女のヒーロー

~クッパ城~

燃えたぎるマグマの中心に鎮座するクッパ城。
我が城だと主張せんばかりに巨大な城の主の顔が壁にデザインされている。
マグマの暑さにも耐えられるよう作られた分厚い岩の壁は黒く暗く、まるでこの城の主のようだと、人質として捕えられているキノコ王国王子ピーチは溜息をつきながらそう思うのだった。


(まさかこのような事態になってしまうとは…、国の者は大丈夫なのだろうか…)


何故彼が人質としてこの城に幽閉されることになったのか。


それは、つい先日におきたクッパ軍による奇襲が原因だった。
ピーチは、王国の中でも1、2を争う程の魔法の使い手。その上剣術も心得ており、剣と魔法を合わせた戦法を得意としていた。

だが、相手がクッパとなると話は別。彼率いる王宮の兵士は懸命に闘ったが、クッパ率いるクッパ軍のほうがパワー、数共に抜きんでていたのだ。

敗北したピーチは捕えられ、王国を降伏させる為の餌としてこの部屋に軟禁されているのだった。

(格子の向こうは火の海、腕の錠のせいで動きようにも動けないしな…。はてさてどうしたものか…)


そうピーチが悩んでいる時…


ガチャ!ギイイ…

「?」


突然この部屋の扉が開いた。このような所に来るのは、看守と食事を持ってくる兵士位だ。だが今は食事の時間ではない…。まさかクッパか…?

そう感じ少し身構えるピーチとは裏腹に、扉はゆっくりと開き、そこから1人の人間が入って来た。

その人間はピーチよりも背は小さく、Mのマークがついた大きめの赤い帽子を被り、青くて少しだぼついたオーバーオールを着ていた。

髪は大きな帽子にすっぽりと入っているようで、こちらからは見えない。そして何よりくりっとした大きな目、瞳は澄みきった青い色をしていた。

(少年…か?だが何故こんな所に…?)

こんな華奢な身体で自分でさえ敵わなかった敵の本拠地にどうやって侵入できたのか?この部屋に来る為にはクッパがいる部屋を通らなければならない。クッパは一体どうしたというのだ?

疑問が渦巻く中、目の前の少年?はそんなピーチのことなどお構いなしで話し始めた。


「お初にお目見えかかりますピーチ王子。貴方を助けに来ました」


「!?」


余りの予想外の発言にピーチは思わず目を見開いた。この目の前にいる自分よりも小さく華奢な少年がこの自分を助けにここまで来たというのか。

先程からの疑問といい、この者に対する不安が拭いきれない。


「?、どうしたのですか?」


「…本当にこの私をここから出してくれるというのか?」

「はい!そのつもりで、この錠の鍵を持ってまいりました」

「な!?」


その少年が待っている鍵束にピーチは見覚えがあった。

(間違いない。あれはいつもここの看守が腰にぶら下げていた鍵束…!ということは…此奴本当に…)

ピーチがそう思っている中、目の前の少年は手際よく錠の鍵を見つけピーチの錠を外した。


ガチャン!


「すまない。…そういえばそなたの名前を聞いていなかったな」

「え?名前…ですか?」

「あぁ、名を何というのだ?」

「僕は…ただの通りすがりの冒険家です」

「?」


名を明かしたら何か困ることでもあるのか?とも思ったが、助けてくれたこともあり、ピーチはあまり追及しないことにした。


「さぁ、早くここから脱出しましょう」


その少年の言葉にピーチは頷き、この部屋を出ることにした。


「そういえば、クッパはどうなったのだ?」


ピーチは走りながら、先を走る少年に気になっていたことを尋ねた。


「クッパなら、橋からマグマに落ちてっちゃいました」

「な、何だと!?」


あのクッパがマグマダイブだと!?にわかには信じられないことだが…どんな強者でも最期は案外あっけないものなのかもしれない。


そう思っていた矢先…


ザバーーーン!!


「「!?」」


突然近くのマグマから間欠泉のごとく1本の巨大な火柱が出てきた!熱風が起こる中、その火柱の中から1つの影が飛び出し2人の目の前に降り立ったのだ。


「!?」

「く、クッパ…!?」


2人が驚愕するのも無理はない。あのマグマの中から飛び出してきたのだから。


「小僧…さっきはよくも我輩をマグマダイブさせてくれたな。魔力でバリアしていなかったら死んでいた所だ」

「くそ…生きていたとは…!」

「王子!先にお逃げください!ここは僕が引き受けます」

「!?」


ピーチはその答えに悩んだ。先程の錠の一件もあり、ここに来るだけの実力はあるはずだ。…だが、こんな小さくて華奢な少年を1人置き去りにして自分だけが助かるというのも、1人の男としてピーチのプライドが許さなかった。


「ふん!どの道2人共逃がす訳などなかろう。ここで黒焦げになるがいい!」


ボオオオオオ!!


