第38話 額多之君
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しかし、きよはポカンとするばかりだ。
「字を覚え、読んだり書けるようになれば、それはお前の力になる。人の役に立てる」
と、額多之君はきよに言い聞かせた。
そうなれば町へ売りに出されることもない、と内心つけ足して。
「・・・いいの?」
と、きよが確かめるように尋ねると、
「ああ」
と、額多之君は頷いた。
するときよは、
「やったー!」
と、大きな声を上げて両手をそれに向かって突き出した。
「ウチ、頑張る!姫様の身の回りのお手伝いもします!」
「あ、ああ。だが、余計な気遣いはせずともよい」
「やったー!」
その日以来、きよは毎日額多之君の元へ通うようになった。
意外なことに、きよの覚えは早く次々と文字を覚えていった。
日を重ねるにつれて、時には字を教えるだけでなく、きよの髪を櫛で梳いてやった。
綻んで身の丈に合っていない衣服をまつに繕わせることもあった。
そして、一緒に食事することもあった。
「次は和歌を教えようと思っている」
ある日の晩、額多之君はまつに語った。
すると、まつは驚いた顔をした。
「もう和歌をですか?」
「あぁ。きよは覚えが良い」
「そうですか・・・。それは素晴らしいことでございます」
「きっと和歌もすぐに覚えるぞ」
と言って、額多之君は楽し気に笑った。
まつもつられるように頬を綻ばせる。
「・・・嬉しゅうございます」
「ん?」
「まつは嬉しゅうございます。あの童が通うようになってから、姫 様が活き活きとされていることが」
思わぬことを言われて、額多之君は驚く。
自分としては何が変わったのかはわからない。
しかし、きよに字を教えている時間は、いつも心に棲みつく哀しさが溶けていく心地がする。
「・・・まつ」
「はい」
「わらわはどうやら人にものを教えることが好きなようじゃ」
すると、まつはニッコリ笑った。
「素晴らしいことでございます。さ、ところで姫様」
「なんじゃ」
急にまつは厳しい表情に豹変した。
「字を教えるのは結構です。が、食事に誘うのはお控えくださいませ」
「何故じゃ」
「手に出来る食べ物は私達ふたりだけでもギリギリなのです・・・。それが、きよの分まで毎日となると流石に・・・」
「うむむ・・・」
額多之君は考え込んだ。
まつのいう事も一理ある。
しかし字の手習いを終えた後、きよはいつも腹の虫を鳴らして帰っていく。
それを見て見ぬふりをするのは忍びない。
「・・・・・・」
ふと目線を上げると、荒れたままの庭が目に映った。
「・・・まつ」
「はい?」
「この庭を畑にしよう」
「は?」
「庭を耕して畑にするのじゃ」
「そ、それは良き考えですが・・・」
「わらわも手伝うゆえ、案ずるな」
「しかし姫様の手を煩わせるのは・・・」
「そのようなことを言ってる場合か」
そう話す額多之君の目には、輝きが宿っていた。
「わらわ達は、この地で暮らして生きていくのだから」
そうして、額多之君は自ら鍬や鋤を振るって庭を開墾し始めた。
これで土地での暮らしぶりはより充足していき、幸福な時間は末永く続くものと思われていた。
・・・しかしある日、きよが頬に大きなアザをつくってやって来た。
「きよ」
額多之君は驚いてきよの元に駆け寄った。
「どうしたのじゃ。この頬は・・・」
「転んでぶつけた」
ときよは言ったが、それが嘘なのは明らかだった。
額多之君は本当のことを問い詰めるようにジッときよの目を見つめた。
すると、きよは気まずそうに目を逸らした。
その上、
「・・・もう、ここに来るのはやめる」
と言い出した。
「・・・・・・」
一瞬、ショックで硬直した後、すぐに冷静になって額多之君は考えた。
きよに何かあったことは明らかだ。
「・・・何があったのじゃ。話してみよ」
額多之君は努めて優しい声色と表情で、きよに問いかけた。
いや、それは努めてではなく自然と溢れ出たものだった。
