第38話 額多之君
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「・・・妹や弟たちに字を教えてたら、父 と母 が余計なことをするなって」
ひと通り泣いた後、きよはポツリと話し始めた。
「それでウチが『字を覚えて、読んだり書いたり出来るようになったら、それは自分の力になるし、人の手助けになる』って言い返したら、『この村でそんなものが何の役に立つんだ』って父に殴られた」
「・・・・・・」
怒りでどうにかなりそうだった。
自分の考えを否定したからじゃない。
きよの学ぶという前向きな意志を、理不尽な理由できよを傷つけたことに対する怒りだった。
それでも、今度こそ努めて冷静に額多之君はきよに尋ねた。
「きよの両親はきよが字を習うのに反対しておったのか?」
「ううん・・・。よかったねとは言わなかったけど、反対もしなかった。ご飯を貰えたから・・・」
と言ったところで、きよは「しまった」という顔をした。
しかしそれも一瞬のことで、意を決した顔で告白を始めた。
「・・・字を習うのを許す代わりに、屋敷から何か食べ物や金になるものをくすねてこいって、言われて・・・」
「・・・・・・」
「気づかなかった?紙が、少しずつなくなっているって」
「・・・・・・」
「紙は貴重で、町で高く売れるからって、父が言ってて・・・」
「・・・・・・」
裏切られた。
いや、そうじゃない。
了承しなければ、きよはここへ行かせてもらえなかったし、そうしなければならなかったのだ、家族のために。
「・・・ごめんなさい」
きよは言った。
「でも、ウチが字を習いたいと思ったのは本当のことだから」
「・・・・・・」
「でも、もうこれ以上、姫様を騙すのは・・・」
「去 ね!」
きよの言葉にまつの声が重なった。
見ると、畑仕事から帰ってきたまつがきよを睨みつけながら言った。
「去ね!この糞餓鬼、泥棒。よくも姫 様の真心を汚しおって・・・。二度とこの屋敷に立ち入るな!」
「・・・・・・」
すると、きよは片足を引きずりながらヨロヨロとした足取りで去っていった。
「・・・気づいておったのか」
きよの姿が見えなくなった後、額多之君はまつに尋ねた。
まつはひとつ頷いた後、
「でも、言い出せませんでした。姫様がきよに字を教える様子が、あまりにも楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうで・・・。それを見る私も楽しくて、嬉しくて、幸せで。見て見ぬふりをしてしまいました」
「・・・・・・」
「悔いております。もっと早く止めていたら、姫様もきよもこんなに傷つくことは・・・」
「そうじゃ」
額多之君は言った。
「きよを養女としてここに迎えよう」
突拍子もない発言に、まつは目を瞬かせた後、
「姫様」
厳しい表情で言った。
「それは無理なことでございます」
「何故じゃ。きよにとってもきよの家族にとってもそれが・・・」
「私達は、二人で生きていくだけで精一杯なのですよ」
「・・・・・・」
「今は京の都の父君からの援助があります。そのおかげで、暮らしも細々と食いつないでいられます。しかし、それもいずれなくなれば、子を養いながらなど・・・」
「・・・・・・」
額多之君は愕然とした。
つくづく、自分には何もない事を思い知らされた。
字も和歌も漢籍も、そんなもの知っていても何の意味もない。
美しい容姿も、流れるような漆黒の髪も、立派な家の生まれも、詩歌の才も、将来有望だと誉れ高い夫も、何もかが。
『何だ。お前、自分の力に気づいてないのか』
あの、人でありながら人でなくなった、堕天の者の囁きだけが聞こえていた。
どれほどの月日が流れたのだろう。
きよを失ってから、時の流れがずいぶんと遅くなった気がする。
「そろそろ豆が収穫できそうですね」
縁側で見るでもなく畑をボーっと眺めていたら、隣できよがそう言った。
「姫様も手伝ってくださいませね」
「・・・そうじゃな」
「まぁ、気のないお返事。そもそも畑を拓こうと言ったのは姫様ではなかったですか?」
「わかっておる・・・」
