Lという名の男の話《前編》

その疑問に行き当たった時、ぶるりと全身に鳥肌が立った。奴の最後の言葉が俺の頭の中で反芻する。得体の知れないものを見てしまった時の恐怖に似ている。まさか俺には見えないもの、お化けに話していたんじゃねぇだろうなぁ?

それとも…この疑問はあくまで仮定だ。俺の勘違いかもしれない。だが、もしこれが本当だとしたら、あの野郎は俺の過去を知っている可能性がある。俺の知らない過去の俺に言っていたのだとしたら…。

やはり、過去の俺はジャンプマニアと仲間だった…?

「俺は…一体何者なんだ…」

今の心境は、一言で言うと怖いに尽きる。あの野郎は一体俺のどこまでを知っているのだろうか…。もしかしたら、俺はパンドラの箱を開けてしまうかもしれない。きっと開けたら俺が俺でなくなってしまうという予感がするのだ。そして、俺がパンドラの箱を開ける時、それは…

奴の知っている情報を知る時…俺が何者なのかを知る時だ。

そしてそれを知るヒントが、コイツ…ルイージにある。そう思えてならないんだ。こうしてコイツ視点の映像を見せられていることにも何かしらの意味があるのかもしれない。

とりあえずこの暗闇の中を闇雲に彷徨うよりもコイツの動向をここで見ていた方が良い気がしてきた。

だが、俺はそう思ったところである事に気付き溜息を吐いたのだった。

「はぁ…、そういえば俺ずっと立ったままじゃん。なんか居心地の良い椅子かなんかねぇかなぁ?」

ずっと立ったままこの画面を観るのはやはり辛いものがある。
サッカーとかの試合のテレビ中継だって座り心地の良いソファに腰掛けてジュースでも飲みながら観るもんだろ?

そうだなぁ、皮張りのソファがいいなぁ。一人がけで背もたれもちょうどいい感じに高さがあってネコ脚でおしゃれなやつ…何て言うんだっけなぁ、英国風?チェ…チェスタ…何だっけ…。まぁそのチェスタ何とかってやつ。…そうそうこんな感じにダークブラウンで背もたれのボタンの飾りもオシャレで…

・・・。

「ああぁあ!!?あるうう!!?」

俺は思いっきり叫んだ。身体を退け反らせる位盛大にビビった。
何気なく後を振り返ってみたら俺の思い描いていた通りの一人がけソファがそこにあったのだ。
は、え?何で!?さっきまで何も無かったのに!!
うわ、怖っ、すげぇ怖い。でもすげぇ良さげなソファ。うわ、座りてぇ。

「ま、幻じゃあねぇよな…」

混乱と恐怖が頭の中を占領している中でも理想のソファに座りたいという欲望には抗えなかった。俺は恐る恐るだが急に現れたソファに近寄り、ちょんちょんと指で突いてみる。硬い感触に少し安堵した後はそろりそろりとソファに浅く腰掛けてみる。…何ともなさそうなのでそのままどかっと深く腰掛けた。
うはー!何だこれ!クッションすげぇフカフカ!

「マジで理想通りのソファだな!これ前々から欲しかったんだよなぁー!ネットとかで意味もなく販売サイト見て回ってたし。この一人がけも良いけど二人がけだったら兄さんといっしょ…に…」

その言葉を言いかけた時俺は硬直した。俺の言ってることなのに、俺の思っていた言葉じゃないからだ。理想のソファに座れてテンションが上がっていたが、そもそも俺はこのソファのことをネットで検索した覚えもないし兄がいたという記憶もない。何でこんなことを話したのかもよく分からないのだ。
その事を自覚した途端、一気に恐怖が押し寄せてくる。

「は…?な、何だこれ…、何なんだよこれ…」

意味が分からない事に俺は頭を抱えそう呟いた。だって意味が分からな過ぎだろ。つい口走った言葉が、体験談が、俺の記憶にないことだなんて!
いや、そもそも、考えてみたら俺暗黒城で目が覚めた以前の記憶がないんだった。どれだけ思い出そうとしても全くもって出てこない。目が覚めてからは伯爵やナスタシアの命令に従いつつあのジャンプマニアを倒す為だけに生きてたから全くもってそんなこと気にならなかったが…、やっぱり思ったより俺ヤバくね?

