第30話 呪術演劇部
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茶々を入れられて、私はムーッとする。
なのに、五条さんはヘラヘラと笑いながら私の傍に歩み寄る。
「なんでこんなとこで練習してんだよ」
「寮の部屋の壁って薄いでしょう。声が響いて聞こえたら迷惑だと思って」
「確かに。一晩中オマエの棒読み聞かされちゃ笑い死ぬわ」
「うるさい」
「交流会はまだまだ先だろ。そんな焦んなくても良くない?」
「うん。でも・・・」
『まぁ個人戦じゃなくても、勝つつもりだけど』
そう言った夏油さんの足を引っ張りたくない。
(それに、私もあの直哉さんには負けたくない!)
そんなことを考えて黙り込んでいたら、
「・・・しゃーねーなー」
五条さんが言った。
「本読みの相手してやるよ」
「え?あ、いいの?」
「おー。で、どの場面から?」
「あ、ありがとう。ロミオとジュリエットが舞踏会で初めて出会う場面で・・・」
「ん。じゃオマエの台詞からな」
「でも悟君、台本は?」
「覚えた」
「え」
「一回目を通せば覚えるんだよ。天才だから」
「それはスゴイね・・・」
と言いながら、私は再び台本に目を落とした。
そして、台詞を読み上げる。
「せいじゃのてはじゅんれいのてがふれるためにある。てのふれあいは、じゅんれいたちのくちづけ」
「聖者にも巡礼にも唇があるのでは?」
五条さんから台本もなしに本当にスッと台詞が出てきたので、私は驚きながら台詞を返す。
「え、ええ、じゅんれいさま、おいのりをとなえるくちびるなら」
「ああ、それなら、いとしい聖者、手がすることを唇にも。唇が祈ります。どうか、信仰が絶望に変わりませんよう」
「せいじゃのぞうはうごきません、たとえいのりのこころはおよんでも」
「では、動かないで、祈りの成就を見るまでは」
と言うと、五条さんは腰を屈めて顔を私の顔に近づけてきた。
「ちょっ!?」
私は慌てて台本で顔を隠した。
「な、何?」
「何ってこのあとロミオがジュリエットにキスするんだろ」
「そうだけど・・・けど」
「思うに、台本ばっかに目を遣ってるから棒読みになるんだと思うんだよな」
「へ・・・」
「台詞の合間にちょっとした仕草をいれたら棒読みもマシになるんじゃね?」
「あ、あぁ、そうかも・・・」
「じゃ、続けんぞ」
そう言って五条さんは台詞の続きを口にする。
「あなたの唇のお陰でこの唇の罪は浄められた」
そっか、フリだったのか。
内心ホッとしながら、私は再び台本を読み始めた。
時折視線を少しだけ、五条さんの方へ向けて。
「それならその罪は私の唇に移ってしまったの」
「この唇の罪が?ああ、なんて優しいとがめ方だ!」
そう言うと、五条さんは両手を私の両肩に置いた。
そして、
「もう一度その罪を返して」
と、再びゆっくりと顔を近づける。
「・・・・・・」
これはフリ。
お芝居なんだから。
そう思って、私はジッとしていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
五条さんの蒼い瞳がすぐそばにある。
唇と唇がゆっくりと近づく。
「って、やっぱり無理―ーーっ!」
と、私は台本を盾にして五条さんの顔を押しのけた。
「んだよ、ビビりやがって」
ぶつけた鼻をさすりながら、五条さんは言った。
「本番どうすんだよ。こんな調子で傑相手に芝居出来んのか?」
「そ、それは大丈夫・・・」
でも、五条さんはダメ。
ただのお芝居だって割り切れない。
そういうつもりだったのに。
「大丈夫なのかよ」
と、五条さんが言った。
少しムッとしながら。
「・・・・・・」
思わぬ反応に目を瞬かせて見返していると、五条さんはそんな私の視線を振り切るように言った。
「ま、それならよかった。ほら、続きするぞ」
「う、うん」
と、私は気を取り直して台本を開いた。
「俺のものになってよ」
と五条さんから台詞を投げかけられて、私は戸惑いながらページをめくる。
「え・・・。どの場面の台詞だっけ?」
「・・・アドリブだっての」
「・・・・・・」
ページをめくる指先がピタリと止まる。
ハッと顔を上げると、真っ直ぐな目で五条さんがこちらを見ていた。
だけど、五条さんはすぐに眉をしかめて、
「うわっ、蚊がいるじゃん。無限無限っと」
と言いながら、踵を返し私の元から離れる。
「オマエも部屋戻れよ。蚊の餌食になるぞ」
そして、屋上から立ち去って行った。
ひとり残されて、私はしばらくその場で佇んでいた。
パシッ
項のあたりがザワッとして右の手のひらで叩いた。
そして手のひらを見てみると、つぶれた蚊と共に血が付いていた。
「・・・最悪・・・」
虫刺されは、しばらくの間痒いだろう。
あぁ夏が来たんだな、と私は思った。
そう、2006年の夏が来る。
この夏が、五条さんを、そして夏油さんを永遠に変えてしまったことなど、私はまだ知らなかった。
つづく
参考文献:筑摩書房 松岡和子訳『ロミオとジュリエット シェイクスピア全集2』
なのに、五条さんはヘラヘラと笑いながら私の傍に歩み寄る。
「なんでこんなとこで練習してんだよ」
「寮の部屋の壁って薄いでしょう。声が響いて聞こえたら迷惑だと思って」
「確かに。一晩中オマエの棒読み聞かされちゃ笑い死ぬわ」
「うるさい」
「交流会はまだまだ先だろ。そんな焦んなくても良くない?」
「うん。でも・・・」
『まぁ個人戦じゃなくても、勝つつもりだけど』
そう言った夏油さんの足を引っ張りたくない。
(それに、私もあの直哉さんには負けたくない!)
