第18話 帰郷
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「・・・・・・」
その人物が障子の向うからスッと姿を現した。
「・・・・・・」
その人は、博おじさんと同じ年ぐらいの中年男性だ。
その男の人は、どこか居たたまれない様子でオズオズと私の前に立った。
「・・・え」
私は言葉を失った。
その男の人は緊張した面持ちをゆっくりと上げた。
そして私と視線が合うと、その表情は次第に柔らかくほぐれていき、
「和紗」
と、私の名前を呼んだ。
白髪が増えた。
目元の皺も、頬を通るほうれい線も深くなった。
だけど、それ以外は何も変わっていない。
私の名前を呼ぶ声。
私を見つめるまなざし。
私が幼かった頃、人からよく似ていると言われていた瞳。
「・・・お父さん・・・」
今私の目の前に立っているのは、私のお父さんだった。
「和紗ちゃんのお父さんは現在 、神戸で店をやってるそうだ」
博おじさんが言った。
「共通の取引先の社長から、そのお店と店主の話を聞いてね・・・。もしかしたらと思って、連絡先を教えてもらって連絡を取ってみたら、それが和紗ちゃんのお父さんだったんだよ!すごいと思わないかい?で、私が一度くらい糠田が森に帰るよう説得したんだよ」
と、博おじさんはドヤ顔で興奮気味な口ぶりだ。
感動的な父娘の再会。
それを演出した自分の手柄に酔っているようだった。
しかし。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
当の父娘は涙するどころか気まずそうに黙っているだけなので、その口ぶりは次第に意気消沈していった。そして、
「つ、積もる話はあるだろうが、とりあえず法要を済ませようか」
と、戸惑い気味に言った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お坊さんがお経を読み上げている間も、私は全く集中することが出来なかった。
その間、何度も何度も何度も隣のお父さんの横顔を盗み見した。
紛れもなく、他の誰でもない、私のお父さんだ。
それなのに、誰よりも遠い人に感じる。
「じゃあ、私はここで。あとは親子水入らずでごゆっくり」
法要が終わった後、博おじさんはそう言い残してそそくさと立ち去って行った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
残された私とお父さんは、何を話すでもなく隣に並びながら、ゆっくりと参道の坂を下っていった。
しばらく無言で歩いていると、
「博から聞いたよ。東京の製菓専門学校に通ってるんだってね」
と、お父さんが話しかけてきた。
「・・・うん」
と、私は頷いた。
すると、お父さんはそれ以上は何もきかずただ微笑んでいた。
(神戸でお店をやってるって言ってたな)
それは、和菓子のお店なんだろうか。
訊きたいことは山のようにあるのに、なんだか遠慮して口にすることが出来ない。
「・・・『つるぎ庵』」
その時、ぽつりとお父さんが呟いた。
「え?」
私が聞き返すと、お父さんは私の方を見てもう一度言った。
「『つるぎ庵』。随分と変わったんだね。びっくりしたよ」
「あ、うん・・・」
「あれは、もう別の店だな」
「うん・・・。そうだね」
「・・・でも、あれで良かったと思う」
お父さんの言葉に、私は視線を上げてお父さんの顔を見た。
「父さんのやり方じゃ、今の時代にそぐわなかった。博のやり方で正しかったと思うよ」
その言葉を聞いて、私の胸はきりっと痛んだ。
やっぱりお父さんとおじいちゃんの間には確執があって、お父さんは『つるぎ庵』を疎ましく思っていたのだということがわかったから・・・。
そして糠田が森へ帰って来たのも、きっと博おじさんにしつこく言われたからで、そうでなきゃ本当は帰って来るつもりもなかったんだろうってこと。
私に、こうして会うつもりもなかったんだろう。
「えっと・・・」
参道を下り終えて、私はお父さんに尋ねてみた。
「どうする?立ち話もなんだし・・・どこかお店に入る?」
「いや、お店はちょっと。人の目もあるし」
「・・・・・・」
お父さんが、両親と娘、そして自分が継ぐはずだった店を捨てるように出て行ったことは、糠田が森中に知られていることだった。
村の人達には自分は良く思われていない、お父さんはそう思っているのだろう。
「あそこはどうかな」
ふと思いついたようにお父さんは言った。
「『額多ヶ守』。あそこなら人の目を気にせず話せる」
