっぱり、こっち来るの!?
思わず姿勢を正した。
そして、間近で見たその整いすぎた顔に、心臓が跳ねる。
しかもその風貌には見覚えがあった。
「……つ、鶴丸国永!?」
「おや、俺のことを知ってるとは、これは光栄だな」
微かに笑うその仕草が、絵画のように洗練されていて、それでいて親しみやすい。
話し始めると、妙に気障で、けれど嫌味がない。
美しいのに、どこか肩肘張らず、ナチュラルにそこにいる。
店内の視線を一身に浴びながら、細い指でコートを椅子の背にかけて、彼は何気なく向かいの席に腰を下ろした。
――やばい。
この男、ただの"美形"じゃない。
周囲の空気ごと、"自分の世界"に染めてしまうタイプの人だ。
「……まさか、刀剣男士が護衛に来るとは思いませんでした」
「ははっ、そんなに驚くことか? 政府からの依頼だったんだろう。想像出来る範囲だと思うが」
鶴丸国永は驚いている私を見て楽しそうに笑って、跳ねた襟足を慣れた手つきで整えてこちらを見た。
「それに俺はこう見えて、頼まれればしっかり働くぜ?」
そう言って、彼はカフェのメニューを手に取り、軽く眺める。
どうしようとても格好いい。
鶴丸国永って、こうだっけ…???
いや、刀剣男士が揃って美しいのは知ってるし、格好いいのも知ってる。
でもそれがこんな現世のカフェなんかに現れたらどうなるのか、私の想像力が足りていなかった。
どう考えても、ずば抜けて眩しい。
周囲からの熱い視線を一身に受ける当人は涼しい顔をしているが、それだけ観られ慣れているということなのだろうか。あなたはいいかもしれないけれど、相席になっている私の身にもなってほしい。
私が刀剣男士の格好良さにやられて内心頭を抱えている間に、目の前の鶴丸国永は口元に笑みを浮かべながら、指でトントンとカフェのメニューを指さした。
「……で、だ。お嬢さん、"本日のおすすめスイーツ"とやらを頼んでくれるか?」
「…………は?」
「いやなに、護衛として働く前にまずはエネルギー補給ってやつだ。依頼主との信頼関係を築くためにもな」
「いや、信頼関係は甘いもので築くものでは……」
ツッコミを入れかけた、その時。
――空気が変わった。
ほんの僅かに、街の"輪郭"が揺らぐような違和感。
それは、見過ごしてしまいそうなほど小さな"異変"だった。
だけど、私はすぐに気づく。
――”何か”が近くにいる!
私は、サッと周囲を見渡した。
そして、ガラスの向こうに映る"違和感"に気づく。
窓の外に映る人々。
その中のひとり――違う。"本物"じゃない。"悪意を持った何か"が、そこに映っている。
「まずい……!」
何を狙っているのかわからないが、放っておける気配では無い。
私はすぐに立ち上がろうとした。
しかし、鶴丸国永はそれを手で制し、すでに動いていた。
「……どうやら困ったお客さんが現れたようだな」
鶴丸国永は、ほんの一瞬、目を細める。
次の瞬間――。
ーーーイイイィッン!!!!
周囲の空間が、現世から無理矢理切り放されて結界が張られる。
彼の手の内に白鞘が現れ、すらりと白刃が抜かれた。
空気が震える。
目にも留まらぬ速さで、彼はガラスに映る偽物へと斬撃を放った。
――キンッ!!
