Lという名の男の話《前編》

「!?…貴方…」

俺の言葉を聞いてナスタシアは多少驚いているようだった。そりゃそうだろうな、言ってること前の俺と真逆だもの。
だが、もう俺は知ってしまったのだ。ジャンプマニア…もとい兄貴との記憶を。

家族であり、片割れであり、俺の憧れでもある存在。
そんな兄貴と過ごした日々は、大変でしんどいことも多かったがそれ以上に一緒にいるのが楽しくて、アイツにとってはどれもかけがえの無い思い出なんだ。切っては離せない、大切な記憶。

そしてそれは俺にとってもだ。だいぶ意思がアイツになってきてるな…とも思うが。
アイツの中の兄貴はいつも笑っていて、偶に理不尽なことを言うこともあるが、クッパの元へ単身で乗り込む姿はとても格好良くて、あの背中について行くのがやっとで、でも追いつきたくて…。

こんな様々な感情と思い出が一気に俺の中に入ってきたのだ。その衝撃といったら無い。
そして、今までポッカリ空いていた穴が埋まったっていうか、チグハグだったパズルがぴっちりハマったというか…まぁ、満たされた感じがするんだ。俺の中でその記憶が収まる所に収まった感じ。

だからもう二度と、手放したくはない大事な記憶なのだ。

こんな記憶があったんじゃ、もう兄貴と戦えない。

そう思っている俺に、ナスタシアは眼鏡をくいっと上げる。

「そうですか…今までの貴方とは比べ物にならない程変わりましたね。その言葉を生前の貴方に聞かせてあげたい位です」

「まぁな…だが生前かぁ…確かに俺死んで…ん?いやさっきお前生きてるって言ってなかったか?」

「あの男は至って健康そうですが、貴方の存在は本当に虫の息で辛うじて生きてる感じです」
「ギリッギリじゃねぇか、ていうか生きてんなら生前言うなよっ」

「すみません、もう死んだようなものなのでつい…」
「言い方っ!後シュンってすんな腹立つ!」

くそ、なんつー言い方しやがる!ニヤニヤしてねぇのが余計タチが悪い。
そんな事でプンスコ怒っている俺に対し、ナスタシアは申し訳無さそうな顔をしつつも口を開いたのだ。

「ですが本当に、貴方の存在は消滅寸前なのです」

「へぇーそうかいそうかい」

「…此処の空間のことを私は心の底と表現しましたが、本来は必要とされない情報や記憶などを捨て置く場所、謂わばゴミ箱のような場所のようです」

「ご、ゴミ箱?」

「そうです。ここに捨てられたモノはゆっくりと消滅していきます。だからここはこんなにも暗いし何も無いように見える。あの男がふと思い出すことをしない限り、此処から抜け出す事は愚か、形すら保てなくなるでしょう」

「成程な…」

じゃあこの椅子はアイツに今まで忘れられてて、一応同一人物である俺が思い出したから形になって戻ってきたのか…。
確かに、俺は死んだと思い込んでいたし、アイツにとっても俺はお役御免だからな。ここにいる理由は分かる。そして消える事にも。

「貴方は、どうしたいのですか?このまま消えても良いと言うのですか?」

俺はナスタシアの質問に対し、うーん、と腕を組み考える。
そういえば、そんなこと全然考えてなかったな。

「因みに、俺が生き残る方法ってなんだ?」

「私が直接あの男を洗脳すれば、貴方はこの身体を乗っ取ることは可能でしょう」

「てことは、アイツを犠牲にして俺が生き残るってことか?」

「そうです」

まぁ、確かにそうなるか。アイツは無意識に俺を創ったからな、アイツが認識できない以上俺は確実に消える。消えない為にはまたアイツに引っ込んでもらわないといけない。この何も無い暗闇に。

そう、生き残るのは一人だけ、アイツか俺か。

生き残るにはこの方法しかない…

分かってるのにな…

「…俺は、お前にお情けで洗脳をかけてもらう程、落ちぶれちゃあいねぇぜ」

「…⁉︎」

俺は、消えたいとは思わないが、消えたくないとも思っていないんだ。何というか、そんなもんかって思ってる自分がいるんだ。一回死んだからかな、いや、厳密に言ったら死んでないのか?まぁ何でも良いがとにかく、消える事にもある程度受け入れてる自分がいるのだ。

それに、きっとアイツも…兄貴も悲しむ。


「俺を誰だと思ってんだ?」

俺は徐に立ち上がり、クルクルとターンをしてからのLポーズをかます。
ふっ、決まった…!バッチリだぜ。

「俺は泣く子も黙る緑の貴公子、Mr.Lだ!俺の死に様は俺が決める!他人に頼んでまで生きながらえようとは思ってねぇ」

「…では、ここでこのまま消えていくのを待つというのですか?」

「いや…」

確かに俺は、俺自身が消えることを受け入れている。それは仕方のない事だからだ。

…だが、だがな

「俺はそう易々と消えるようなダサい男じゃねぇぜ!」

ナスタシアは訳が分からないという感じの表情を浮かべている。

「俺にはまだやる事がある!」

「やる事…ですか…?」

「そうだ!」

俺がやる事はもう決まっている。

「ディメーンの野郎を一発殴ってやらなきゃ気が済まねぇ!ていうかもう俺じゃなくてもいい!あのクソ野郎がアイツや兄貴にボコボコにされるのを見てスカッとしてぇ!」

俺がこんな事になったのはあのクソ野郎、ディメーンのせいだ。今もあの野郎の笑い声が聞こえてくる気がする。それに俺を殺す前の言葉もかなりふざけていた。
"ボクには何かと都合が悪い"…?ふざけんな!都合が悪いだけで人を殺すな!
あーもう!思い出すだけでイライラしてくる。やっぱり殴ってやんないと収まんねぇ。それまでは絶対に消えないからな!

「…それだけですか…?」

「あぁ、それだけだ!あの野郎さえボコボコにしちまえばすぐさま消えてやるよ」

「…そうですか…」

「…?」

なんだ?俯きながら返事しやがって。ちょっと落ち込んでいるように見えるが…。

「おい、どうした…?疲れたか?このソファ座るか…?」

俺はソファのクッション部分をポフポフして「フッカフカだぞ?」と付け加えながらナスタシアを見るが、彼女は力無く首を横に振るのだった。

「いえ…、結構です。…長居が過ぎました。私はそろそろ戻ります」

そう言うとナスタシアはクルリと俺に背を向けた。

「そうか…その、色々説明サンキューな」

もしかしたら、コイツとはもう会えないかもしれない。そんな気がする。
だから、まぁ、仕方がないがちゃんと言えることは言っておかないとな。

「いえ、問題はありません。私も後半愚痴のようになってしまったので…。それに…」

そう言うとナスタシアはゆっくりと顔を此方に向ける。そんな彼女の表情は、今までの仏頂面が嘘のような微笑みを浮かべていた。
俺は今まで彼女のそんな表情を見たことが無く、思わずポカンとしてしまっていたのだ。

「ほんの少しの間だけでしたが、共に伯爵様に仕えた元同僚として、話せたことを嬉しく思います」

そう俺に伝えた後、一言「ご機嫌よう」とだけ言い残し、彼女は此処から消えたのだった。
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