憧れの貴方へ


(アイツの話を聞くって…、どうしたらいいんだよ…)

ルイージはそう思いながらとぼとぼと街中を歩いていた。
思い出すのは奴と初めて会った時の会話。今思えば一方的に告白を迫られて、あれは会話だったのか疑うようなレベルである。もし会話できたとしても再び告白を迫られて最悪奴と付き合うことになるという可能性も出てくるのだ。そんな奴とどうやって話したら良いのか全く見当がつかないルイージであった。

そして今ルイージは街での奴の目撃情報を元に、奴が泣きながら走っていったであろう経路を辿っていた。奴の泣きながら走る姿は相当インパクトがあったらしく、奴が走っていった方向はすぐに分かった。
その方向へ暫く歩くと、キノコタウンを出てすぐのノコノコロードの道端で「ぐすっ…ぐすっ…」と泣きながらうずくまっている奴の後姿が見えたのだった。

(あー…いる…)

見つけたかったが見つけたくはなかった、そんな思いを抱えつつもルイージは奴に近寄る。
カサッと草を踏む音に気が付いたのか、奴は弾かれるように振りむいた。ブンッ!と音が出る程の勢いにルイージは一瞬たじろぎ内心身構えたが、奴は先程までの勢いなど全く無く、「ルイージさん…」とシュンとしたままそう呟いていた。

予想外の反応に拍子抜けしたルイージであったが、お互い会話が続かないという気まずい空気の中、ルイージは何か喋らないといけないと感じ焦っていた。

(な、何か喋らないと…)
「え、えっと…君の泣き声を家の中から聞いちゃったんだ。だから…何だか居ても立っても居られなくて…こうして追いかけてきちゃった」

そう言って頭を掻くルイージに対し、目に涙を溜め込んでいた奴はいきなり土下座をし、「すいませんでした!!!」と大きな声で謝ってきたのだった。

(え、えええ!?この短時間で一体何が…!?)

いきなりの事で軽く混乱していたルイージであるが、土下座している奴は顔を地面に突っ伏している為狼狽えているルイージに関係無く(ていうか見えていない)話を続ける。

「僕、憧れのルイージさんを見て舞い上がっちゃって!それでもう我慢できなくて!ルイージさんのことを考えずに突っ走っちゃって…!」

「そ、それであんなことを…」

「すいません!!」

奴はそう言って更に頭を下げ地面にめり込む勢いで謝ってきた。
このままでは本当にめり込んでしまうのではと思ってしまい、「ちょ、そんなに謝らなくていいからっ、顔上げてっ」とつい焦ってしまうルイージであった。

ルイージの言葉に従い奴はそっと顔を上げたが土下座スタイルは相変わらずだ。そしてそんな奴に対し、今ならちゃんと話ができるのでは、と考えたルイージは今まで疑問に思っていたことを尋ねることにした。

「所でさ、どうして君はそんなに僕の事が好きなんだい?」

「それは…」

奴がそう言って語り始めたのは、今から三年ほど前に起きたことの話であった。彼がまだチビヨッシーだった頃変な奴等に絡まれていた所を助けに入ったのがルイージだったということ。そんなルイージに彼は心底惚れ込み、彼にふさわしい大人になる為に今まで努力を重ねた結果今に至るということ…。

そんな内容を彼が熱く語っている中、その内容の張本人であるルイージはただただひたすらに焦っていた。

(ヤバい、どうしよう…。…全く覚えがない)

三年前という詳細に覚えていそうで覚えていないような微妙な年数、子どものヨッシーを助けるというそれなりに印象が残るイベントをごっそり頭から抜け落ちるのだろうかという疑念のもと、必死で頭の中の記憶を遡ってみるが全くもって心当たりが無かった。それなのに彼は「ルイージさんが…」と言い切っているので、もし彼の言っていることが本当のことならばルイージこそが"彼との出会いや約束をさっぱり忘れてしまっている酷い奴"ということになってしまう。

(覚えてませんなんて…今更言えないよなぁ…)

