第26話 渋谷事変ー弐ー
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それから硝子さんは私に現金を幾らか持たせて、新田さんが運転する車に乗せてすぐ出発させた。
私は車窓の外に目を遣った。
いつの間にか、朝がやって来ていた。
まだ一日しか過ぎていないことが信じられない。
「しっかしビックリしたっス。鶴來さんが五条悟の奥さんだったなんて」
と、新田さんがバックミラー越しにこちらを伺いながら言った。
「・・・奥さんじゃないよ」
ポツリと私は呟く。
すると、新田さんは狼狽する。
「あ、まだ婚約中でしたっけ?」
「・・・・・・」
「・・・えっと、その・・・」
「・・・・・・」
「きっと、五条さんは戻って来るっスよ。だって、現代最強の呪術師ですもん」
「・・・・・・」
「だから、鶴來さんは信じて故郷で待っててください」
新田さんは心から私を励ましたいだけで、でたらめに希望を口にしたわけじゃない。
わかってる。
私だってそう信じたい。
だけど、今はそんなことが虚しく思える。
「・・・新田さん」
「はい?」
私は言った。
「駅に行く前に、寄ってほしいところがあるの」
そうして立ち寄ってもらったのは、五条さんのマンションだった。
呪霊に荒らされて滅茶苦茶になってるんじゃないかって思っていたけれど、荒らされたり破壊されたりすることなく無事だった。
しかし、他の住人が見当たらず、敷地内はまるで無人の様に静まり返っていた。
皆危険を察して部屋に閉じこもっているのか、どこかよそへ避難しているのだろうか。
新田さんを車で待たせて、私はひとりエレベーターに乗り込んで部屋に向かった。
ガチャ・・・
鍵を開けて部屋に入る。
誰もいない部屋は、干しっぱなしの洗濯物や朝に使ったマグカップがそのままで、最後に出て行った時と同じ空気を漂わせていた。
「・・・・・・」
私はリビングにあるソファに座り込んだ。
「・・・・・・」
ここで、ちょうど昨日の今頃、五条さんとハロウィンについてたわいの無い話をした。
その数日前には、悠仁君と伏黒君と野薔薇ちゃんと徹夜してゲームをした。
ひと月前には七海さんが来て、『あけづる』を食べてくれた。
そんな遠くない日の出来事なのに、もうその時の自分や相手の顔を思い出せない。
「・・・っく」
ボロボロと涙が目から溢れ出して、部屋の風景がグニャリと歪んだ。
「うぐっ・・・ゔうっ、うぁ、うぅゔーっ・・・」
ずっと押し留めていたものが一気に溢れ出したように、私は嗚咽した。
悠仁君。
伏黒君。
野薔薇ちゃん。
真希ちゃん。
狗巻君。
パンダ君。
七海さん。
「・・・悟さん」
誰もいない部屋に私の呼びかける声が響く。
「悟さん・・・っ」
お願い、早く帰って来て。
そして、私を目覚めさせて。
こんなのはただの悪い夢だって言って。
「悟さん・・・」
そう、これは悪い夢だ。
ただし、起きていながら見ている夢。
起きていながら見る夢は、いつまでも醒めることはない。
(どうすればいいの・・・?)
こんな世界にひとりで。
ガチャッ・・・
ドアが開く音がして、私はビクッと肩を震わせた。
「新田さん・・・?」
待ちきれずに上がって来たのだろうか。
涙を拭いながら、玄関へむかう。
しかし、そこにいたのは。
「やはり勘が当たっていたようですね」
総監部の、あの左瞼の傷の男がいた。
「・・・っ」
緊張で顔が強張る。
それに対して、左瞼の傷の男は目元に不気味な笑みを浮かべている。
「貴女が、五条悟の妻ですね」
「・・・ち、違う」
「しらばくれても無駄ですよ。ここが五条悟の住居だということは調べがついているのです。ここに立ち入れるという事は、それなりの関係ということでしょう」
「・・・っ」
私は踵を返し、部屋に逃げ込む。
左瞼の傷の男は悠然と歩いて追いかけて来る。
逃げ込める部屋など限られていて、私は簡単に追い詰められ、腕を掴み上げられる。
「いやっ・・・!」
「一緒に来てもらいますよ」
「離して・・・!」
抵抗するけれど、この男は動じない。
「・・・腕の一本でも折れば、大人しくなりますかねぇ」
と、私の腕を捩じろうとした、その時だった。
「!」
突然、男は私の腕から手を放して、身を翻し何かを避ける動作をした。
「・・・この呪霊は・・・」
と男が呟くのを聞いて、私は顔を上げる。
すると目の前に、芋虫のような呪霊が私を庇うようにいた。
「・・・・・・」
一体何が起きているのかわからず呆然としていたら、
「汚らしい手で彼女に気安く触れるんじゃない、猿め」
黒い袈裟姿の男が、私の目の前に現れた。
私は、その男の名前を呼ぶ。
「夏油・・・傑・・・」
