第12話 回想、糠田が森
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「もう、おじいちゃんたらまたうたた寝して!」
用事を終えて居間に戻ってきた和紗は、畳で眠りこけるおじいちゃんを見つけて呆れるように言った。
和紗に頼まれて、おじいちゃんを寝室に運ぶ。
仏間でもあるその部屋は、和紗の祖母と母親らしき二人の女性の遺影と、思い出の写真が幾つも飾られていた。
「・・・・・・」
そこに、父親の写真は一枚もなかった。
おじいちゃんを布団に寝かせて、僕と和紗は居間に戻った。
ようやく家事を終えた和紗は、ちゃぶ台を挟んで僕の前に座った。そして、ハンドクリームを手に塗り始めた。
その姿を目にしたら、得も言われぬ気持ちが胸の中にむくむくと広がっていくのを感じた。
「貸してみ?」
と僕が声をかけると、和紗は目をまたたかせる。
戸惑う和紗からハンドクリームを受け取ると、半ば強引にその手を取ってマッサージしてやる。
カサカサに荒れた小さな手。
若い女の子の手じゃなくて、年齢以上の働きをしてきた手だ。
和紗の手に触れながら思う。
こんな仕事してりゃ、任務先でのドロドロした生臭い人間模様なんて飽きるほど見聞きしてきた。
(そもそも呪術師の家系がドロドロしてるしさぁ。禪院家とか加茂家とか)
鶴來家の事情もさして特別なものじゃない。
それに、事情を知ったところでいちいち感情移入なんてしてちゃ身が持たない。
だからせめて、僕がこのコにしてやれること。
優しく丁寧に和紗の手を撫でてやる。
この気持ちが、同情なのかなんなのかわかんないけど。
「・・・五条さん」
ふいに和紗が口を開いた。
「私、本当に東京行ってもいいのかな?」
僕の答えは明確だ。
だけど、その答えを告げることはしなかった。
「それは、和紗が納得する道を選ぶことだよ」
代わりに、こんな言葉を口にしていた。
「人が選択していくうえで、正しい道なんてものはない。そこには納得するかしないかしかないんだよ」
───そう。正しい道なんてない。
生き方を決めて、自分に出来ることを精一杯するしかない。
その深夜。
和紗が眠りにつくのを待ち、一階に降りて『つるぎ庵』の工房に入った。
「・・・・・・」
軋む工房の床板をそっと外して、その床下を覗き込む。
そして、目隠しを外した目でじっと地面に目を凝らす。
浮かび上がる残穢。
間違いない。
呪物『明埜乃舞降鶴乃御砡』はここに安置されていた。
そして、そのレプリカとなる呪玉を造っていた職人たちの子孫が、おじいちゃんや和紗・・・鶴來家の人間だ。
(・・・僕の推測だけど)
おそらく『明埜乃舞降鶴乃御砡』は、術式で『退魔の力』を物体化させたものだ。現在はその形は消えてなくなり、あるのは残穢だけ。
しかし、今でも蠅頭の抑止力となっている。
おそらく、おじいちゃんが『あけづる』を造る際に生まれる呪力が飛び火して、一時的にその効果が戻るのだろう。
そして、『あけづる』を折々に食べさせることで内側から村人を呪いに耐性をつける。
そうして、ずっとずっとこの村を護ってきた。
(・・・人柱か)
おじいちゃんの生き方がそうだと僕も思わないけれど、強い意志と覚悟がなければそんな風に感じてしまう生き方になるのだろう。
和紗の父親はその覚悟がなかったのだろう。
だから、逃げた。
「・・・・・・」
和紗には、強く自分の生き方を決めてほしい。
そして、もしここにいることを決めたなら、あの荒れた手を撫でてやれる誰かがそばにいたらいいと思う。
(って、余計なお世話か)
僕は顔を上げて目隠しを付け直した。
そして床板を元に戻して、二階へ戻った。
