第33話 青が散る
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「熱っ」
薄紙に包まれたコロッケを受け取り、揚げたての熱さにアタフタしながらも一口かじる。
「んふふっ。これこれ、おいしーい!」
と、ご満悦な私の横で夏油さんは笑う。
「っていうか、結局食べるんだね」
「だって揚げたての美味しさは揚げたてじゃないと味わえないんだもん」
「それもそうだね」
夏油さんも続いてコロッケに噛り付く。
「・・・うん、美味い」
それを見て、私は微笑む。
「・・・よかった」
「ん?」
「心配だったの。傑君、昨日のカーテンコールの時、顔色悪かったから。その後の打ち上げも来なかったし」
「・・・・・・」
「元気になったみたいでよかった」
と、私はもう一度笑いかけた。
そして再びコロッケに噛り付こうとした時だった。
「好きだよ」
そう夏油さんが言った。
その瞬間、
「あ」
動揺した私の手からこぼれて、コロッケが地面にボトッと落ちてしまった。
「あーぁ、もったいない」
と夏油さんが腰を屈めてそれを拾う。
そして、下を向いたまま話を続けた。
「返事はいらないよ。和紗には思っている人がいることは知っているから」
「・・・・・・」
「これは、私の身勝手な思いなんだ。だけど、思い留めることは出来なかった」
「・・・・・・」
「勝手に押し付けたみたいで申し訳ないけれど。でも、もうこれきりで忘れるから」
そう言うと、夏油さんは顔を上げた。
「もう一個買って来る」
と何でもないように、いつもの目を糸の様に細める笑顔で言うと、再び店に向かって行った。
「・・・・・・」
私は動揺したまま、何も言えずにいた。
(でも)
どこか違和感も感じていた。
そう、これは恋じゃなくて、夏油さんはずっと誰かに縋りたかったんだ。
壊れていく自分を持ち堪えさせるために。
私がそのことに気づいたのは、彼がもう取り返しのつかない道に足を踏み入れていた時だった───。
どこまでも広がるような、吸い込まれそうな、青い空。
そこへ薄紅色の花びらが吹き上げられていく。
その様子をボーっと見つめていると、
「鶴來さん」
名を呼ばれて、私は振り返る。
するとそこには、伊地知さんが立っていた。
「どうしたんですか、伊地知さん?」
私がそう言うと、伊地知さんはアタフタする。
「さん付けなんて滅相もない!鶴來さんの方が先輩なんですから!」
「あ、そっか。つい思わず・・・」
「?」
2007年4月。
伊地知さんを含めた新入生が数人入学し、私達は3年生になった。
「鶴來さんは結界術にお詳しいのですか?」
「いや、私は全く・・・」
伊地知さんの問いに、私は首を横に振った。
「あ、でも悟君は詳しいみたいだよ?任務から帰ってきたら教えてもらったら?」
すると、伊地知さんの表情が曇った。
「・・・私、五条さん 苦手です・・・。才能ナシとか下手クソだとかデリカシーのないことをズケズケ言うので・・・」
「はは・・・」
伊地知さんの言葉に、私は苦笑いする。
するとその時、近くを夏油さんが通りかかった。
「あ、じゃあ傑君に教えてもらう?傑君なら優しいよ」
「えっ」
「おーい、傑くーん!」
と私が呼びかけると、夏油さんは私に気づきこちらに向かって歩み寄って来てくれた。
「和紗、どうかした?」
という夏油さんの眼もとには、薄っすらとクマがある。
遠目では気づくことが出来なかった。
しまったなと思いつつ、私は言った。
「あの、伊地知さ・・・君が結界術について教えてほしいって」
「結界術?」
と言うと、夏油さんは伊地知さんを一瞥した。
その視線を受けて、伊地知さんは「ヒッ」と怯える。
「・・・すまないが、後にしてもらってもいいかな。明け方に任務から戻ったばかりで・・・少し休みたいんだ」
その言葉に私は頷く。
「そうだよね、疲れてるよね。ごめんなさい」
「いや・・・。そういえば悟は?任務?」
「うん・・・」
「そうか。またすれ違いだな。アイツの顔をずいぶん見てない気がする。元気か?」
「うん、元気だよ」
それを聞いて、夏油さんはフッと笑い「そうか」と呟いた。
・・・最近では、五条さんと夏油さんはそれぞれ一人で任務に赴くようになった。
特に、五条さんは驚異的な数の任務を次々とこなしている。
私と硝子さんは元々任務で外に出ることは少なく、私達はそれぞれ別々の時間を過ごすこと増えた。
「じゃあ、また後で」
と夏油さんは私達に背を向け立ち去って行った。
私はそれを見送りながら、
(・・・少し痩せたな)
そんなことを思っていると、
「・・・鶴來さんはよく平気ですね」
と伊地知さんが言うので、私は目を瞬かせる。
「平気って?」
「夏油さん、一年生の間ではおっかないって評判ですよ」
「えっ。そうなの?」
「そうですよ!実際さっき睨まれましたし・・・怖かった・・・」
「そんなことないよ。さっきは疲れてただけだよ」
遠ざかっていく夏油さんの後姿を見つめながら、私は言った。
「優しい人だよ、傑君は」
───この年の9月。
夏油傑は、旧■■村の住人112名を殺害し、逃走。
呪術規定9条に基づき、呪詛師として処刑対象となる───。
つづく
