憧れの貴方へ


「た、ただいまぁ…!!」

ルイージは自分の家に入った途端へなへなとその場に座り込んだ。先程まで奴との激しいデッドヒートを繰り広げていたルイージの身体は限界を迎えていた。そして自分の家に着いたことにより今までの極度の緊張が切れ、身体の疲れが今一気に襲いかかってきていた。

「おかえり…、どうしたんだいルイージ?」

家にいたマリオがルイージの様子が変なことに気付きルイージの元へ歩み寄ってきた。そして「大丈夫かい?」と言いながらルイージを立たせ近くの椅子に座らせた。

「あ…ありがと…」

「水は?飲める?」

「うん…飲む…」

「わかった、待ってて」

息も絶え絶えなルイージのためにマリオは一旦その場を離れた。そして「ふう…」と汗を拭い息を整えているルイージに「どうしたんですかぁー?」と少しのんびりとした声が降ってきた。

同居人の兄以外の人物がいると思っていなかったルイージは慌てて顔を上げると、そこにはヨッシーがいたのだった。

「う、うわああああ!!?」

ヨッシーを見た途端、ルイージは叫び声を上げながら椅子からドテン!と落ちた。

「え!?ええええ!?本当にどうしちゃったんですかぁー!?」

戸惑うヨッシーの声を聞いて、ルイージはやっとここで先程のヨッシーでは無いと気付き我に帰った。

「ぁ、あぁ…、なんだ良かった…、いつものヨッシーだった…」

「えー、本当に大丈夫ですかぁー…?この指何本に見えますー?」

「…二本」

「じゃあ大丈夫ですねー」

「ええ何…?ちょっとどうしたんだい?何があったの?」

先程のルイージの叫び声を聞き付け、慌てた様子のマリオがそう聞きながらやってきた。急いで来たのか、持ってきたトレイに乗っている水入りのコップやお茶用のポット、カップがカチャンカチャンと音を鳴らしていた。

「あ、いや、大丈夫…」

「いやいや、大丈夫じゃなさそうだから言っているんだよ」

マリオはそう言いながらトレイをテーブルに置き、ルイージを再度立ち上がらせてから椅子に座らせた。そして「お水飲めるかい?」と言いながらコップをルイージに手渡した。

「ありがと…」

ルイージは感謝の言葉も手短に、グイッとコップの水を一気に飲み干した。

「ぷはぁっ!!…あー…生き返った…!」

そう言い先程よりも正気に戻ってきたルイージの前にマリオは暖かい紅茶を淹れたカップを置いた。

「はは、それは良かった。…じゃあこのハーブティーも飲んでみて?落ち着いてからでいいから」

「これは?」

「この間姫から貰ったハーブティーだよ。疲労回復に良いんだって。良い香りだったからきっと飲んだら身体の疲れも取れると思うよ」

「ありがとう兄さん…!良い香りだねぇ」

そう言いながら紅茶を数口飲み、香りと味を堪能しているルイージにマリオは「所で…」と話を切り出した。

「あんな息も絶え絶えになって帰ってきて…、本当にどうしたんだい?何があった?」

「いやー…実は…」

そう言いながらルイージは先程起こったばかりの恐怖体験とヨッシーのことについて語ったのだった。
ルイージの話を聞いて、マリオは「それは…大変だったねぇ…」と半ば困惑しながらもルイージに同情した。

「朝あんなに嬉しそうに出て行ったのに…。並んだんでしょ?限定スイーツ」

「はっ!?そうだ!スイーツ!!買ってきたんだよ!」

ルイージは兄の言葉にハッとしながらそう言って、今まで右腕に下げていた袋をテーブルに置き中の箱を開けた。
だが、当たり前と言っては難だが先程の経緯で限定スイーツは箱の中で動き回り、見るも無惨な程原形を留めていなかった。お店のショーケースの中で光り輝いていたスイーツがこんな状態になってしまい、ルイージは「す、スイーツが…」と呟きながら力無くテーブルに突っ伏した。