ていうか、こんな状態で言葉として出るってことは、俺の頭の何処かにその記憶があるってことだろ?過去の俺がやってたって事になるよな。

…でもなぁ、本当に俺そんなことしてたのか?買いもしないソファの販売サイトなんか見て、いいなぁーいつか買いたいなぁーみたいなこと呟きながら一人ニヤニヤするなんて俺の柄じゃない気がする。
俺だったら、そんな暇あったら愛機のコンディション調整をしたり、新しい武器の開発なんかに明け暮れそうなものなんだがな。
それに『兄さん』って、俺そういう呼び方するか?もし兄がいたとしたなら、兄貴…とか言ってそうだけどな。
これじゃあまるで誰かの記憶が俺の頭の中にあるような…、なんか凄く違和感のある記憶だ。

そう思った時、はっとした俺は目の前の画面を見た。

ルイージはザバーンと音をたてながら水面から顔を出し慌てて岸に上がっている所だった。

『ぷはぁ!な、何なのあの白い手!こわっ!!』

『大丈夫だったかい?怪我でもした?』

『う、ううん!大丈夫!ちょっとびっくりしただけだよ!兄さんがいてくれたら怖いものなんてないよ!』

『ふふ、そうか!じゃあもうすぐジャーデス様の所に着くから、もうちょっと頑張ろう』

『うん!分かったよ兄さん!』

この兄弟は相変わらず薄暗い所を進んでいるようだ。
だが、俺の中に燻っている違和感が何なのか、この画面を見て分かった気がする。

きっとこの記憶はコイツ…ルイージの記憶だ…!

コイツの記憶が俺の中に流れ込んできてるんだ!

そしてこの暗闇だけの空間。きっとこの空間はルイージの頭の中と何らかの繋がりがあるのだ。そしてこの空間にいる俺にも影響を来している。

俺はそう納得した。いや、確信している。だってそうじゃなきゃ今までのことを説明できねぇ。
俺の性格じゃあ絶対兄のことを兄さんなんて呼ばない。
それにこのソファもだ。きっとアイツが調べたから俺の頭にも、この暗闇の中にも現れたんだ。

納得できたのは良いが、ちょっぴり、ほんのちょっぴりだが…なんだか怖ぇ。なんていうか、アイツの過去を取り入れていくことで、ちょっとずつアイツに毒されてきてるってことじゃねぇか?もしこのままここにいたら、性格とか、好き嫌いとか、俺の是非の基準がアイツの基準になってきていく気がする。

「は、はは、マジかよ冗談じゃねぇぜ」

最早乾いた笑いしか出ないのが何とも辛い。

やはりここは分からない事が多すぎる。何故こんな真っ暗闇の中でアイツ視点のモニターを見させられているのか。さっきも思ったが、本当に俺の過去を知る為のヒントなのか?今まで何となく受け入れていたが、考えてみればみるほど有り得ない。
ていうか、そもそもこの空間自体が有り得ない。何故ここはこんな暗闇なのか。ディメーンの野郎に殺されたのに何故アンダーランドではなくここなのか。

色々と分からないことだらけだが、ここに来てから分かったことは三つ。

ディメーンの魔法でこの訳わからん空間に飛ばされたこと。

この空間はルイージと何かしらの繋がりがあるということ。

そしてこの空間にいる俺にもルイージからの影響を受けること。

この分かったことから推測するに、俺はやはりルイージとは何かしらの繋がりがあるものと推測される。

そして、認めたくないがジャンプマニアとも…。

だが、今にして思えば、なんでこんなにもジャンプマニアのことを憎んでいるのかよく分からなくなってきている。
そりゃ赤より緑の方がカッコいいさ、それは自信をもって言えるんだが、何故あんなに赤が嫌いなのか、よく分からないんだよなぁ。

確かに憧れはあるさ、赤って言ったらアイツだもん。皆の、そして俺のヒーロー…って…

「はぁ…」

俺は項垂れた。大袈裟な位溜息を吐きながら大きく項垂れた。
うわー、やべぇよやべぇよ。毒されてきてるよアイツに。こんなに早く⁉︎こんなに早く毒してくる⁉︎
このままじゃ、俺の意思が無くなっちまう…。アイツの意思に塗り替えられちまう…。

「くそ!!こんな所で消えてなるもんか!!」

俺は立ち上がりそう叫ぶ。叫ばなきゃやっていけないぜこんなの。
これも全部ひっくるめてあのクソ野郎、ディメーンが悪い。今度会ったらただじゃおかないからな!!

くそぉ、出たいな早くこんなとこ。だが、出たいとは思うが脱出の手段がない。

このモニター以外の光源が全くもって無いのだ。そうなると必然的に暗闇の中を当ても無く彷徨う事になる。それで脱出の手立てが掴める確信も無い。

それだったら、とりあえず今はここでアイツの動向を見ながら脱出の機会を探るしかなさそうだ。…まぁ、このソファの座り心地も良いしな。

とりあえず俺は再びソファに深く座り直す。
はぁあ、ただ観るだけじゃなぁ…映画やドラマを観る時は大体傍にお菓子やジュースを置いておくもんじゃねぇの?ソファ出たんだし出てくるんじゃね?
チラッチラッと周りを見るが、それらしき物は出てこなかった。…チッ。

はぁあー…、仕方ねぇ。とりあえずモニターでも見ておきますか。
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