参考文献:筑摩書房 松岡和子訳『ロミオとジュリエット シェイクスピア全集2』
薄紙に包まれたコロッケを受け取り、揚げたての熱さにアタフタしながらも一口かじる。
「んふふっ。これこれ、おいしーい!」
と、ご満悦な私の横で夏油さんは笑う。
「っていうか、結局食べるんだね」
「だって揚げたての美味しさは揚げたてじゃないと味わえないんだもん」
「それもそうだね」
夏油さんも続いてコロッケに噛り付く。
「・・・うん、美味い」
それを見て、私は微笑む。
「・・・よかった」
「ん?」
「心配だったの。傑君、昨日のカーテンコールの時、顔色悪かったから。その後の打ち上げも来なかったし」
「・・・・・・」
「元気になったみたいでよかった」
と、私はもう一度笑いかけた。
そして再びコロッケに噛り付こうとした時だった。
「好きだよ」
そう夏油さんが言った。
その瞬間、
「あ」
動揺した私の手からこぼれて、コロッケが地面にボトッと落ちてしまった。
「あーぁ、もったいない」
と夏油さんが腰を屈めてそれを拾う。
そして、下を向いたまま話を続けた。
「返事はいらないよ。和紗には思っている人がいることは知っているから」
「・・・・・・」
「これは、私の身勝手な思いなんだ。だけど、思い留めることは出来なかった」
「・・・・・・」
「勝手に押し付けたみたいで申し訳ないけれど。でも、もうこれきりで忘れるから」
そう言うと、夏油さんは顔を上げた。
「もう一個買って来る」
と何でもないように、いつもの目を糸の様に細める笑顔で言うと、再び店に向かって行った。
「・・・・・・」
私は動揺したまま、何も言えずにいた。
(でも)
どこか違和感も感じていた。
そう、これは恋じゃなくて、夏油さんはずっと誰かに縋りたかったんだ。
壊れていく自分を持ち堪えさせるために。
私がそのことに気づいたのは、彼がもう取り返しのつかない道に足を踏み入れていた時だった───。
どこまでも広がるような、吸い込まれそうな、青い空。
そこへ薄紅色の花びらが吹き上げられていく。
その様子をボーっと見つめていると、
「鶴來さん」
名を呼ばれて、私は振り返る。
するとそこには、伊地知さんが立っていた。
「どうしたんですか、伊地知さん?」
私がそう言うと、伊地知さんはアタフタする。
「さん付けなんて滅相もない!鶴來さんの方が先輩なんですから!」
「あ、そっか。つい思わず・・・」
「?」
2007年4月。
伊地知さんを含めた新入生が数人入学し、私達は3年生になった。
「鶴來さんは結界術にお詳しいのですか?」
「いや、私は全く・・・」
伊地知さんの問いに、私は首を横に振った。
「あ、でも悟君は詳しいみたいだよ?任務から帰ってきたら教えてもらったら?」
すると、伊地知さんの表情が曇った。
「・・・私、
「はは・・・」
伊地知さんの言葉に、私は苦笑いする。
するとその時、近くを夏油さんが通りかかった。
「あ、じゃあ傑君に教えてもらう?傑君なら優しいよ」
「えっ」
「おーい、傑くーん!」
と私が呼びかけると、夏油さんは私に気づきこちらに向かって歩み寄って来てくれた。
「和紗、どうかした?」
という夏油さんの眼もとには、薄っすらとクマがある。
遠目では気づくことが出来なかった。
しまったなと思いつつ、私は言った。
「あの、伊地知さ・・・君が結界術について教えてほしいって」
「結界術?」
と言うと、夏油さんは伊地知さんを一瞥した。
その視線を受けて、伊地知さんは「ヒッ」と怯える。
「・・・すまないが、後にしてもらってもいいかな。明け方に任務から戻ったばかりで・・・少し休みたいんだ」
その言葉に私は頷く。
「そうだよね、疲れてるよね。ごめんなさい」
「いや・・・。そういえば悟は?任務?」
「うん・・・」
「そうか。またすれ違いだな。アイツの顔をずいぶん見てない気がする。元気か?」
「うん、元気だよ」
それを聞いて、夏油さんはフッと笑い「そうか」と呟いた。
・・・最近では、五条さんと夏油さんはそれぞれ一人で任務に赴くようになった。
特に、五条さんは驚異的な数の任務を次々とこなしている。
私と硝子さんは元々任務で外に出ることは少なく、私達はそれぞれ別々の時間を過ごすこと増えた。
「じゃあ、また後で」
と夏油さんは私達に背を向け立ち去って行った。
私はそれを見送りながら、
(・・・少し痩せたな)
そんなことを思っていると、
「・・・鶴來さんはよく平気ですね」
と伊地知さんが言うので、私は目を瞬かせる。
「平気って?」
「夏油さん、一年生の間ではおっかないって評判ですよ」
「えっ。そうなの?」
「そうですよ!実際さっき睨まれましたし・・・怖かった・・・」
「そんなことないよ。さっきは疲れてただけだよ」
遠ざかっていく夏油さんの後姿を見つめながら、私は言った。
「優しい人だよ、傑君は」
───この年の9月。
夏油傑は、旧■■村の住人112名を殺害し、逃走。
呪術規定9条に基づき、呪詛師として処刑対象となる───。
つづく
参考文献:筑摩書房 松岡和子訳『ロミオとジュリエット シェイクスピア全集2』
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