第38話 額多之君
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「!」
私はハッと息を飲んだ。
場面が変わり、豪華絢爛な寝殿造りの屋敷から、質素で朽ちかけた造りの狭い屋敷の中にいた。
目の前に広がる庭も、池や白石を引き詰めた美しいものから、伸びた草木で荒れたものに変わっている。
「僅かな家財道具とたった一人の従者のみで、わらわは今日の都からこの僻地へやって来た」
そう言うと、額多之君の姿は消えていた。
「・・・・・・」
ひとり残されて、私は戸惑いつつも屋敷を探索することにした。
探索と言っても、十二畳ほどの広さの一間を几帳や御簾で間仕切られているで、すぐに終わってしまいそうだ。
部屋と縁側を間仕切っている御簾を上げて、縁側を確かめようとした時だった。
「姫 様」
ふくよかな中年女性が、私の横を通り過ぎて御簾を上げて向こうに渡った。
「そろそろ何か口にしませんと」
「・・・まつ」
まつ、と女性の名前を呼んだのは、額多之君の声だった。
「すまぬ、お前まで巻き込んでこのようなところへ。やはりあの後すぐにわらわも死ぬべきだった・・・」
「姫様」
額多之君の嘆きを遮る様に、まつは強く言った。
「そのようなことは言ってはなりませぬ。父上の思いを無駄にしなさいますな」
すると額多之君は一瞬口を噤んだものの、
「・・・父上も酷なことをなさる」
と零した。
「ここで生き延び虚しく老いさらばえるぐらいなら、いっそ、お前の手でわらわの息を止めておくれ」
「そのようなこといたしませぬ。そして、姫様が自死するような真似も決してさせませぬ。私の目が黒いうちには決して!」
「・・・・・・」
「それに、私は巻き込まれたとは思っておりません」
「まつ・・・」
「姫様は、姫様が生まれてからずっと私がお仕えしてきたお方。我が子も同然でございます。死ぬまでお仕えいたします」
「・・・・・・」
「私は自らの意思で姫様についてきたのです」
「・・・・・・」
「姫様はさっき死ななかったことを後悔されていましたが、それは違います。後悔するべきは、人の命を奪ったことでございます」
「・・・後悔・・・」
「後悔などしないと?」
「・・・・・」
「では、悼むのです。毎日奪った命に祈りを捧げるのです。それは命を奪った相手の為でなく、姫様自身の為です」
「わらわの・・・」
「はい」
まつは深く頷いた後、強く言った。
「でなければ、姫様の中の呪いが姫様を中から食いちぎって、姫様自身が呪いとなってしまいます」
「呪い・・・」
「姫様が人であり続けるためです」
以来、額多之君は朝と晩に手を合わせて祈る様になった。
他に、木彫りの小さな仏像を作り始めた。
正直、まだ後悔や悼む気持ちは湧かなかった。
自己弁護の思いがまだ強い。
だが、これらの行為が不思議と気持ちを落ち着かせた。
濁流のような自分の中の負の感情が、凪いでいくのを感じた。
その日も、縁側で仏像を彫っていた時だった。
荒れた庭の草木がカサカサと揺れた。
獣か、と身構える。
狐か、それとも狸か。
しかし草木の中から姿を見せたのは、
(童・・・)
その子どもは、ボロボロの身の丈に合っていない衣服を纏い、伸び放題の髪は束ねられることもなく毛先は絡まっている。痩せていて手足は小枝の様だ。子供のくせに張りのない肌は、垢で黒い。
一見しただけでは、男なのか女なのかわからなかった。
額多之君が目を瞬かせていると、
「ほんとうだぁ」
子どもが言葉を発した。
その言葉に額多之君は首を傾げる。
「ほんとうとは?」
「遠い都から、きれいなおひめさまが来たって、村のみんなが話してたから」
歳は十を数えるくらいか。
その割に身体も小さく、話し方も舌足らずでより幼く感じる。
そんなことを考えている間に、子どもは縁側までやって来ていて、身を乗り出し額多之君の手元を覗き込んでいた。
「何してるの?」
「・・・っ」
土で汚れた子どもの手が、着物の袖に触れていた。