───翌朝。
高専から緊急任務で呼び出されて、僕は東京に戻ることになった。
用事を終えて居間に戻ってきた和紗は、畳で眠りこけるおじいちゃんを見つけて呆れるように言った。
和紗に頼まれて、おじいちゃんを寝室に運ぶ。
仏間でもあるその部屋は、和紗の祖母と母親らしき二人の女性の遺影と、思い出の写真が幾つも飾られていた。
「・・・・・・」
そこに、父親の写真は一枚もなかった。
おじいちゃんを布団に寝かせて、僕と和紗は居間に戻った。
ようやく家事を終えた和紗は、ちゃぶ台を挟んで僕の前に座った。そして、ハンドクリームを手に塗り始めた。
その姿を目にしたら、得も言われぬ気持ちが胸の中にむくむくと広がっていくのを感じた。
「貸してみ?」
と僕が声をかけると、和紗は目をまたたかせる。
戸惑う和紗からハンドクリームを受け取ると、半ば強引にその手を取ってマッサージしてやる。
カサカサに荒れた小さな手。
若い女の子の手じゃなくて、年齢以上の働きをしてきた手だ。
和紗の手に触れながら思う。
こんな仕事してりゃ、任務先でのドロドロした生臭い人間模様なんて飽きるほど見聞きしてきた。
(そもそも呪術師の家系がドロドロしてるしさぁ。禪院家とか加茂家とか)
鶴來家の事情もさして特別なものじゃない。
それに、事情を知ったところでいちいち感情移入なんてしてちゃ身が持たない。
だからせめて、僕がこのコにしてやれること。
優しく丁寧に和紗の手を撫でてやる。
この気持ちが、同情なのかなんなのかわかんないけど。
「・・・五条さん」
ふいに和紗が口を開いた。
「私、本当に東京行ってもいいのかな?」
僕の答えは明確だ。
だけど、その答えを告げることはしなかった。
「それは、和紗が納得する道を選ぶことだよ」
代わりに、こんな言葉を口にしていた。
「人が選択していくうえで、正しい道なんてものはない。そこには納得するかしないかしかないんだよ」
───そう。正しい道なんてない。
生き方を決めて、自分に出来ることを精一杯するしかない。
その深夜。
和紗が眠りにつくのを待ち、一階に降りて『つるぎ庵』の工房に入った。
「・・・・・・」
軋む工房の床板をそっと外して、その床下を覗き込む。
そして、目隠しを外した目でじっと地面に目を凝らす。
浮かび上がる残穢。
間違いない。
呪物『明埜乃舞降鶴乃御砡』はここに安置されていた。
そして、そのレプリカとなる呪玉を造っていた職人たちの子孫が、おじいちゃんや和紗・・・鶴來家の人間だ。
(・・・僕の推測だけど)
おそらく『明埜乃舞降鶴乃御砡』は、術式で『退魔の力』を物体化させたものだ。現在はその形は消えてなくなり、あるのは残穢だけ。
しかし、今でも蠅頭の抑止力となっている。
おそらく、おじいちゃんが『あけづる』を造る際に生まれる呪力が飛び火して、一時的にその効果が戻るのだろう。
そして、『あけづる』を折々に食べさせることで内側から村人を呪いに耐性をつける。
そうして、ずっとずっとこの村を護ってきた。
(・・・人柱か)
おじいちゃんの生き方がそうだと僕も思わないけれど、強い意志と覚悟がなければそんな風に感じてしまう生き方になるのだろう。
和紗の父親はその覚悟がなかったのだろう。
だから、逃げた。
「・・・・・・」
和紗には、強く自分の生き方を決めてほしい。
そして、もしここにいることを決めたなら、あの荒れた手を撫でてやれる誰かがそばにいたらいいと思う。
(って、余計なお世話か)
僕は顔を上げて目隠しを付け直した。
そして床板を元に戻して、二階へ戻った。
───翌朝。
高専から緊急任務で呼び出されて、僕は東京に戻ることになった。