と言った途中で、
「姫・・・様・・・」
掠れた弱弱しい声が聞こえてきた。
声の方を見ると、屋敷から外の集落に続く道の坂の上に、きよの姿が見えた。
ひと通り泣いた後、きよはポツリと話し始めた。
「それでウチが『字を覚えて、読んだり書いたり出来るようになったら、それは自分の力になるし、人の手助けになる』って言い返したら、『この村でそんなものが何の役に立つんだ』って父に殴られた」
「・・・・・・」
怒りでどうにかなりそうだった。
自分の考えを否定したからじゃない。
きよの学ぶという前向きな意志を、理不尽な理由できよを傷つけたことに対する怒りだった。
それでも、今度こそ努めて冷静に額多之君はきよに尋ねた。
「きよの両親はきよが字を習うのに反対しておったのか?」
「ううん・・・。よかったねとは言わなかったけど、反対もしなかった。ご飯を貰えたから・・・」
と言ったところで、きよは「しまった」という顔をした。
しかしそれも一瞬のことで、意を決した顔で告白を始めた。
「・・・字を習うのを許す代わりに、屋敷から何か食べ物や金になるものをくすねてこいって、言われて・・・」
「・・・・・・」
「気づかなかった?紙が、少しずつなくなっているって」
「・・・・・・」
「紙は貴重で、町で高く売れるからって、父が言ってて・・・」
「・・・・・・」
裏切られた。
いや、そうじゃない。
了承しなければ、きよはここへ行かせてもらえなかったし、そうしなければならなかったのだ、家族のために。
「・・・ごめんなさい」
きよは言った。
「でも、ウチが字を習いたいと思ったのは本当のことだから」
「・・・・・・」
「でも、もうこれ以上、姫様を騙すのは・・・」
「
きよの言葉にまつの声が重なった。
見ると、畑仕事から帰ってきたまつがきよを睨みつけながら言った。
「去ね!この糞餓鬼、泥棒。よくも
「・・・・・・」
すると、きよは片足を引きずりながらヨロヨロとした足取りで去っていった。
「・・・気づいておったのか」
きよの姿が見えなくなった後、額多之君はまつに尋ねた。
まつはひとつ頷いた後、
「でも、言い出せませんでした。姫様がきよに字を教える様子が、あまりにも楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうで・・・。それを見る私も楽しくて、嬉しくて、幸せで。見て見ぬふりをしてしまいました」
「・・・・・・」
「悔いております。もっと早く止めていたら、姫様もきよもこんなに傷つくことは・・・」
「そうじゃ」
額多之君は言った。
「きよを養女としてここに迎えよう」
突拍子もない発言に、まつは目を瞬かせた後、
「姫様」
厳しい表情で言った。
「それは無理なことでございます」
「何故じゃ。きよにとってもきよの家族にとってもそれが・・・」
「私達は、二人で生きていくだけで精一杯なのですよ」
「・・・・・・」
「今は京の都の父君からの援助があります。そのおかげで、暮らしも細々と食いつないでいられます。しかし、それもいずれなくなれば、子を養いながらなど・・・」
「・・・・・・」
額多之君は愕然とした。
つくづく、自分には何もない事を思い知らされた。
字も和歌も漢籍も、そんなもの知っていても何の意味もない。
美しい容姿も、流れるような漆黒の髪も、立派な家の生まれも、詩歌の才も、将来有望だと誉れ高い夫も、何もかが。
『何だ。お前、自分の力に気づいてないのか』
あの、人でありながら人でなくなった、堕天の者の囁きだけが聞こえていた。
どれほどの月日が流れたのだろう。
きよを失ってから、時の流れがずいぶんと遅くなった気がする。
「そろそろ豆が収穫できそうですね」
縁側で見るでもなく畑をボーっと眺めていたら、隣できよがそう言った。
「姫様も手伝ってくださいませね」
「・・・そうじゃな」
「まぁ、気のないお返事。そもそも畑を拓こうと言ったのは姫様ではなかったですか?」
「わかっておる・・・」
と言った途中で、
「姫・・・様・・・」
掠れた弱弱しい声が聞こえてきた。
声の方を見ると、屋敷から外の集落に続く道の坂の上に、きよの姿が見えた。