すると、きよは驚いて額多之君を見上げると、みるみるその目からは涙が溢れ出てきた。
「字を覚え、読んだり書けるようになれば、それはお前の力になる。人の役に立てる」
と、額多之君はきよに言い聞かせた。
そうなれば町へ売りに出されることもない、と内心つけ足して。
「・・・いいの?」
と、きよが確かめるように尋ねると、
「ああ」
と、額多之君は頷いた。
するときよは、
「やったー!」
と、大きな声を上げて両手をそれに向かって突き出した。
「ウチ、頑張る!姫様の身の回りのお手伝いもします!」
「あ、ああ。だが、余計な気遣いはせずともよい」
「やったー!」
その日以来、きよは毎日額多之君の元へ通うようになった。
意外なことに、きよの覚えは早く次々と文字を覚えていった。
日を重ねるにつれて、時には字を教えるだけでなく、きよの髪を櫛で梳いてやった。
綻んで身の丈に合っていない衣服をまつに繕わせることもあった。
そして、一緒に食事することもあった。
「次は和歌を教えようと思っている」
ある日の晩、額多之君はまつに語った。
すると、まつは驚いた顔をした。
「もう和歌をですか?」
「あぁ。きよは覚えが良い」
「そうですか・・・。それは素晴らしいことでございます」
「きっと和歌もすぐに覚えるぞ」
と言って、額多之君は楽し気に笑った。
まつもつられるように頬を綻ばせる。
「・・・嬉しゅうございます」
「ん?」
「まつは嬉しゅうございます。あの童が通うようになってから、
思わぬことを言われて、額多之君は驚く。
自分としては何が変わったのかはわからない。
しかし、きよに字を教えている時間は、いつも心に棲みつく哀しさが溶けていく心地がする。
「・・・まつ」
「はい」
「わらわはどうやら人にものを教えることが好きなようじゃ」
すると、まつはニッコリ笑った。
「素晴らしいことでございます。さ、ところで姫様」
「なんじゃ」
急にまつは厳しい表情に豹変した。
「字を教えるのは結構です。が、食事に誘うのはお控えくださいませ」
「何故じゃ」
「手に出来る食べ物は私達ふたりだけでもギリギリなのです・・・。それが、きよの分まで毎日となると流石に・・・」
「うむむ・・・」
額多之君は考え込んだ。
まつのいう事も一理ある。
しかし字の手習いを終えた後、きよはいつも腹の虫を鳴らして帰っていく。
それを見て見ぬふりをするのは忍びない。
「・・・・・・」
ふと目線を上げると、荒れたままの庭が目に映った。
「・・・まつ」
「はい?」
「この庭を畑にしよう」
「は?」
「庭を耕して畑にするのじゃ」
「そ、それは良き考えですが・・・」
「わらわも手伝うゆえ、案ずるな」
「しかし姫様の手を煩わせるのは・・・」
「そのようなことを言ってる場合か」
そう話す額多之君の目には、輝きが宿っていた。
「わらわ達は、この地で暮らして生きていくのだから」
そうして、額多之君は自ら鍬や鋤を振るって庭を開墾し始めた。
これで土地での暮らしぶりはより充足していき、幸福な時間は末永く続くものと思われていた。
・・・しかしある日、きよが頬に大きなアザをつくってやって来た。
「きよ」
額多之君は驚いてきよの元に駆け寄った。
「どうしたのじゃ。この頬は・・・」
「転んでぶつけた」
ときよは言ったが、それが嘘なのは明らかだった。
額多之君は本当のことを問い詰めるようにジッときよの目を見つめた。
すると、きよは気まずそうに目を逸らした。
その上、
「・・・もう、ここに来るのはやめる」
と言い出した。
「・・・・・・」
一瞬、ショックで硬直した後、すぐに冷静になって額多之君は考えた。
きよに何かあったことは明らかだ。
「・・・何があったのじゃ。話してみよ」
額多之君は努めて優しい声色と表情で、きよに問いかけた。
いや、それは努めてではなく自然と溢れ出たものだった。
すると、きよは驚いて額多之君を見上げると、みるみるその目からは涙が溢れ出てきた。