第38話 額多之君
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「・・・・・」
子どもはポカーンとした顔をして、しばらくした後、察したのか踵を返し立ち去って行った。
「・・・・・・」
額多之君は去っていく子どもの後ろ姿に視線を向けた。
そして、気づいた。
子どもが右足を引き摺りながら歩いていることに。
「それは村の子どもですね」
その晩。
夕餉の時にまつに子どものことを話すと、まつはそう言った。
「この近くに村があるのか」
「はい。大きな村とは言えませんが、畑があるので時折野菜を買いに行ってます」
「そうだったのか・・・」
足を引き摺り去っていく子どもの姿が、妙に目に焼き付いて忘れることが出来なかった。
「ずいぶんと見窄らしい格好の子どもだった」
「あぁ・・・」
さもありなん、と言うようにまつは頷いた。
「この辺りは度々災害に見舞われ、飢饉もあったそうです。それ故村は貧しく、子どもが口減しに町に売りに出されることも珍しくないとも・・・」
「売られる?小間使いにでもされるのか?」
まつは答えなかった。
「・・・さぁ、お喋りはここまでにして召し上がってくださいな」
とだけ言った。
翌日も、その子どもはやって来た。
しかし、昨日見せた人懐っこさは鳴りを潜めていて、それでも額多之君が気になるのか、草むらから様子を伺っている。
「・・・はぁ」
と額多之君はひとつ溜息をついた後、
「こっちへおいで」
と、子どもに呼びかけた。
すると子どもは途端に目を爛々とさせて、そそくさと縁側に歩み寄って来た。
相変わらず身なりは見窄らしく、手足も汚れている。
額多之君は眉を顰めながらも、
「名は何というのじゃ」
と尋ねた。
「きよ」
と、子どもは言った。
それでようやくわかった。
「きよ・・・おなごだったか」
「おひめさまの名前は?」
「・・・・・・」
尋ねられて、額多之君は立ち上がった。
そして文机の前に座り、筆を取りさらさらと書き上げて、その紙をきよに見せた。
しかし、きよは目を瞬かせるだけだった。
「・・・まさか、字が読めぬのか?」
額多之君の問いかけに、きよは恥いる様子も無く頷いた。
「うん」
「何故。お前の親は手習いさせぬのか?」
「字なんか覚えても仕方ないって」
「・・・・・・」
「畑仕事に字なんかいらないから、覚えなくてもいいって」
「・・・・・・」
「それにウチは足がこんなだから、畑も手伝えない。だから、もう少し大きくなってから町の方へ行かせるって」
「・・・・・」
まつが昨夜言っていたことを思い出した。
町へ。
今すぐではなく、大きくなってから。
その意味を額多之君はハッキリとはわかっていなかった。
それでも、それがきよにとって幸せなことだとは思えなかった。
「そんなことより、これは何?」
きよは紙を指差して尋ねてきた。
もはや額多之君の名前より、そちらに興味が向いているようだ。
「これは紙というものじゃ」
「かみ?」
きよはますます目を輝かせる。
「さらさらしてうっすらとしてて、とてもきれい」
「・・・・・」
「ねぇ、ウチの名前の字もあるの?」
「・・・・・」
額多之君は渋々という風に、新しい紙を文机に取り出して「きよ」と書いてやった。
そしてそれも見せてやると、
「わぁっ・・・!」
きよは嬉しさのあまり興奮して、ドタドタとその場で足踏みを始めた。
「それがウチの名前?」
「そうじゃ」
額多之君は「き」の字を指した。
「これが、『き』」
次に「よ」の字を指した。
「これが、『よ』」
きよは口をポカンと開けたまま、自分の名前に見入っている。
それも束の間、
「ウチも書いてみたい!」
と言い出した。
今にも縁側から部屋に上がってきそうな勢いなので、額多之君は慌てて言った。
「駄目じゃ」
「駄目?」
「いや、その、紙は貴重なものじゃ。無駄遣いできぬ」
「へー、おひめさまなのにケチなんだね」
「ケチ・・・」
額多之君は少しムッとしつつも、縁側に戻りそのまま下へ降りた。
そして、
「そこの枝を拾え」
と、きよに向かって言った。