正座したまま軽く十分は超える熱い語りをした彼は途端に我に返ったのか「す、すいませんっ、語り過ぎました!と慌てて謝ってきた。ルイージは「あ、う、うん、大丈夫…」と返しつつも必死にどうしたらいいのか考えていた。

いきなり告白してきた彼にも非があると思うが、今まで散々そんな彼から逃げ回り挙句の果てに泣かせてしまうというやらかしをしてしまっている為、ルイージはこれ以上自らの心象を下げたくはなかった。そしてもしそんなことを言ったら、自分の事を憧れ自分の為に三年間必死で努力してきた目の前の彼は今度こそ本気で傷つき号泣してしまうのではないかとも予想される。流石にルイージも彼をそんな酷な目に合わせたくは無かった。

言うべきか、言わないべきか…。

そう悩んでいるルイージを見た彼は立ち上がり、シュンとした顔で「僕は島に帰ります。本当にご迷惑をかけてしまってごめんなさい」と言い深々と頭を下げたのだ。

ルイージはまさかそんな事を言われるとは思っておらず、つい「え?」と聞き返してしまう。だが彼はそんな呆気に取られているルイージの横を通り、この場を後にしようとしていた。

(アイツは帰るって言ってるし、これはそのまま見送るべきか?…いやでも兄さんに謝れって言われてるし…こんなにも思ってくれて努力をしてくれていたなんて…)

彼の暴走の件は向こうが既に謝っているし、このまま帰ってくれればルイージも彼と付き合う事がなくなるので安心する所ではある。

だが、それは彼の話を聞く以前の場合だ。

彼の過去の話と今日こうして会うまでの努力の日々の話を聞いたルイージは、自分の為に努力してくれた彼への感謝と、そんな彼のことを覚えていない罪悪感とで胸がいっぱいになっていた。

(駄目だ。このまま行かせちゃ駄目だ…!)

折角頑張ってきたのに、このまま失意の中帰らせてはいけない…!そう思ったルイージは肩を落としトボトボと歩く彼の背中に向かって「ま、待って…!」と強く叫んだ。
彼はその声に反応して立ち止まり此方に振り返る。ルイージは止まってくれた彼の元へ急いで駆け寄った。

「僕も君に謝罪をしたいんだ!君のことが分からなくて逃げちゃったこと、そして僕の言葉で君を傷つけたこと。本当にごめん!そして君のことを話してくれてありがとう。君の話を聞いて君がどれだけ僕のことを思ってくれているのかが分かってとても嬉しかった!」

ルイージがそう叫んだ後、彼はキョトンとした顔で「…へ?」と言っていたものの、時間差でルイージの言葉の意味を把握したらしく、驚きと疑いとちょっとの喜びが混じったような表情で「ほ、本当に、嬉しかったんですか…?」と聞いてきたのだった。
その返事に自分の声が彼に届いたことが分かり、ルイージは少しホッとしつつも返事をする。

「う、うん…。僕のことを本当に思っていて、努力してくれたんだなって伝わったよ。その思いが凄く嬉しかった」

「ほ、本当ですかぁ!?」

ルイージのその一言で、今までシュンとしていた彼の顔が一気に満面の笑みに変わり、今にも泣きだしそうな目がキラキラと宝石の様に輝きだしたのだ。あまりの表情の変化の速さにルイージは少し驚きつつも、彼が泣かずに済んで良かったと安堵していた。

「う、うん…。だからさ、その、いきなり付き合うというのはちょっと、まだお互いのことを知らないからさ、まずはお友達としてお喋りしたり遊んだりしたいな」

そのルイージの提案に彼は驚いた様子で「と、友達になっても良いんですか…?」と若干震える声で聞いてきた。その健気な質問にルイージも「うん、良いよ」と優しく返す。

「また、会いに来ても…?」

「勿論。…あ、でも流石にあの勢いで迫られるのはちょっと怖いかな」

「そ、それは、やらないように頑張ります…!」

そんな慌てふためく彼の様子にルイージも笑顔を見せ、「ふふ、そうか。じゃあ大丈夫だね」と返すのだった。

その後和やかな会話が進み、日が少し傾いてきた頃、船が出る時間ということで彼は故郷に帰っていった。沢山の謝罪と感謝の後「また来ます!」という言葉を残して。
その頃になればルイージも彼と打ち解け「またいつでもおいで!」と笑顔で手を振り彼を見送ったのだった。

