鍋
「あ!」
「何兄さん?」
「寒い時期にアツアツのおでんと言ったらあれをやるしかないよね!」
「…」
そう言う兄の目は星が入っているのではないかという程キラキラ輝いている。
こういう時の彼が考えていることは、比較的ロクでもない事のほうが多い。
やれやれと思いつつ彼の考えを聞くだけ聞こうとも思いながら、「何を?」とルイージは尋ねた。
「何ってあれだよ!」
そうウキウキとした表情で言う兄は子どものようで可愛い。そう思いにやけている弟もまたロクでもないのだ。
「あれ…というと?」
「もう、分からないのかい?二人羽織だよ!」
・・・。
「はい!?」
何でそうなるの!?と言いたくなったが、我が可愛い兄の為ここはぐっと我慢していたルイージであった。
十数分後
「よし、粗方準備は整ったかな」
テーブルの上には、カセットコンロにかけられたおでんが入った鍋、お箸にお皿、そして羽織。それを準備したマリオも満足気だ。
(やっぱ本当にやるんだ…)
言い出したら聞かない性分もあって黙っていたが、まさか本当にやるとは思っておらず諦めの表情を浮かべていたルイージだったが、ふとある1つの疑問を思い浮かんでいた。
(そういえば、どっちが後ろの方をやるんだろう…?)
二人羽織といったら、2人で1つの羽織を着て、後ろになった人が前の人にご飯を食べさせてみたりする芸だ。
(その芸で何故おでん!?とも思うけど、これは案外チャンスなのかも)
ぐふふとニヤつく弟の目線のさきには、愛すべき兄の後ろ姿。
(もし僕が後ろ側だったらあんなことやこんなことまで惜しみなくできるのにな)←
残念な髭の妄想は尽きない←
「さて!じゃあ始めるよルイージ!」
「う、うん。あのさ兄さん」
「?」
「やるんだったら僕、後ろ側がいいなぁ」
そう言うルイージは指と指をつんつんとさせている。おねだりする際、昔からの彼の常套手段(という程でもないが)だ。兄としての優しさ故かマリオは十中八九こうしながら言うと聞いてくれる。
…のだが
「うーん、後ろかぁ。僕も後ろがいいんだよねぇ」
「え?そうなの?」
余程やりたかったようです。
「前からさぁ、こういうのやってみたかったんだよねぇ!」
そう言いながらマリオは羽織を身に纏っていた。
「そ、そうなの?」
「うん!」
(まぁ、いいかぁ。兄さん1回後ろやったら交代してくれるって言ってたし。お楽しみは後にとっておくのもいいかもね)
そうルイージが思っている間にマリオは背後をとっていたようで、後ろから声が聞こえてきた。
「さぁルイージ!じっとしてて…」
そうしてマリオは後ろから羽織をルイージにかけた。そして前の紐を手探りで見つけ結んでいく。
「!?//;」
この時ルイージは雷が落ちたようなとてつもない衝撃を受けていた!
(に、兄さんが…自ら僕に抱き着いている…っ!!?//)←
今まで抱き着かれることはおろか、抱き着こうにも邪魔が入り中々できない中。こんな形で兄に抱き着かれるとは思ってもいなかっただけにその衝撃は大きかった。
そう、自分が今置かれている状況に気付けない程に。
(兄さんからこんなに密着してくれるなんて!こんなに嬉しいことはないよ…!あ、ヤバい鼻血出そう//)←
「さて、じゃあ手始めに…大根…これかな…?」
(あぁ、兄さんの鼓動や温もりが僕に伝わってくる!これはある意味前の方で良かったかもしれない!それにその後も交代で今度は僕から兄さんに…って、こんなに上手くことが運べているなんておかしいかもしれない。もしかして夢…)
ベチャ
「じゃなかったあああああああっつううういいいっっ!!!?」
自分の世界に入ってだらけきったルイージの頬へ熱々の大根が見事命中!ルイージは飛び跳ね水道へ駈け込んでいくのであった。