第38話 額多之君

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ヒロインの腹違いの妹

「・・・・・・」

ふと目が覚めると、見慣れない天井が視界に飛び込んできた。

「・・・ここは」

上半身を起こして、辺りを見回す。
木造の屋敷で、屋敷の真ん中には小ぶりな池のある庭がある。
いわゆる寝殿造りの建物の中に私はいた。
ここには見覚えがあった。

(そうだ、ここは・・・)

「お前は私にどうしろというのだ!?」

突然聞こえてきた怒鳴り声に驚きながら、私は声の方を振り返った。

「贈り物をしてもいらぬと突っぱね、文を寄越しても返事はなく、こうして訪ねて来てもまともに取り合おうとせぬ。お前は、私に何を望んでおるのだ?」

声は男性のものだ。
声の方へそっと忍び足で近づくと、隣の部屋を間仕切る御簾越しに烏帽子と和装束姿の男の人が見えた。

「私の望みは何か、と尋ねましたか」

続いて女性の声が聞こえてきた。
男性の怒鳴り声に臆さない、凛とした声だった。
私は御簾の隙間から、その姿を垣間見た。
白い肌に赤い口紅が映える。長い垂髪が黒く艶めく。

「額多之君・・・」

私は、その名を呟いた。

「私の望みは、貴方がその着物に染み付いたその薫物の匂いを今すぐ洗い清めてくることです。何故、他の女が練り合わせた香を漂わせながらやって来る人を、私が喜んで出迎えるとお思いなんですか?」

すると、男性(おそらく額多之君の夫だろう)はギクリとした様子で袖の辺りを軽く嗅ぐ仕草をした。

「更に申し上げるなら、私が望むのは貴方のその心遣いの無さを改められることです。心遣いの無さは、想像力の無さ。想像力の無さは知恵の無さ。その知恵の無さは、貴方が書いて寄越した文にも表れております。知恵も機知もないつまらない文・・・。そのようなものに心を動かされることもなければ、返事を書こうという意も起こりませぬ。さらに、先日贈って下さった扇子・・・。あれは貴方自身が選ばれた物ではございませんよね?どちらの方の助言を賜り選ばれたのですか?あのような安い流行りものに、この私が喜ぶと本気で思われたのですか?」

そう言うと、額多之君は夫に背中を向けた。

「今宵はお帰りくださいませ」

強がりだ。
私にはわかった。
言葉と心は裏腹だ。
夫は自らの行いを悔いるように一瞬俯いたものの、そのまま踵を返した。
そして、

「・・・お前が」

夫は吐き捨てるように言った。
せめてもの仕返しとばかりに。

「お前が私の世継ぎを産んでさえいれば、私はお前を愛し続けたのに」

その言葉に、額多之君は夫を振り返る。
しかし、夫は振り返ることなく屋敷から立ち去って行った。
そして、その日以来夫がこの屋敷に来ることはなかった。



───悲しい。
───悔しい。
───苦しい。
───憎い。
───夫も、彼の周りの女たちも、その子どもたちも。


ここは、額多之君の生得領域・・・心の中だ。
額多之君の感情が、私の中に流れ込んでくる。
毎夜、額多之君は泣いていた。


「甘ったるい匂いだな」


突如、闇夜に声が響いた。


「このような薫物たきものの匂いは初めてだ」

緩やかに天井に向かって登っていたお香の煙が、突如、ゆらゆらと不安定に揺らいだ。
灯篭に明かりに、ゆらりとその姿が浮かび上がる。
だけど、その形はただならぬものだった。
背丈は高く、顔の右側はいびつに歪み、四本の腕。そして、腹にある大きな口。
その姿に、額多之君だけでなく私も身を震わせた。
それは、初めて見る姿だったにもかかわらず、すぐにわかった。

(両面宿儺・・・!)

そう、額多之君の前に現れたのは、両面宿儺だった。
ズシッと重い足音を響かせて、両面宿儺は額多之君に近づく。

「だ、誰かっ・・・」

助けを求めようとする額多之君の口を宿儺が手でふさいだ。
額多之君は、恐怖で口を噤んだものの、大きく見開いた眼は宿儺を見据え続けていた。
宿儺も興味深そうに額多之君の目を覗き込んだ後、

「何を嘆き悲しむ」

と言った。
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