響く、鋭い音。
ガラスにひびが入ったような短い音が耳に残る。
瞬間、"映っていた何か"が、歪みながら霧散した。
まるで、それが最初から存在していなかったかのように。
その場に、"異変"の痕跡は何も残らなかった。
鶴丸は、刀をくるりと回しながら、静かに鞘へ収め、こちらを振り返った。
「大丈夫かい?」
そう言って、彼は軽く微笑む。
その余裕たっぷりの表情に、私は呆然としながらも、確信した。
――この男は、本物だ。
最初から異変に気付いていたのだろう。周囲への影響を出さないために一瞬で結界を張ったのも、被害を最小限で留める為に急所を一撃でついたのも、全部彼の実力だ。
そして、"とんでもない護衛"を雇ってしまったらしい。
彼の手から刀が消えた瞬間、ざわっ、と周囲の人間たちの話声が戻って来る。
彼が結界を解いたのだ。
「さて、"本日のおすすめスイーツ"を頼もうか。なぁ?」
「…………」
私は、軽くため息をつきながら、カフェの呼び出しボタンを押した。
「……鶴丸さん。"本日のおすすめスイーツ"、頼みますね」
彼の黄金の瞳が、楽しげに細められる。
「ははっ、良い取引だな」
ーーこうして、私と鶴丸国永の奇妙な護衛関係が始まった。
***
カフェでの出来事の後、私は鶴丸国永と共に自分の事務所へ戻ってきた。
雑居ビルの一室。広くはないが、必要なものは揃っている。
デスクの上には、これまで調査した資料が山積みになっていた。
「さて、お嬢さん。まずは作戦会議といこうか」
鶴丸さんはソファに腰掛け、ひょいっと片足を組む。
その仕草すら様になっていて、私は少しだけ目をそらした。
「そのお嬢さんっていうの、くすぐったいです。私のことは審神者って呼んでください」
鶴丸さんは私の申し出を聞いて目を細めて微笑んだ。
「審神者さんだな。改めてよろしく頼む。俺はとある本丸の鶴丸国永だ」
伸ばされた手を反射的に握り返してしまったけれど、意外な言葉に私は驚いた。
「鶴丸さんって、政府所属の刀剣男士じゃなかったんですね」
政府紹介での護衛役だったから、てっきり政府の刀なのかと思っていた。
私の反応を見て鶴丸さんは面白そうに笑った。
「俺は自由にさせてもらってるのさ」
彼はそれ以上自分の事を語ろうとはしなかったけれど、つまり彼にも帰るべき本丸があり、主がいるということになる。
私は自分の刀剣男士を誰かの元へ派遣するなんていうことは考えたこともなかったし、正直な所、他の誰かに自分の大切な刀剣男士が使われるだなんて、考えるだけでぞっとする気持ちもある。
自由だなんて言っているけれど、彼も彼なりに苦労をしているのかもしれない。
「さて、審神者さん。事件について情報を共有しようじゃないか」
鶴丸さんが手元のタブレット端末に触れる。
端末を使いこなしている様子に、私はまた驚いてしまった。
「調査を進めて行ったら、被害者たちの共通点が分かったんです」
そう言って、私は被害者のプロフィールを指でなぞった。
「年齢も性別もバラバラ、一見無関係な人たち……だけど、全員ある職に関わっていました」
鶴丸が少し身を乗り出す。
「“審神者”――ってことか」
私は頷いた。
「最初は、審神者を狙った”歴史改変のための攻撃”だと思った。でも、それだけじゃ説明がつかないことがあるんです」
「たとえば?」
「被害者のうち、まだ”正式な審神者としての活動を始めていない”人もいたんです。見習い審神者や、候補生なども含まれていて。政府とのかかわりがあったというだけで、政府関係者も被害にあわれています」
審神者としての役割を果たす前の段階で、襲われている者もいた。
つまり、単なる”歴史改変”が目的なら、関わりの薄い人間を狙う必要はないはずだ。
「……となると、狙いは”歴史”じゃなくて、“審神者”に準ずる存在そのもの、か」
鶴丸の声が少し低くなる。
「それなら奴らは何のために審神者を襲ったんだと思う?」
「……恐らく、刀剣男士の”影”を喰らうため」
言葉にした瞬間、背筋がぞくりとする。
まるで、それを口に出しただけで”何か”に気づかれそうな、そんな感覚だった。
「影喰いの本当の狙いは、審神者じゃないんです。審神者を通じて刀剣男士に繋がっている影を奪う事だと私は考えています」
鶴丸さんが一瞬目を細める。
「……俺たち刀剣男士の影を喰う事で、何かが起こるって訳か」