クッパは2人目掛けて火を噴いた!その火は大きく、当たったら文字通り黒焦げにされてしまうだろう。その巨大なブレスが2人に襲い掛かる!


「!?しまっ…!」

「危ない!!」

「!?」


咄嗟の事で動けなかったピーチを少年は押し、一緒に倒れ込んだ刹那、事件は起こった。


倒れ込む際に、少年が被っていた赤い帽子が取れたのだ。


そしてピーチとクッパは見た。…見てしまった。


帽子が取れ、帽子の中に隠れていたサラサラと舞う少し長めの髪…セミロング位だろうか…


倒れた時、小さく漏れ出た「きゃ」という可愛らしい声…

(な、なん…だと…!!?)

「いたた…」

「お…」

「女だと…!!?」

(そうか…そうだったのか…)


会ったときの違和感はこれだったのか…!


クッパはあまりの出来事にただその場を見つめることしかできなかった。そしてピーチも衝撃こそ覚えたが、どこか納得した表情を浮かべていた。


「!?、しまった!」


少年…いや彼女は急いで帽子を拾い被り直した。

その焦っている所がまた今まで出すことのなかった女らしさを感じさせられる。


(帽子を取っただけなのにな)

何故かそれが可愛らしいと感じてしまっている。自分はここまで単純なのか、と思えてしまう位。

だがそう感じているのはどうやらピーチだけでは無かったようだ。


「ガハハハハハ!帽子を取っただけでこうも印象が変わるとはな」

「!?;」

「おい王子、そこの女をこちらによこせ。さすれば貴様を見逃してやってもいいぞ」

「「!?」」

(此奴…!何を言うかと思ったら…!)

いきなりの条件に2人とも驚きの色を隠せない。クッパは何を考えているのか?
だが、奴が彼女に向けているその視線は、先程の殺意とはまた違う、男としての欲を孕んでいるものだと何となくピーチは察した。

「お前自身が焼き殺そうとしていた彼女をよこせだと?一体どういう風の吹き回しだ」

「そいつは我輩をマグマダイブさせ、貴様を見事ここまで連れ出すことのできた女だ。俄然興味が湧いてくるのも無理なかろう?」

そうだろ?というような目つきでクッパは2人を見る。その視線に苛立ちながらも、ピーチは彼女の方へと視線を向けた。帽子のせいで表情は分からないものの、1歩2歩と後ずさりしているのが見えた。やはり彼女も嫌に決まっている。


ならば、もう迷う必要もあるまい。


「すまないなクッパ」

「「!?」」


ピーチはそう言うや否や、彼女の肩に手をあて自身の方へぐいっと引き寄せたのだ。
これには2人も驚きを隠せない。

「彼女は私のものだ」

「お、王子…!?」

「今まで迷っていたが、正直君を置いて逃げたくなんてないんだ」

そう、ずっとあの言葉に従おうか否か迷っていたのだ。だが、彼女が女であるなら話は別。どんなに彼女が強かろうが女一人残していくなんて男が廃る!
そんな彼女はピーチの発言に少々驚いたようだった。

「ぇ…?」

「一緒にここから出ようではないか」

「は、はい…」

この一部始終に腹を立てたのはクッパだ。頭にピキピキと血管が浮き出ているのが分かる。

「貴様…どうやら本当に死にたいらしいな」

「私は死ぬつもりなど毛頭ない。という訳で国へ帰らせてもらう!」

「ふざけるなああーー!!」


ダダダッ!!


クッパは叫ぶと共にピーチ目掛けて走り出した!何か攻撃を仕掛けてくるつもりだ!


そうピーチが理解した瞬間…!


フッ


「「!?」」


クッパの目の前に人影が現れた。そしてその正体を見たときピーチとクッパは目を大きく見開いた。


(何故彼女がクッパの目の前に…!?)


そう、ピーチがさっきまで抱き寄せていた彼女だった。しかもいつのまにか大きなハンマーを構え、今まさにクッパに振るわんとしていたのだ。


「えいっ!!」


ドゴッ!!!

「ガハッ!!!」


振るったハンマーは見事クッパの腹に命中!そしてそのまま…


「ぎゃああああああああ!!!」


ドゴーーーーーン!!!


天井を突き破り、クッパは瞬く間に空の彼方へと飛んで行ったのだった。


(なんというスピードにパワー…!)


これが彼女の実力なのか…!ピーチはその事実に身震いした。彼女のどこからあんな力が出ているのか疑問で仕方が無かった。だがその反面その気丈な姿に美しさをも感じていた。

(とても素晴らしい力だ。彼女が男だったら我が王国の守備隊隊長として迎え入れていたというのに)

そんな彼女はこちらに気付き駆け寄ってきた。

「王子、お怪我はありませんか?」

「いや、無い。大丈夫だ」

「もうすぐここにも追手が来ます。今の内にここから脱出しましょう」

「そうだな」


こうして2人は無事クッパ城から脱出できたのだった。
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