「地面ならば何回でも書ける」
「え・・・」
「字を教えてやろう」
子どもはポカーンとした顔をして、しばらくした後、察したのか踵を返し立ち去って行った。
「・・・・・・」
額多之君は去っていく子どもの後ろ姿に視線を向けた。
そして、気づいた。
子どもが右足を引き摺りながら歩いていることに。
「それは村の子どもですね」
その晩。
夕餉の時にまつに子どものことを話すと、まつはそう言った。
「この近くに村があるのか」
「はい。大きな村とは言えませんが、畑があるので時折野菜を買いに行ってます」
「そうだったのか・・・」
足を引き摺り去っていく子どもの姿が、妙に目に焼き付いて忘れることが出来なかった。
「ずいぶんと見窄らしい格好の子どもだった」
「あぁ・・・」
さもありなん、と言うようにまつは頷いた。
「この辺りは度々災害に見舞われ、飢饉もあったそうです。それ故村は貧しく、子どもが口減しに町に売りに出されることも珍しくないとも・・・」
「売られる?小間使いにでもされるのか?」
まつは答えなかった。
「・・・さぁ、お喋りはここまでにして召し上がってくださいな」
とだけ言った。
翌日も、その子どもはやって来た。
しかし、昨日見せた人懐っこさは鳴りを潜めていて、それでも額多之君が気になるのか、草むらから様子を伺っている。
「・・・はぁ」
と額多之君はひとつ溜息をついた後、
「こっちへおいで」
と、子どもに呼びかけた。
すると子どもは途端に目を爛々とさせて、そそくさと縁側に歩み寄って来た。
相変わらず身なりは見窄らしく、手足も汚れている。
額多之君は眉を顰めながらも、
「名は何というのじゃ」
と尋ねた。
「きよ」
と、子どもは言った。
それでようやくわかった。
「きよ・・・おなごだったか」
「おひめさまの名前は?」
「・・・・・・」
尋ねられて、額多之君は立ち上がった。
そして文机の前に座り、筆を取りさらさらと書き上げて、その紙をきよに見せた。
しかし、きよは目を瞬かせるだけだった。
「・・・まさか、字が読めぬのか?」
額多之君の問いかけに、きよは恥いる様子も無く頷いた。
「うん」
「何故。お前の親は手習いさせぬのか?」
「字なんか覚えても仕方ないって」
「・・・・・・」
「畑仕事に字なんかいらないから、覚えなくてもいいって」
「・・・・・・」
「それにウチは足がこんなだから、畑も手伝えない。だから、もう少し大きくなってから町の方へ行かせるって」
「・・・・・」
まつが昨夜言っていたことを思い出した。
町へ。
今すぐではなく、大きくなってから。
その意味を額多之君はハッキリとはわかっていなかった。
それでも、それがきよにとって幸せなことだとは思えなかった。
「そんなことより、これは何?」
きよは紙を指差して尋ねてきた。
もはや額多之君の名前より、そちらに興味が向いているようだ。
「これは紙というものじゃ」
「かみ?」
きよはますます目を輝かせる。
「さらさらしてうっすらとしてて、とてもきれい」
「・・・・・」
「ねぇ、ウチの名前の字もあるの?」
「・・・・・」
額多之君は渋々という風に、新しい紙を文机に取り出して「きよ」と書いてやった。
そしてそれも見せてやると、
「わぁっ・・・!」
きよは嬉しさのあまり興奮して、ドタドタとその場で足踏みを始めた。
「それがウチの名前?」
「そうじゃ」
額多之君は「き」の字を指した。
「これが、『き』」
次に「よ」の字を指した。
「これが、『よ』」
きよは口をポカンと開けたまま、自分の名前に見入っている。
それも束の間、
「ウチも書いてみたい!」
と言い出した。
今にも縁側から部屋に上がってきそうな勢いなので、額多之君は慌てて言った。
「駄目じゃ」
「駄目?」
「いや、その、紙は貴重なものじゃ。無駄遣いできぬ」
「へー、おひめさまなのにケチなんだね」
「ケチ・・・」
額多之君は少しムッとしつつも、縁側に戻りそのまま下へ降りた。
そして、
「そこの枝を拾え」
と、きよに向かって言った。
「地面ならば何回でも書ける」
「え・・・」
「字を教えてやろう」