私は頷いた。
「もしかすると、それが黒幕の目的なのかもしれません。時間遡行軍の可能性も、完全に消えたわけではないんですけど」
机の上の資料を見つめながら、私は考えを巡らせていた。
これまでの被害者たちは、全員「審神者」だった。
表向きは歴史改変を狙った攻撃に見えるけれど、それは恐らくカモフラージュ。
本当の目的は、刀剣男士の”影”を喰うこと。
審神者を襲うことで、その”繋がり”をたどり、刀剣男士の影へと到達しようとしている。
「俺の持っている情報は、被害者本丸の刀剣男士の被害状況だ。審神者と同じく全振りが『消失』している。きみの推察と辻褄が合うな」
ーー消失。
影を失う事でこの世界から消えてしまった状態。
時間の流れを把握している時の政府だからこそ気付くことが出来たけれど、存在が消えるという事は他者の記憶からも消えてしまうため、本来であれば誰にも知られずに被害が拡大してしまうところだった。
この感覚を言葉で表すなら、それは純粋な恐怖だった。
私も、審神者だ。
それに影を狙われているのが刀剣男士なら、私の本丸の刀剣男士たちも、目の前の鶴丸さんだって危険にさらされることになるかもしれない。
沈黙が落ちる。
私たちは、お互いの考えを整理するように視線を交わした。
「……面白くなってきたな」
やがて、鶴丸さんがそう呟く。
「どうする、審神者さん。これ以上依頼を続けるなら、きみも逃げられなくなるぜ?」
鶴丸さんは私に優しい視線を向けた。
その言葉には、今なら逃げていいんだぜ、という意味を含んでいる。
私だって、本当なら私よりももっと戦闘技術にも長けた専門的な人が適任の依頼なんじゃないだろうかと思う。
けれど、時の政府は私に調査依頼をしたのだ。このめぐり逢いにはきっと何か意味があるのだと信じている。
「…ありがとうございます。でも、ここまで調べてできませんでしたとは言いたくないですよね」
私はため息と一緒にそう答えた。
もちろん、理由はそれだけじゃない。一番の理由は、私の本丸の刀剣男士たちの笑顔を思い出したからだ。
「なら決まりだな」
鶴丸さんはふっと微笑んで立ち上がった。
「一緒に影喰いの正体を暴いてやろうじゃないか」
黄金の瞳が鋭く光る。
私は深く頷いた。
――“影喰い”の謎を解くために。
そして、すべての本丸の刀剣男士を守る決意のために。
私が今調査している怪異――"影喰い"は、その名の通り"影を喰らう"存在だ。
一度喰われた影は戻らず、影を失った人間は急速に存在が希薄になり、やがて――完全に"消える"。
それが、ただの噂話や怪談ならよかった。
けれどこれは"現実"だ。
最近、この町で影を失って行方不明になる人間が急増している。
いや、これはただの行方不明ではなく、誰の記憶にも残らない『消失』という状態だ。
恐らく、今までもずっと人知れず消えていった人間たちも多かっただろう。しかし、今回事件として表面化したのは、『時の政府』と呼ばれる組織が、自分たちの管理下にある『審神者』の消失に気付いたからだ。
私も、自分の本丸を持っている審神者ではあるけれど、最近は仕事が忙しくて歴史を守る戦いは初期刀に任せっきりだ。しかし今回は政府繋がりで舞い込んできた依頼だから、断るにも断れなかった。
影喰い自体の目撃証言は少なく、共通するのは――『消えた人たちは、最後に自分の影を見つめていた』ということだけ。
影を見ているうちに、何かに"囚われる"。
そして、気づいたときにはもう――いない。
私はため息をついて手帳を閉じた。
私の仕事は、こうした怪異の調査と対処だ。
表向きにはただのフリーの調査員ということになっているが、その実態は"怪異専門の対処屋"といったところ。
けれど、今回はいつもより厄介だった。
というのも、この"影喰い"――どうやら、ただの怪異ではないらしい。
ーー本来、影喰いは人の影を"喰う"だけの怪異。
人間1人の存在を消してしまう程、影を食い切ってしまうことは無い。
だが今回は、何者かが"意図的に"影喰いを指揮している可能性がある。
つまり――これは単なる怪異現象ではなく、"誰かの意思"が関わっているということだ。
私はもう一度小さく息を吐いた。
正直だいぶ怖い話に首を突っ込んでいるのはわかっている。
私、全然武闘派じゃないんですけど…!
