マリサム話

「この子、抱いてみます?」

「え?」

その言葉を聞きビックリしながら目の前にいる母親の顔を見る。
とても穏やかな表情をしていた。


≪好奇心と懇願と…≫



久し振りに買い物でも…と、単身町へくりだしたのがつい先ほど。そして店に行く途中、目の前にいる赤ん坊を抱いた母親が私のもとへ話に来たのだ。彼女曰く私のファンらしい。
握手をした後の意外な一言に私は戸惑いを隠せなかった。

「いいのですか?私が…」

「えぇ、いいですよ」


そう言って母親は私の方へと赤ん坊をよこしたのだ。私は戸惑いながらも赤ん坊を受け取りそっと抱く。


小さい割にはずっしりとくる重み。しっかりと支えていなければ落としてしまいそうな安定の無さ。そして私の手や腕、身体から感じる温かみ。呼吸をする音。それらが、小さいながらも確かに生きていると感じさせている。

身体も頭も手も口も全部が全部小さい。なのに瞳だけは大きく、吸い込まれてしまいそうに綺麗…。
ずっと傍にいてあげたい、守ってあげたいと思ってしまう位…。

「かわいい…」

つい、そう呟いてしまう。きっとこれを俗に言う母性本能ってやつだ。



でも、そんな時…




とてつもなく異質なモノも込み上げてくる…。








コレを地面に叩きつけたらドウナルンダロウ・・・?




ヤッテミヨウ?




そう思った後、地面に叩きつけられ、地面を跳ねる赤ん坊、泣き叫ぶ母親の姿が鮮明に頭の中をよぎった。



あぁ、それは…嫌だな…。



そう感じた途端



「…!?;」


意識が我に返る。


ドクンドクン…


鼓動が早まる。




…知らない。



私は赤ん坊を抱く腕の力を少しだけ強めた。その子が生きられるように。私がソレをしない為に…。


…知らない、こんなの…。


「ありがとう、可愛いわね」

「いえいえ」


私は平静を装いながら母親に赤ん坊を返すと、そそくさと別れを告げ、そこを離れた。彼女達の為に。私の為に…。


これは、俗に言う何…?


なんで、なんで…?


何故こんなことを思ってしまうの・・・?


私は怖かった。


守りたい。そう思っている筈なのに、それとは正反対のことを考えてしまっている自分に。
コレは、本当に私なの・・・?


好奇心にも似た、試したくてうずうずしているこの感じ。まるで子どものような、幼稚で残虐な発想。


まるで、もう1人の自分がいるみたいに、思いたくもない好奇心が疼く、…疼く。


バタン


「…」


私は自室のドアを閉め、ベッドに腰掛ける。


ドクンドクン


心拍数は上がったまま、心臓が身体を素早く打ち鳴らす。それがやたら耳につく。


コンコン

「サムス、いる?」

「…」


その扉の向こう側から聞こえてくる声。その主は、私が今一番会いたくない人物であり、…一番会いたい人物でもある。


あぁ本当…。


何故こんな時に限って貴方はこうしてやってくるのかしら…。


「サムス…開けるよ?」


ガチャ


私が何も返事をしないのにしびれを切らしたか、彼は私の部屋に入って来た。

もしこれが彼以外の輩なら、平気でパラライザーを奴ら目掛けて打っていたであろう。

それをしないのは、彼は、私にとって…信頼のおけるとても大切な人だからだ。


赤い帽子に青いオーバーオール。相変わらずの服装の彼は、部屋に入ると迷わず私の目の前に来た。
ベッドに腰掛けているからか、彼と丁度同じくらいの目線になった。澄んだ青い瞳がとても綺麗…。


「サムス、どうしたんだい?…何かあった?」

これでも一応ポーカーフェイスは装える方だ。でも、どうしても、彼には私の表情を読み取られてしまう。…私が悔しいと思えてしまう程。

「いえ、別に…。何故そう思ったの?」

「…。いや、君が帰って来た時、何か思いつめていたような顔をしていたから。…それに…」


スッ…


彼は自らの手を私の頬に当てた。その手は、とても優しく、恐怖や嫌悪なんて一切感じられなかった。


「…今にも泣き出しそうな顔をしているから…」

「…!?」


私は驚いた。平気そうに振る舞っていた筈なのに、それが全く意味を成していなかったから。


「ねぇ…、話してくれるかい?」

「…;」


彼には嘘はつけない。



今までの経緯でそう感じている私は、渋々今までの事を話した。

彼は私の隣に座り、最後まで黙って私の話を聞いていた。


私が一通り喋り終わると、暫しの間が空く。


あぁ、きっと嫌われたのかもしれない…。

そう思い始めた時…


「サムス」

「?」


マリオが私の名を呼ぶと、彼は私の両手を持った。


すると…



スッ…



「!?」


彼は私の両手を彼の首へと持って行った。


まるで、首を絞めてください、と言わんばかりに…


「マリオ!何を…!」

「君は…」


遮られた言葉を聞き、ふと彼の目を見て気付く。その目は私の顔を見据え話していた。…あぁ、彼は本気なのだ、と。
そしてその目はとてもとても、綺麗な青い目をしていた。


「君は僕を殺せるかい?」


「…」


ピク…


その言葉を聞いた時、両手が強張り出した。



嫌なモノがドロドロと込み上げてくる…



思イッキリ絞メタラドウナルンダロウ?


ヤロウヨ?


そう思った時、彼の首が締まり、苦しむ彼の姿が頭の中を過る。
望みたくもない最悪な結果。


「…!?」
(嫌だ…!!)


私は反射的にのけ反ろうとした。鼓動が早くなり、嫌な汗が出ていた。


だが、マリオは私の両手首を掴み、離そうとはしない。体はのけ反っているのに、手の位置は変わっていない。それが更に私を焦らせた。


相変わらず、頭の中にドロドロとアレが現れてくる。私は否定するだけで精一杯だった。


シメテミヨウ?


駄目だ…そんなの…


絞メテミタイナ。思イッキリ。


もうこんなこと、考えたくない…!!



「嫌なんだ…!もう…!!私は…」



その思ったことをしてしまいそうで怖いんだ…!



気付くと私は涙をポロポロと流しながらその言葉を口にしていた。


大人気も無く、ただただ泣くことしか出来なかった。


すると、彼はその言葉を待っていたかのように、私の手を離し、腕を掴んだ。そして私は彼の方へと引き寄せられ、彼に身体を預けるように抱きしめられた。

心音が伝わってしまうのではないか、そう思ってしまう位…。


彼は私の背中に手を回し、宥めるように優しくポンポンと背中を叩いた。


「泣かせてしまって悪かった。…思いたくもないことを思ってしまうのは辛いことだよね」


耳元に聞こえてくる彼の声が、心地いい。何故か、安心してしまう。


「でも君は、泣いてしまう位、優しい人だから…。大丈夫、君は自身が思っていることなんて絶対にしない。僕が保証する」


「…!」


それを聞いて、私は余計涙が止まらなかった。
こんなこと話したのに、気味悪がることなく受け止めてくれた。ただただそれが嬉しかった。


「もし君が万が一、そんなことになってしまったら…。僕らが君を止める。絶対」




「…お願い」


「?」



「私よりも」


絶対に…



「長く生きて…」



私を止めて



それは、懇願という名の愛の叫び。



おわっとく



自分のことなのに自分でもどうしたらいいか分からないことってあるよね。
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