この忌まわしい悪夢の首謀者の名を。
五条さんの親友の名を。
つづく
私は車窓の外に目を遣った。
いつの間にか、朝がやって来ていた。
まだ一日しか過ぎていないことが信じられない。
「しっかしビックリしたっス。鶴來さんが五条悟の奥さんだったなんて」
と、新田さんがバックミラー越しにこちらを伺いながら言った。
「・・・奥さんじゃないよ」
ポツリと私は呟く。
すると、新田さんは狼狽する。
「あ、まだ婚約中でしたっけ?」
「・・・・・・」
「・・・えっと、その・・・」
「・・・・・・」
「きっと、五条さんは戻って来るっスよ。だって、現代最強の呪術師ですもん」
「・・・・・・」
「だから、鶴來さんは信じて故郷で待っててください」
新田さんは心から私を励ましたいだけで、でたらめに希望を口にしたわけじゃない。
わかってる。
私だってそう信じたい。
だけど、今はそんなことが虚しく思える。
「・・・新田さん」
「はい?」
私は言った。
「駅に行く前に、寄ってほしいところがあるの」
そうして立ち寄ってもらったのは、五条さんのマンションだった。
呪霊に荒らされて滅茶苦茶になってるんじゃないかって思っていたけれど、荒らされたり破壊されたりすることなく無事だった。
しかし、他の住人が見当たらず、敷地内はまるで無人の様に静まり返っていた。
皆危険を察して部屋に閉じこもっているのか、どこかよそへ避難しているのだろうか。
新田さんを車で待たせて、私はひとりエレベーターに乗り込んで部屋に向かった。
ガチャ・・・
鍵を開けて部屋に入る。
誰もいない部屋は、干しっぱなしの洗濯物や朝に使ったマグカップがそのままで、最後に出て行った時と同じ空気を漂わせていた。
「・・・・・・」
私はリビングにあるソファに座り込んだ。
「・・・・・・」
ここで、ちょうど昨日の今頃、五条さんとハロウィンについてたわいの無い話をした。
その数日前には、悠仁君と伏黒君と野薔薇ちゃんと徹夜してゲームをした。
ひと月前には七海さんが来て、『あけづる』を食べてくれた。
そんな遠くない日の出来事なのに、もうその時の自分や相手の顔を思い出せない。
「・・・っく」
ボロボロと涙が目から溢れ出して、部屋の風景がグニャリと歪んだ。
「うぐっ・・・ゔうっ、うぁ、うぅゔーっ・・・」
ずっと押し留めていたものが一気に溢れ出したように、私は嗚咽した。
悠仁君。
伏黒君。
野薔薇ちゃん。
真希ちゃん。
狗巻君。
パンダ君。
七海さん。
「・・・悟さん」
誰もいない部屋に私の呼びかける声が響く。
「悟さん・・・っ」
お願い、早く帰って来て。
そして、私を目覚めさせて。
こんなのはただの悪い夢だって言って。
「悟さん・・・」
そう、これは悪い夢だ。
ただし、起きていながら見ている夢。
起きていながら見る夢は、いつまでも醒めることはない。
(どうすればいいの・・・?)
こんな世界にひとりで。
ガチャッ・・・
ドアが開く音がして、私はビクッと肩を震わせた。
「新田さん・・・?」
待ちきれずに上がって来たのだろうか。
涙を拭いながら、玄関へむかう。
しかし、そこにいたのは。
「やはり勘が当たっていたようですね」
総監部の、あの左瞼の傷の男がいた。
「・・・っ」
緊張で顔が強張る。
それに対して、左瞼の傷の男は目元に不気味な笑みを浮かべている。
「貴女が、五条悟の妻ですね」
「・・・ち、違う」
「しらばくれても無駄ですよ。ここが五条悟の住居だということは調べがついているのです。ここに立ち入れるという事は、それなりの関係ということでしょう」
「・・・っ」
私は踵を返し、部屋に逃げ込む。
左瞼の傷の男は悠然と歩いて追いかけて来る。
逃げ込める部屋など限られていて、私は簡単に追い詰められ、腕を掴み上げられる。
「いやっ・・・!」
「一緒に来てもらいますよ」
「離して・・・!」
抵抗するけれど、この男は動じない。
「・・・腕の一本でも折れば、大人しくなりますかねぇ」
と、私の腕を捩じろうとした、その時だった。
「!」
突然、男は私の腕から手を放して、身を翻し何かを避ける動作をした。
「・・・この呪霊は・・・」
と男が呟くのを聞いて、私は顔を上げる。
すると目の前に、芋虫のような呪霊が私を庇うようにいた。
「・・・・・・」
一体何が起きているのかわからず呆然としていたら、
「汚らしい手で彼女に気安く触れるんじゃない、猿め」
黒い袈裟姿の男が、私の目の前に現れた。
私は、その男の名前を呼ぶ。
「夏油・・・傑・・・」
この忌まわしい悪夢の首謀者の名を。
五条さんの親友の名を。
つづく
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