確かにこの仕事は怪異と対峙することもあるけれど、基本は彼らの力の暴走を収めたり、場を浄化することで彼らを元の場所に還したりすることがほとんどで、実際に危険な戦闘になる事はまずないのだ。
だから、こんな怪談めいた事件には絶対一人で立ち向かえない。
普通の調査なら、護衛なんていらない。
けれど今回は、敵がただの怪異だけではないかもしれない。
誰かが意図的に影喰いを操っているのなら、私の身に危険が及ぶ可能性は十分にある。
上の判断で、今回は"護衛"をつけることになった。
ーーどんな人が来るんだろう。
店の入口で、カランとドアベルが鳴る。
何気なく視線を向けた瞬間――私は、思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、一人の男。
柔らかく流れる白い髪が、昼の陽光を浴びて繊細に輝く。
高身長で、肩幅の広いスラリとした体躯。
長身を包むのは、グレーのタートルネックと、洗練されたシルエットのロングコート。
コートの襟が少し立っていて、モデルのようなバランスの取れたプロポーションを際立たせている。
そして何より――その顔立ち。
長いまつげに縁取られた、透き通るような黄金の瞳。
どこか異国の俳優を思わせる、整いすぎた美貌。
それでいて、ただの美しさではなく、どこか掴みどころのない"色気"と"洒脱な遊び心"が滲んでいる。
その瞬間、カフェの空気が変わった。
近くの女性客たちが、一様に視線を向ける。
カウンターのバリスタが、一瞬手を止めた。
道行く人ですら、思わず振り返ってしまうほどの存在感。
まるで、映画のワンシーンからそのまま抜け出してきたような――
そんな、非現実的なほどの美しさ。
彼は、辺りを見渡し、そして、真っ直ぐに私の方へと歩いてきた。
――え? もしかして……
「よっ!待ったかい?お嬢さん」
――やっぱり、こっち来るの!?
思わず姿勢を正した。
そして、間近で見たその整いすぎた顔に、心臓が跳ねる。
しかもその風貌には見覚えがあった。
「……つ、鶴丸国永!?」
「おや、俺のことを知ってるとは、これは光栄だな」
微かに笑うその仕草が、絵画のように洗練されていて、それでいて親しみやすい。
話し始めると、妙に気障で、けれど嫌味がない。
美しいのに、どこか肩肘張らず、ナチュラルにそこにいる。
店内の視線を一身に浴びながら、細い指でコートを椅子の背にかけて、彼は何気なく向かいの席に腰を下ろした。
――やばい。
この男、ただの"美形"じゃない。
周囲の空気ごと、"自分の世界"に染めてしまうタイプの人だ。
「……まさか、刀剣男士が護衛に来るとは思いませんでした」
「ははっ、そんなに驚くことか? 政府からの依頼だったんだろう。想像出来る範囲だと思うが」
鶴丸国永は驚いている私を見て楽しそうに笑って、跳ねた襟足を慣れた手つきで整えてこちらを見た。
「それに俺はこう見えて、頼まれればしっかり働くぜ?」
そう言って、彼はカフェのメニューを手に取り、軽く眺める。
どうしようとても格好いい。
鶴丸国永って、こうだっけ…???
いや、刀剣男士が揃って美しいのは知ってるし、格好いいのも知ってる。
でもそれがこんな現世のカフェなんかに現れたらどうなるのか、私の想像力が足りていなかった。
どう考えても、ずば抜けて眩しい。
周囲からの熱い視線を一身に受ける当人は涼しい顔をしているが、それだけ観られ慣れているということなのだろうか。あなたはいいかもしれないけれど、相席になっている私の身にもなってほしい。
私が刀剣男士の格好良さにやられて内心頭を抱えている間に、目の前の鶴丸国永は口元に笑みを浮かべながら、指でトントンとカフェのメニューを指さした。
「……で、だ。お嬢さん、"本日のおすすめスイーツ"とやらを頼んでくれるか?」
「…………は?」
「いやなに、護衛として働く前にまずはエネルギー補給ってやつだ。依頼主との信頼関係を築くためにもな」
「いや、信頼関係は甘いもので築くものでは……」
ツッコミを入れかけた、その時。
――空気が変わった。
ほんの僅かに、街の"輪郭"が揺らぐような違和感。
それは、見過ごしてしまいそうなほど小さな"異変"だった。
だけど、私はすぐに気づく。
――”何か”が近くにいる!