ルイージは数日前からずっとこの日が来るのをワクワクしていた。そして兄と食べる為、開店待ちをしに朝早起きしたのだ。そしてやっと目当ての物を買うことができ喜びがピークに達した直後にあの恐怖体験である。
あまりの仕打ちにルイージは暫く立ち直れそうになかった。マリオはそんな弟の前にあるスイーツだった物が入った箱を覗き込み、つい「あー…」とルイージへの憐れみの声が出た。

「これは…見事にぐちゃぐちゃだ…」

「あらー、そうですねぇー。でも…んー♪流石有名店♪味は一級品ですよぉー」

ヨッシーがぐちゃぐちゃになったスイーツを舌で器用に食べている中、マリオは弟の肩に手を置き「今回は残念だったけど、また今度一緒に買いに行こうよ」と励ましの言葉を投げかける。だがその言葉だけでルイージの精神は立ち直れず、「ぐすっ…」と鼻水をすする音が部屋に響く。

「ぐすっ、こうなったのは全部あのヨッシーのせいだぁ!アイツに追いかけられなかったらこんなことにはなってなかったんだよぉおお!」

そう悔しそうに泣き叫んでいるルイージを尻目に、箱の中のスイーツを完食したヨッシーは「あーそういえば…」と話し出した。

「いましたねぇー、そんなヨッシーが。ヨースター島の中では何故かルイージさんのことが好きだと公言していたことで有名でしたよー」

「何故かって所が余分だよ」

すかさずツッコむルイージに対しマリオは不思議そうに尋ねた。

「でもそのヨッシーは何でルイージのことが好きだと言っておきながらルイージを怖がらすような事をしたんだろう?追いかけ回すなんて怖がらせるようなものだと思うけどな」

「わ、分かんない。…でもあまりにも怖すぎて僕から先に逃げちゃったからかも」

「え?逃げちゃったの?じゃあ、好きって言ってくれたことに返事は?した?」

「あー…して…ない…」

「あらら、じゃあそのヨッシーは何でルイージが逃げちゃったか分からないから追いかけていたのかもしれないね」

その兄の言葉に「うぅ、そっかぁ…」と項垂れるルイージ。

「あのヨッシー一家は思い込んだらとことん突き進む所がありますからねぇー。きっと彼の全力の告白だったんですねぇー。ダメじゃないですかぁールイージさん、受け止めずに怖がって逃げちゃ」

「いや僕本当に怖かったんだから!!あんなにガタイの良いヨッシーから急に告白されたら誰だって逃げるに決まってるでしょ!」

ヨッシーからの指摘にルイージが大声でそう叫んだ途端。家の外から「うわああああああん!!!」とルイージ以上の大きな泣き声がしたのだ。何事かと身構えた三人であったが、その泣き声は次第に遠ざかっていったのが分かった。

「あ、あの泣き声は…」

「もしかして…噂のヨッシー?」

「た、多分…ここまでついて来ちゃったのか…」

「あららー、どうやら泣いて走ってっちゃいましたねぇー。ルイージさんが悪口言うからー」

「えぇっ!?そ、そんなつもりじゃ…!ていうかそもそもあっちから追いかけて来た訳だし…」

「うーん、でもやっぱりまずいよルイージ。彼はきっとルイージの言葉で傷ついたから泣いちゃったと思うよ。告白のことはともかく泣かせてしまったことには謝った方がいいと思う」

そんなマリオの言葉にルイージは「ぐ…」と言葉を詰まらせる。奴を泣かせてしまった罪悪感は拭えないが、正直行きたくない…。そんな気持ちがデカデカと弟の顔に書いてあるのをマリオは見逃さず、「ルイージー?」と言いながら目を細め、畳み掛けるように弟の目を見つめた。

「うぅ…わ、分かった!分かったよ!行くよぉ!」

ルイージはそう言いながら跳び上がるように席を立った。その様子にマリオはニコリと微笑んだ。

「いってらっしゃい。ちゃんと話を聞いてあげるんだよ」

「彼のお話を怖がらないで聞いてあげて下さいねー」

そんな二人に見送られ、泣く泣くルイージは奴を追いかけるのだった。
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