「私の代わりはいくらでもいるの」

女型呪霊は言った。

「もし君が今ここで私を祓ったとしても、また別の私が生まれる。そう、私は次々に生まれるの」
「・・・貴女は・・・」

私は恐る恐る口を開いた。

「貴方は、一体何者なの？」

すると、女型呪霊は「ふふっ」と笑ってから言った。

「私は、土の中から生まれたの」

恐ろしい予感が、事実に近づいていく。

「糠田が森の深い深い土の中から。私は、あの土地に永い時より染みついた嘆きから生まれた」


───あれはね、『額多之君』に我が子を生贄に捧げるしかなかった母親たちの無念から生まれたものだよ


彼女は、糠田が森の呪いなのだ。

「ね、名前をつけてよ」

愕然としている私に、女型呪霊は軽いノリで言った。
不意を突かれて、

「ん？えぇ？」

と、思わず間の抜けた声が出た。
女型呪霊はニコニコしながら言葉を続けた。

「まだ名前がないの。だから私に素敵な名前をつけて？」
「え・・・」

そんなことを急に言われても！
戸惑う私に、女型呪霊は言った。

「素敵な名前を付けてくれたら、私は誰も呪わない。約束する！」
「・・・・・・」

そんな約束、信じられるはずがない。

（でも・・・）

私は困惑する頭で必死に考えた。

「ぬ、糠子とか・・・？」

すると、女型呪霊のニコニコしていた顔が急に憮然となった。

「だっさ！なにそれ！絶対にいやぁ～！」
「えぇ～・・・」
「自分は素敵な名前なのに、ズルい！」
「え・・・」
「和紗って、素敵な名前なのに・・・」
「・・・・・・」

私は驚きと恐怖に言葉を失った。
そんな私の様子を見て、女型呪霊は不敵な笑みを浮かべた。

「私は、『魂の皺』を読めるの」

そして、言葉を続けた。

「『魂の皺』は、その個体が持ちうるあらゆる情報が刻まれている。名前、出身地、血液型、誕生日、家族構成。それに、過去や願望も・・・」
「・・・・・・」
「和紗の家族は、お父さんがひとりなのね。でも、お父さんは和紗を捨てた」
「・・・・・・」
「かわいそう・・・」
「おい」

その時、伏黒君が女型呪霊の首元に乱暴に手をかけて言葉を止めた。
そして、締め上げるようにギリギリと手に力を入れる。

「呪い風情がペラペラしゃべってんじゃねぇよ」
「・・・・・・・っ」

女型は締め上げられながらも、怯むことなく伏黒君を見下ろす。

「・・・君の、魂の皺も、読める・・・よ。伏黒恵、君」

絞り出すように言葉を紡ぐ。

「君は、お姉さんが、ひとり。で、も、血は、繋がっ、てないのかな？」
「・・・・・・」
「おねえ、さん、寝たきり・・・呪われ、てるのね」

その言葉に、伏黒君の目がカッと開いた。
私も、その言葉にハッと息を飲んだ。

糠田が森の呪いは、ニヤリと笑みを浮かべて言った。

「好き、なの？」

次の瞬間、呪いの美しい顔がいびつに歪んで次第に塵芥のように崩れていった。
伏黒君が呪力で祓ったのだ。

「何やってんだ・・・」
「だめ、目をあわせちゃ」

呪霊など知る由もない乗客達は、遠巻きに白い目で私たちを見ている。
だけど停車駅に着くと、乗客の入れ替わりもあって、誰も私たちのことを気にしなくなった。
それでも私たちは、しばらく無言でただジッと座っていた。
しばらくして、

「・・・ヤツの目的がなんなのかはわからない。でも」

伏黒君が口を開いた。
私は伏黒君の顔を見返した。
伏黒君はいつものように冷静な顔だったけれど、その口調はいつになく重かった。

「確実なのは、糠田が森の呪いのフェイズが変わったことだ」