私は、サッと周囲を見渡した。
そして、ガラスの向こうに映る"違和感"に気づく。
窓の外に映る人々。
その中のひとり――違う。"本物"じゃない。"悪意を持った何か"が、そこに映っている。
「まずい……!」
何を狙っているのかわからないが、放っておける気配では無い。
私はすぐに立ち上がろうとした。
しかし、鶴丸国永はそれを手で制し、すでに動いていた。
「……どうやら困ったお客さんが現れたようだな」
鶴丸国永は、ほんの一瞬、目を細める。
次の瞬間――。
ーーーイイイィッン!!!!
周囲の空間が、現世から無理矢理切り放されて結界が張られる。
彼の手の内に白鞘が現れ、すらりと白刃が抜かれた。
空気が震える。
目にも留まらぬ速さで、彼はガラスに映る偽物へと斬撃を放った。
――キンッ!!
響く、鋭い音。
ガラスにひびが入ったような短い音が耳に残る。
瞬間、"映っていた何か"が、歪みながら霧散した。
まるで、それが最初から存在していなかったかのように。
その場に、"異変"の痕跡は何も残らなかった。
鶴丸は、刀をくるりと回しながら、静かに鞘へ収め、こちらを振り返った。
「大丈夫かい?」
そう言って、彼は軽く微笑む。
その余裕たっぷりの表情に、私は呆然としながらも、確信した。
――この男は、本物だ。
最初から異変に気付いていたのだろう。周囲への影響を出さないために一瞬で結界を張ったのも、被害を最小限で留める為に急所を一撃でついたのも、全部彼の実力だ。
そして、"とんでもない護衛"を雇ってしまったらしい。
彼の手から刀が消えた瞬間、ざわっ、と周囲の人間たちの話声が戻って来る。
彼が結界を解いたのだ。
「さて、"本日のおすすめスイーツ"を頼もうか。なぁ?」
「…………」
私は、軽くため息をつきながら、カフェの呼び出しボタンを押した。
「……鶴丸さん。"本日のおすすめスイーツ"、頼みますね」
彼の黄金の瞳が、楽しげに細められる。
「ははっ、良い取引だな」
ーーこうして、私と鶴丸国永の奇妙な護衛関係が始まった。
***
カフェでの出来事の後、私は鶴丸国永と共に自分の事務所へ戻ってきた。
雑居ビルの一室。広くはないが、必要なものは揃っている。
デスクの上には、これまで調査した資料が山積みになっていた。
「さて、お嬢さん。まずは作戦会議といこうか」
鶴丸さんはソファに腰掛け、ひょいっと片足を組む。
その仕草すら様になっていて、私は少しだけ目をそらした。
「そのお嬢さんっていうの、くすぐったいです。私のことは審神者って呼んでください」
鶴丸さんは私の申し出を聞いて目を細めて微笑んだ。
「審神者さんだな。改めてよろしく頼む。俺はとある本丸の鶴丸国永だ」
伸ばされた手を反射的に握り返してしまったけれど、意外な言葉に私は驚いた。
「鶴丸さんって、政府所属の刀剣男士じゃなかったんですね」
政府紹介での護衛役だったから、てっきり政府の刀なのかと思っていた。
私の反応を見て鶴丸さんは面白そうに笑った。
「俺は自由にさせてもらってるのさ」
彼はそれ以上自分の事を語ろうとはしなかったけれど、つまり彼にも帰るべき本丸があり、主がいるということになる。
私は自分の刀剣男士を誰かの元へ派遣するなんていうことは考えたこともなかったし、正直な所、他の誰かに自分の大切な刀剣男士が使われるだなんて、考えるだけでぞっとする気持ちもある。
自由だなんて言っているけれど、彼も彼なりに苦労をしているのかもしれない。
「さて、審神者さん。事件について情報を共有しようじゃないか」
鶴丸さんが手元のタブレット端末に触れる。
端末を使いこなしている様子に、私はまた驚いてしまった。
「調査を進めて行ったら、被害者たちの共通点が分かったんです」
そう言って、私は被害者のプロフィールを指でなぞった。
