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マリィ

「このマグカップ、どう」
「ん? かわいいんじゃない?」
「こっちは?」
「かわいいかわいい。持ち手のところがハートになってるところがいいね」
「……ちょっと持ちにくいかも」
「確かに……まぁ好きなの選べば?」

 日曜日の昼下がり。私は恋人のマリィと一緒に雑貨屋に来ていた。と言っても、アラベスクタウンにあるような一つ一つこだわり抜いた食器がずらりと並ぶところではなく、シュートシティのモールに入っている、量産型が安く売られているようなところだけれど。
 先日マリィが家に来たとき、ほとんど彼女専用となっていたマグカップ(親戚の結婚式の引き出物)をモルペコが割ってしまった。それで、どうせなら本当にマリィ専用のを買おうということで、私たちは雑貨屋巡りをしている。
 大きめか、小さめか? レンジに入れられるか? 色は? 形は? というわけで、たかがマグカップ一つ選ぶのに、私たちはかれこれ二時間ほどかけている。

「あ! マリィ、モルペコのがある!」
「却下」
「ええー? かわいいのに……じゃあこれは? ジグザグマ、ネズさんよろこぶよ」
「うーん……あたしはそういうポケモンが描いてあるやつよりは、シンプルなのがよか」

 マリィはそう言って、別のフロアへ足を進めてしまった。私はマリィの後ろ姿を見つつも、やっぱりモルペコのマグカップが諦めきれず、自分用に買おうと思ってそのカラフルな陶器を手に取った。

「マリィ、私これだけ買っちゃうから先行ってて」
「えー……それ買うん?」
「だめ?」
「もっといいの見てからにしようよ」
「うーん……でも……」

 マリィはさっきから少し歯切れが悪く、不機嫌だ。かわいい眉をひそめてマグカップに写るモルペコを睨みつけている。普通だったら一、二時間あれでもないこれでもないと悩み続けて、しまいには機嫌を崩されてしまったらこちらの気分も悪くなるものだが、私はマリィのかわいいところが大好きなので、全然気にならなかった。強いて言うならば、私のセンスはそんなに悪いだろうか? という悲しさは込み上げてくるけれど。

「そんなに根に持ってるの?」
「あたし、あれ結構気に入ってた」
「えー? 結婚式の引き出物だよ?」
「だけど……」

 いつもはきはきとものを言うマリィが言葉を濁しているのが珍しくて、私はマリィの顔を覗き込んだ。マリィはモモンの実みたいに可愛い頬を赤く染めている。どうやら照れているようだった。マリィははあ、と軽く深呼吸してから、言葉を紡いだ。

「は……はじめてのお揃いだったけん、大事だった」
「……あっ」

 言われるまで忘れていた。そういえばペアセットのマグカップだったかも。マリィの方は淡いピンクで、私の方は淡い青。いい意味でも悪い意味でも結婚式の引き出物らしく、ハートなんかが書いてあって、ちょっと寒いかななんて思っていたが、マリィはまんざらでも無かったのだ。
 口を押さえて頬を染める私を見て、マリィはむっと眉根を寄せた。

「忘れとったと?」
「ご、ごめん、そういうわけじゃないんだけど……」
「ふぅん。気にしとったんはあたしだけだったみたいだね」
「違う違う、ほら、買いに行こう夫婦めおとカップ……いや、それを言うなら婦婦なんで読むんだこれカップ……?」
「もうよか」
「えーーーっ! 待ってよマリィ、なんだかほしくなってきた」

 いつにも増してクールなマリィの腕を掴むと、マリィはにんまりと笑って振り返った。あ、してやられた……。

「ふふ。冗談たい、次はあの雑貨屋さん行こう」
「はい……」

 一転して上機嫌になったマリィに手を引かれて入った雑貨屋さんで、私はちょっとお高めなハンドメイドのペアマグカップを買ったのであった。
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