俺、有村 優人(ありむら ゆうと)は最近ある人のことが気になって仕方ない。同じクラスの男の子、水瀬 洸太(みなせ こうた)君のことが。
授業中、斜め前の席に座っている水瀬君から目が離せない。昼休みも、放課後も水瀬君のことを目で追ってしまう。朝昼夜ずっと水瀬君のことが頭から離れない。
俺はどうしてしまったんだろうか。


朝、俺が教室に入ると水瀬君は既に自分の席に座っていた。自分の席に向かいながら、さり気なく水瀬君の前を通る。

「水瀬君おはよう」
「…おはよ」

やった。今日も挨拶できた。
水瀬君はちらっと俺の方を見て小さな声で挨拶を返すとそっぽを向いてしまった。
水瀬君は仲のいい友だち以外には基本的に素っ気ない。同じクラスの深谷(みたに)と話している時の水瀬君は普通に喋るし笑顔も見せる。
でも、いつもは話さない俺のような奴には、挨拶をされてもさっきのような返事しか返してくれない。まぁ返事をしてくれるだけで嬉しいんだけどね。
でも、だけど、ちょっとだけ、寂しい、なんて。

「優人はよー」
「おはよー」
「昨日のTV見たか？あのモデルが………」

友達の話も全然頭に入ってこない。俺の視線はいつもの如く水瀬君へ。
あ、深谷だ。水瀬君楽しそうだな。俺にも、あんな笑顔で話しかけてくれないかな。

「………でさ、マジうける！って聞いてんのか？」
「えっ、あーうん。聞いてる聞いてる。」
「全然聞いてねーじゃねーか！！なんだぁ〜？また水瀬君でも見てんのか？」
「バレた？今日はね〜挨拶できたんだよ！水瀬君も返事してくれたし。」

こいつは飯田(いいだ)。なんとなく気があっていつもつるんでるやつ。水瀬君のこともこいつだけには話してる。

「お前なぁ…」
「でね、さっき深谷がきたら水瀬君駅前のクレープ屋の話しててさ、甘い物とかすきなのかな。今度チョコレートとかあげてみようか。でもでも突然あげたらひかれちゃうかな。ね、どう思う？飯田。」
「あー…うん、どうでもいい…つかいい加減自覚しろよ…」
「え？何？」
「何でもねー。だったら甘いもん食いに誘えばいんじゃねーの。」

そっか、その手があったか。でもいきなり誘ったらびっくりされちゃうかも。
それに突然誘ったらそれこそひかれちゃうかもしれないし。そもそも水瀬君が本当に甘い物が好きなのか知らないじゃないか。

「ありがとう飯田！俺、水瀬君に甘い物好きか聞いてくるよ！」
「話変わってるし！もーどーでもいいよ…いってら…」

若干涙目の飯田を置いて水瀬君の所へ向かう。
俺が机の前まで来ると水瀬君はきょとんとした顔でこちらを見た。水瀬君と話していた深谷は慌てながら自分の席(深谷の席は水瀬君の隣。ずるい)に向かった。

「水瀬君。」
「…何。」
「その、あの、甘い物って好きですか！」
「……別に。何でそんなこと有村に教えなきゃいけないの？」

うっ、かなりの塩対応。確かに水瀬君がそれを俺に教える義理はない。
しかし俺は知らなければいけないのだ。じゃなきゃ水瀬君をクレープ屋に誘えない！

「えっと、駅前にクレープ屋あるじゃん。良かったら一緒に食べに行きたいなって思ったんだけど…」
「…行かない。行くとしても、友達と行くし。」
「そ、っか。そうだよねぇ。」

うぐぐ…どうすればいいんだ。正直泣きそう。そもそも俺は水瀬君に友達としてすら見てもらえてなかったのか。
ん？友達としてすらってなんだ。友達以外に何がある？
うーんうーんと百面相をしている俺を見て、水瀬君は口を開いた。

「有村はさ、何がしたいの？」
「へ？」
「最近さ、やたらと話しかけてくるよね。今まで挨拶もしたことなかったのに。」
「そ、れは…その…」
「毎日挨拶してくるし、休み時間とかずっとこっち見てない？俺の自意識過剰かな。」

水瀬君の自意識過剰じゃないです。ずっと見てます。
あれ、そう言われてみれば俺、何がしたいんだろ。何のために水瀬君を見てるんだろ。

「正直、ずっと見られてるとなんていうか…そう、困るし。挨拶とかは別にいいけど。」
「…」
「友達と話してる時に、話しかけられるのもちょっと…」

友達、俺は水瀬君と友達になりたいのだろうか。俺は水瀬君に何がしたいのだろう俺はーー
水瀬君の一言で、俺は自分が何をしたいのかすら分かっていなかったことに気がついた。ふと、自分のしたいことを考えてみる。
水瀬君と話したい。水瀬君の笑顔が見たい。水瀬君とお出かけしたい。水瀬君のことが知りたい。
水瀬君が誰かと話してるともやもやする。俺だけに笑いかけて欲しい。俺だけに触れて欲しい。
水瀬君をーー独り占めしたい。

「…なぁ、聞いてる？」

なんだ、そういう事だったのか。俺、水瀬君のことが好きなんだ。

「有村？」

恋、してるんだ。