額多之君は乱暴に袖を振り払い、
「去 ね!」
と言った。
私はハッと息を飲んだ。
場面が変わり、豪華絢爛な寝殿造りの屋敷から、質素で朽ちかけた造りの狭い屋敷の中にいた。
目の前に広がる庭も、池や白石を引き詰めた美しいものから、伸びた草木で荒れたものに変わっている。
「僅かな家財道具とたった一人の従者のみで、わらわは今日の都からこの僻地へやって来た」
そう言うと、額多之君の姿は消えていた。
「・・・・・・」
ひとり残されて、私は戸惑いつつも屋敷を探索することにした。
探索と言っても、十二畳ほどの広さの一間を几帳や御簾で間仕切られているで、すぐに終わってしまいそうだ。
部屋と縁側を間仕切っている御簾を上げて、縁側を確かめようとした時だった。
「
ふくよかな中年女性が、私の横を通り過ぎて御簾を上げて向こうに渡った。
「そろそろ何か口にしませんと」
「・・・まつ」
まつ、と女性の名前を呼んだのは、額多之君の声だった。
「すまぬ、お前まで巻き込んでこのようなところへ。やはりあの後すぐにわらわも死ぬべきだった・・・」
「姫様」
額多之君の嘆きを遮る様に、まつは強く言った。
「そのようなことは言ってはなりませぬ。父上の思いを無駄にしなさいますな」
すると額多之君は一瞬口を噤んだものの、
「・・・父上も酷なことをなさる」
と零した。
「ここで生き延び虚しく老いさらばえるぐらいなら、いっそ、お前の手でわらわの息を止めておくれ」
「そのようなこといたしませぬ。そして、姫様が自死するような真似も決してさせませぬ。私の目が黒いうちには決して!」
「・・・・・・」
「それに、私は巻き込まれたとは思っておりません」
「まつ・・・」
「姫様は、姫様が生まれてからずっと私がお仕えしてきたお方。我が子も同然でございます。死ぬまでお仕えいたします」
「・・・・・・」
「私は自らの意思で姫様についてきたのです」
「・・・・・・」
「姫様はさっき死ななかったことを後悔されていましたが、それは違います。後悔するべきは、人の命を奪ったことでございます」
「・・・後悔・・・」
「後悔などしないと?」
「・・・・・」
「では、悼むのです。毎日奪った命に祈りを捧げるのです。それは命を奪った相手の為でなく、姫様自身の為です」
「わらわの・・・」
「はい」
まつは深く頷いた後、強く言った。
「でなければ、姫様の中の呪いが姫様を中から食いちぎって、姫様自身が呪いとなってしまいます」
「呪い・・・」
「姫様が人であり続けるためです」
以来、額多之君は朝と晩に手を合わせて祈る様になった。
他に、木彫りの小さな仏像を作り始めた。
正直、まだ後悔や悼む気持ちは湧かなかった。
自己弁護の思いがまだ強い。
だが、これらの行為が不思議と気持ちを落ち着かせた。
濁流のような自分の中の負の感情が、凪いでいくのを感じた。
その日も、縁側で仏像を彫っていた時だった。
荒れた庭の草木がカサカサと揺れた。
獣か、と身構える。
狐か、それとも狸か。
しかし草木の中から姿を見せたのは、
(童・・・)
その子どもは、ボロボロの身の丈に合っていない衣服を纏い、伸び放題の髪は束ねられることもなく毛先は絡まっている。痩せていて手足は小枝の様だ。子供のくせに張りのない肌は、垢で黒い。
一見しただけでは、男なのか女なのかわからなかった。
額多之君が目を瞬かせていると、
「ほんとうだぁ」
子どもが言葉を発した。
その言葉に額多之君は首を傾げる。
「ほんとうとは?」
「遠い都から、きれいなおひめさまが来たって、村のみんなが話してたから」
歳は十を数えるくらいか。
その割に身体も小さく、話し方も舌足らずでより幼く感じる。
そんなことを考えている間に、子どもは縁側までやって来ていて、身を乗り出し額多之君の手元を覗き込んでいた。
「何してるの?」
「・・・っ」
土で汚れた子どもの手が、着物の袖に触れていた。
額多之君は乱暴に袖を振り払い、
「
と言った。