そんなことを考えて黙り込んでいたら、
「・・・しゃーねーなー」
五条さんが言った。
「本読みの相手してやるよ」
「え?あ、いいの?」
「おー。で、どの場面から?」
「あ、ありがとう。ロミオとジュリエットが舞踏会で初めて出会う場面で・・・」
「ん。じゃオマエの台詞からな」
「でも悟君、台本は?」
「覚えた」
「え」
「一回目を通せば覚えるんだよ。天才だから」
「それはスゴイね・・・」
と言いながら、私は再び台本に目を落とした。
そして、台詞を読み上げる。
「せいじゃのてはじゅんれいのてがふれるためにある。てのふれあいは、じゅんれいたちのくちづけ」
「聖者にも巡礼にも唇があるのでは?」
五条さんから台本もなしに本当にスッと台詞が出てきたので、私は驚きながら台詞を返す。
「え、ええ、じゅんれいさま、おいのりをとなえるくちびるなら」
「ああ、それなら、いとしい聖者、手がすることを唇にも。唇が祈ります。どうか、信仰が絶望に変わりませんよう」
「せいじゃのぞうはうごきません、たとえいのりのこころはおよんでも」
「では、動かないで、祈りの成就を見るまでは」
と言うと、五条さんは腰を屈めて顔を私の顔に近づけてきた。
「ちょっ!?」
私は慌てて台本で顔を隠した。
「な、何?」
「何ってこのあとロミオがジュリエットにキスするんだろ」
「そうだけど・・・けど」
「思うに、台本ばっかに目を遣ってるから棒読みになるんだと思うんだよな」
「へ・・・」
「台詞の合間にちょっとした仕草をいれたら棒読みもマシになるんじゃね?」
「あ、あぁ、そうかも・・・」
「じゃ、続けんぞ」
そう言って五条さんは台詞の続きを口にする。
「あなたの唇のお陰でこの唇の罪は浄められた」
そっか、フリだったのか。
内心ホッとしながら、私は再び台本を読み始めた。
時折視線を少しだけ、五条さんの方へ向けて。
「それならその罪は私の唇に移ってしまったの」
「この唇の罪が?ああ、なんて優しいとがめ方だ!」
そう言うと、五条さんは両手を私の両肩に置いた。
そして、
「もう一度その罪を返して」
と、再びゆっくりと顔を近づける。
「・・・・・・」
これはフリ。
お芝居なんだから。
そう思って、私はジッとしていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
五条さんの蒼い瞳がすぐそばにある。
唇と唇がゆっくりと近づく。
「って、やっぱり無理―ーーっ!」
と、私は台本を盾にして五条さんの顔を押しのけた。
「んだよ、ビビりやがって」
ぶつけた鼻をさすりながら、五条さんは言った。
「本番どうすんだよ。こんな調子で傑相手に芝居出来んのか?」
「そ、それは大丈夫・・・」
でも、五条さんはダメ。
ただのお芝居だって割り切れない。
そういうつもりだったのに。
「大丈夫なのかよ」
と、五条さんが言った。
少しムッとしながら。
「・・・・・・」
思わぬ反応に目を瞬かせて見返していると、五条さんはそんな私の視線を振り切るように言った。
「ま、それならよかった。ほら、続きするぞ」
「う、うん」
と、私は気を取り直して台本を開いた。
「俺のものになってよ」
と五条さんから台詞を投げかけられて、私は戸惑いながらページをめくる。
「え・・・。どの場面の台詞だっけ?」
「・・・アドリブだっての」
「・・・・・・」
ページをめくる指先がピタリと止まる。
ハッと顔を上げると、真っ直ぐな目で五条さんがこちらを見ていた。
だけど、五条さんはすぐに眉をしかめて、
「うわっ、蚊がいるじゃん。無限無限っと」
と言いながら、踵を返し私の元から離れる。
「オマエも部屋戻れよ。蚊の餌食になるぞ」
そして、屋上から立ち去って行った。
ひとり残されて、私はしばらくその場で佇んでいた。
パシッ
項のあたりがザワッとして右の手のひらで叩いた。
そして手のひらを見てみると、つぶれた蚊と共に血が付いていた。
「・・・最悪・・・」
虫刺されは、しばらくの間痒いだろう。
あぁ夏が来たんだな、と私は思った。
そう、2006年の夏が来る。
この夏が、五条さんを、そして夏油さんを永遠に変えてしまったことなど、私はまだ知らなかった。
つづく
参考文献:筑摩書房 松岡和子訳『ロミオとジュリエット シェイクスピア全集2』
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