第38話 額多之君

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ヒロインの腹違いの妹

「これは、森・・・?」

初めて『額多ヶ守』を見た時、そんな言葉が出た。
実際には森と呼べるほど『額多ヶ守』は広くないけれど、当時まだ幼かった私の目には、木々が鬱蒼とする深い深い暗闇は、果てしないものに映ったのだ。

「『額多ヶ守』だ」

おじいちゃんが言った。

「『額多之君』が暮らしていた屋敷跡だ」

『額多之君』。
平安時代。京の都に存在した美しく、聡明で、優れた和歌の才能を持つお姫様。
『額多之君』は有力貴族に見初められ嫁いだけれど、子に恵まれず、次第に夫の心は『額多之君』から離れていった。
『額多之君』は夫の心離れを責め、その聡明さが仇となり、夫から疎まれ、京の都から遥か遠くの地へ追いやられることになった。
それがここ糠田が森だと、おじいちゃんは言った。
『額多之君』は自分の不遇の身を呪ううちに、邸宅の近くの村に次々と災いをもたらす恐ろしい化物になってしまったのだという。

「可哀想なお姫様だろ」

と言いながら、おじいちゃんは『額多ヶ守』を取り囲む瑞垣の前に出来たての『あけづる』を置いた。
おじいちゃんの言葉に納得出来ず、私は首を傾げた。

「可哀想っていうか、怖い。それに、糠田が森の人々を苦しめたんだから、悪い人だよ」
「確かにな」

私の言葉に頷きつつ、おじいちゃんは言った。

「・・・悪い奴は可哀想な奴なんだよ」

その言葉は幼い私の心に強く残り、『額多之君』の印象を変えた。



───しかしその実像は、夫とその愛人たちを呪力で殺めた呪詛師───



「わらわは、額多之君」

そして今、私の身体に受肉し自らを名乗っている。

「どういうことだ」

驚きながらも、九十九さんが口を開いた。

「何故、和紗に受肉を?それに、受肉しながら何故肉体を乗っ取らない?」

私はすぐに気づいていた。
羂索の仕業だ。
方法はわからないけれど、羂索は私に術式を発揮するための脳の構造と、『泳者プレイヤー』のマーキングを施しただけでなく、呪物化した『額多之君』を取り込ませたんだ。
それをお母さんが身代わりに負い被って、そして今、私の元へ戻って来たんだ。

「・・・先の問いに対する答えをわらわは持ち合わせておらぬ」

私の頬に出現した『額多之君』の唇が言葉を発する。

「後の問いかけについては、この娘に耐性があること。何より肉体を乗っ取ることを妾が望んでおらぬ。わらわが望むのは、存在の消滅じゃ」

消滅。
その言葉に、私と九十九さんに再び緊張感が走る。
それと裏腹に、『額多之君』は物憂げに語り続ける。

「一時、その望みが叶えられたかのように思えたが・・・よもや再びこうして目覚めるとはの・・・」
「・・・消滅って」

私は言った。

「まさか、私に自殺させて自分も消えるつもりじゃ」
「自殺?」

『額多之君』は不思議そうにそう言った後、フッと小さく笑った。

(なんかバカにされてる!?)

「たわけ。術師が自死すれば自らの呪力が転じて呪霊となるのじゃ。そのことこそ、わらわが最も忌避すること」
「・・・・・・」

その時、昔、おじいちゃんが語っていた言葉が脳裏に過ぎった。


『可哀想なお姫様だろ』


そうだ。
『額多ヶ君』は決して呪霊になりたくてなったわけじゃないんだ。

「ま、何にせよ。和紗の邪魔をするつもりはないんだな。出来ればこのままおとなしくしててくれないかな?」
「・・・・・・」

九十九さんの呼びかけに『額多之君』は答えず、

「だが、この娘と共生するつもりもない」

とだけ言うと、消えて沈黙した。

「・・・・・・」

私と九十九さんはまだ困惑したまま、互いの顔を見合った。

「まったくとんだサプライズだな」

九十九さんが気持ちを切り替えるべく言った。

「とりあえず、術式は取り戻した。『額多之君』をどうするかは、今後考えよう。今は『死滅回游』から和紗のお父さん達を助けることを優先だ」
「・・・はい」
「さあ、帰ろう」

そうして、私達は『香志和彌神社』から立ち去るべく長い石段を降り始めた。
しかしその途中で、

「はぁ・・・はぁ・・・」

呼吸が苦しくなり、次第に意識が朦朧として、私は遂には崩れ落ちるようにしゃがみ込んでしまった。

和紗?」

九十九さんが振り向き、こちらに駆け寄る。

「大丈夫か?しっかりしろ」

しかし、そのまま私は意識を失ってしまった。
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