ルイージが家に帰ると、「おかえり」とマリオが笑顔で迎えてくれた。

「あのヨッシーとはどうだった?謝れたかい?」

「うん、謝れたよ。話してみると中々良い奴だったんだ」

「そうだったんだ、話せて良かったじゃないか!」

「うん!それでね…」

その話を皮切りにルイージはそのヨッシーと話したこと、ヨッシーと自分の過去のことをマリオに話した。一通り話終わった後、マリオは「それは凄いなぁ…」と少し驚いていた。

「助けた子どものヨッシーが会いに来てくれるなんて、嬉しいことじゃないか」

「う、うん。あまりにもムキムキ過ぎて分からなかったけど」

「そっかぁ、ヨッシーは成長が早いから、数年もあればあっという間に大人になっちゃうよね」

「そういうもんなんだねぇ。それでもあれは変わり過ぎだよ。僕最初話しかけられた時怖すぎて逃げちゃったんだから」

「あはは、そうか」

マリオはそう言った後「あぁ、そういえば…」と話し始めた。

「ルイージの話を聞いて思い出したんだけど、僕も何年か前に子どものヨッシーを助けた事があったっけ」


・・・。


(…は?)

その兄の一言でルイージの思考が一瞬停止する。
嫌な予感を胸に秘め平静を装いつつルイージはマリオにそれとなく尋ねる。

「へ、へぇ、そうなんだ!ち、因みに兄さん、その時の状況とか覚えてることってある?」

「状況?うーんと…、街のはずれでクッパ軍に絡まれていたチビヨッシーを助けたんだ。…あぁ、それと、君の服を借りて行ったぐらいかな。ほら、覚えてないかい?その数日前まで一週間位ずっと雨で街中大変だったでしょ?僕の服が乾かなくってルイージが貸してくれたじゃないか。その時だよ」

その兄の言葉にルイージは思い出したのか「あぁ…」と一言漏らす。
確かにその年は数日にも及ぶ大雨のせいで洗濯物が干せない所か街中浸水や雨漏りで大変だった。兄も自分もよく街の復旧作業の手伝いに駆り出されていたのをルイージは思い出す。
兄は率先して手伝いをしていたのもありよく服が汚れ、遂には服のストックが無くなってしまったのだ。長雨のせいで洗っても中々乾かず、仕方なしにルイージの服と帽子を着て作業に出て行った日もあったのだ。

(まさかあのヨッシーは僕の服を着た兄さんを僕だと勘違いしていたのか…?)

もしそうだとしたら、ルイージがヨッシーの事など覚えてないことにも納得がいくのだ。
だが納得した所で最早どうすることもできない。
そのヨッシーは自分を助けた人がルイージだと信じきっていたし、ルイージはルイージでそのヨッシーの恩人として仲良くなってしまっているのだ。

「その時チビヨッシーに結婚してくれって言われちゃって、ちょっと困っちゃったな。大人になって大切な人が見つかってればいいけれど、もし今日のルイージみたいに来ちゃったらちょっと大変だな…」

(い、言えない…こんなこと、言えないよ…)

こんな事兄に言ってもただ兄を困らせるだけだし、何よりも自分があのヨッシーの純真な心を弄んだ勘違い野郎になってしまう。兄やヨッシーにそう思われるのは避けたかった。

「た、大切な人が見つかってるといいね、そのヨッシーも」

「うん、そう願うよ」

この事実は墓場まで持っていこう。そう胸に秘めつつ和やかな会話に努めたルイージなのだった。


おわり

次、あとがきとおまけ
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