「・・・・・・」
そうして、私とお父さんは『額多ヶ守』に向かった。
その人物が障子の向うからスッと姿を現した。
「・・・・・・」
その人は、博おじさんと同じ年ぐらいの中年男性だ。
その男の人は、どこか居たたまれない様子でオズオズと私の前に立った。
「・・・え」
私は言葉を失った。
その男の人は緊張した面持ちをゆっくりと上げた。
そして私と視線が合うと、その表情は次第に柔らかくほぐれていき、
「和紗」
と、私の名前を呼んだ。
白髪が増えた。
目元の皺も、頬を通るほうれい線も深くなった。
だけど、それ以外は何も変わっていない。
私の名前を呼ぶ声。
私を見つめるまなざし。
私が幼かった頃、人からよく似ていると言われていた瞳。
「・・・お父さん・・・」
今私の目の前に立っているのは、私のお父さんだった。
「和紗ちゃんのお父さんは
博おじさんが言った。
「共通の取引先の社長から、そのお店と店主の話を聞いてね・・・。もしかしたらと思って、連絡先を教えてもらって連絡を取ってみたら、それが和紗ちゃんのお父さんだったんだよ!すごいと思わないかい?で、私が一度くらい糠田が森に帰るよう説得したんだよ」
と、博おじさんはドヤ顔で興奮気味な口ぶりだ。
感動的な父娘の再会。
それを演出した自分の手柄に酔っているようだった。
しかし。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
当の父娘は涙するどころか気まずそうに黙っているだけなので、その口ぶりは次第に意気消沈していった。そして、
「つ、積もる話はあるだろうが、とりあえず法要を済ませようか」
と、戸惑い気味に言った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お坊さんがお経を読み上げている間も、私は全く集中することが出来なかった。
その間、何度も何度も何度も隣のお父さんの横顔を盗み見した。
紛れもなく、他の誰でもない、私のお父さんだ。
それなのに、誰よりも遠い人に感じる。
「じゃあ、私はここで。あとは親子水入らずでごゆっくり」
法要が終わった後、博おじさんはそう言い残してそそくさと立ち去って行った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
残された私とお父さんは、何を話すでもなく隣に並びながら、ゆっくりと参道の坂を下っていった。
しばらく無言で歩いていると、
「博から聞いたよ。東京の製菓専門学校に通ってるんだってね」
と、お父さんが話しかけてきた。
「・・・うん」
と、私は頷いた。
すると、お父さんはそれ以上は何もきかずただ微笑んでいた。
(神戸でお店をやってるって言ってたな)
それは、和菓子のお店なんだろうか。
訊きたいことは山のようにあるのに、なんだか遠慮して口にすることが出来ない。
「・・・『つるぎ庵』」
その時、ぽつりとお父さんが呟いた。
「え?」
私が聞き返すと、お父さんは私の方を見てもう一度言った。
「『つるぎ庵』。随分と変わったんだね。びっくりしたよ」
「あ、うん・・・」
「あれは、もう別の店だな」
「うん・・・。そうだね」
「・・・でも、あれで良かったと思う」
お父さんの言葉に、私は視線を上げてお父さんの顔を見た。
「父さんのやり方じゃ、今の時代にそぐわなかった。博のやり方で正しかったと思うよ」
その言葉を聞いて、私の胸はきりっと痛んだ。
やっぱりお父さんとおじいちゃんの間には確執があって、お父さんは『つるぎ庵』を疎ましく思っていたのだということがわかったから・・・。
そして糠田が森へ帰って来たのも、きっと博おじさんにしつこく言われたからで、そうでなきゃ本当は帰って来るつもりもなかったんだろうってこと。
私に、こうして会うつもりもなかったんだろう。
「えっと・・・」
参道を下り終えて、私はお父さんに尋ねてみた。
「どうする?立ち話もなんだし・・・どこかお店に入る?」
「いや、お店はちょっと。人の目もあるし」
「・・・・・・」
お父さんが、両親と娘、そして自分が継ぐはずだった店を捨てるように出て行ったことは、糠田が森中に知られていることだった。
村の人達には自分は良く思われていない、お父さんはそう思っているのだろう。
「あそこはどうかな」
ふと思いついたようにお父さんは言った。
「『額多ヶ守』。あそこなら人の目を気にせず話せる」
「・・・・・・」
そうして、私とお父さんは『額多ヶ守』に向かった。