「年齢も性別もバラバラ、一見無関係な人たち……だけど、全員ある職に関わっていました」
鶴丸が少し身を乗り出す。
「“審神者”――ってことか」
私は頷いた。
「最初は、審神者を狙った”歴史改変のための攻撃”だと思った。でも、それだけじゃ説明がつかないことがあるんです」
「たとえば?」
「被害者のうち、まだ”正式な審神者としての活動を始めていない”人もいたんです。見習い審神者や、候補生なども含まれていて。政府とのかかわりがあったというだけで、政府関係者も被害にあわれています」
審神者としての役割を果たす前の段階で、襲われている者もいた。
つまり、単なる”歴史改変”が目的なら、関わりの薄い人間を狙う必要はないはずだ。
「……となると、狙いは”歴史”じゃなくて、“審神者”に準ずる存在そのもの、か」
鶴丸の声が少し低くなる。
「それなら奴らは何のために審神者を襲ったんだと思う?」
「……恐らく、刀剣男士の”影”を喰らうため」
言葉にした瞬間、背筋がぞくりとする。
まるで、それを口に出しただけで”何か”に気づかれそうな、そんな感覚だった。
「影喰いの本当の狙いは、審神者じゃないんです。審神者を通じて刀剣男士に繋がっている影を奪う事だと私は考えています」
鶴丸さんが一瞬目を細める。
「……俺たち刀剣男士の影を喰う事で、何かが起こるって訳か」
私は頷いた。
「もしかすると、それが黒幕の目的なのかもしれません。時間遡行軍の可能性も、完全に消えたわけではないんですけど」
机の上の資料を見つめながら、私は考えを巡らせていた。
これまでの被害者たちは、全員「審神者」だった。
表向きは歴史改変を狙った攻撃に見えるけれど、それは恐らくカモフラージュ。
本当の目的は、刀剣男士の”影”を喰うこと。
審神者を襲うことで、その”繋がり”をたどり、刀剣男士の影へと到達しようとしている。
「俺の持っている情報は、被害者本丸の刀剣男士の被害状況だ。審神者と同じく全振りが『消失』している。きみの推察と辻褄が合うな」
ーー消失。
影を失う事でこの世界から消えてしまった状態。
時間の流れを把握している時の政府だからこそ気付くことが出来たけれど、存在が消えるという事は他者の記憶からも消えてしまうため、本来であれば誰にも知られずに被害が拡大してしまうところだった。
この感覚を言葉で表すなら、それは純粋な恐怖だった。
私も、審神者だ。
それに影を狙われているのが刀剣男士なら、私の本丸の刀剣男士たちも、目の前の鶴丸さんだって危険にさらされることになるかもしれない。
沈黙が落ちる。
私たちは、お互いの考えを整理するように視線を交わした。
「……面白くなってきたな」
やがて、鶴丸さんがそう呟く。
「どうする、審神者さん。これ以上依頼を続けるなら、きみも逃げられなくなるぜ?」
鶴丸さんは私に優しい視線を向けた。
その言葉には、今なら逃げていいんだぜ、という意味を含んでいる。
私だって、本当なら私よりももっと戦闘技術にも長けた専門的な人が適任の依頼なんじゃないだろうかと思う。
けれど、時の政府は私に調査依頼をしたのだ。このめぐり逢いにはきっと何か意味があるのだと信じている。
「…ありがとうございます。でも、ここまで調べてできませんでしたとは言いたくないですよね」
私はため息と一緒にそう答えた。
もちろん、理由はそれだけじゃない。一番の理由は、私の本丸の刀剣男士たちの笑顔を思い出したからだ。
「なら決まりだな」
鶴丸さんはふっと微笑んで立ち上がった。
「一緒に影喰いの正体を暴いてやろうじゃないか」
黄金の瞳が鋭く光る。
私は深く頷いた。
――“影喰い”の謎を解くために。
そして、すべての本丸の刀剣男士を守る決意のために。
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