Lという名の男の話《後編》

あれはマイブラザーの鋼鉄の拳だ。俺が良い隠れ蓑になったお陰で奴はあのパンチに気付かなかったのだろう。俺は無事役目を果たしたのだ。

「グフゥッ!!」

流石に奴でもマイブラザーのパンチをもろに喰らって変な声が出ている。流石はマイブラザー!奴もそれなりにダメージを負っている筈だ。
そして俺も地面に背中から落っこちた。落ちた衝撃で「グェッ」って声が出たが俺以外聞かれてないと願いたい。

「ちょっと時間掛かっちゃった、本当にごめん」

飛行モードにしたマイブラザーが俺の上空まで飛んできた。そしてマイブラザーのスピーカーからルイージの声が聞こえてくる。

「でももう大丈夫。次は僕が相手だ…

もうこれ以上!誰も傷つけられてなるものかっ!!!」

「へぇそうかいそうかい。キミが次の遊び相手だね?いいだろう…掛かっておいで?」

ルイージの声を聞いた奴は体勢を整えおちょくるようにそう言った。

「言われなくても…!!」

そう言いルイージはマイブラザーを駆使し攻撃を開始したのだ。

ルイージはレーザー光線やミサイルの遠距離攻撃、パンチやヒップドロップなどの近距離攻撃を場面場面で的確に使い分け奴を確実に追い詰めていく。
ルイージの動きはこの短時間でもうすでにかなりの完成度になっていた。まさかここまで上達するとは…。いや確かにアイツは俺でもあるんだけどさぁ、何か腑に落ちねぇ、アイツ俺よりも使いこなせてねぇ?……ケッ。

まぁしょうがない。ここからはもうアイツに任せるしかないんだ。俺はもう動けねぇからな。

右腕と左脚が無いからか上手くバランスが取れず起き上がれない。ピュアハートのお陰なのか知らないが脚の痛みが和らいできたのは幸いだった。だからズリズリと這いつくばるようにして前線から逃げ、今はソファの残骸の影に隠れている。もうこのままアイツ等の動向をここから見守るしかない。

「…ぐ…うぅ…」

飛んでくるレーザー光線を避けつつミサイルを次元魔法で撃ち落とした後、マイブラザーから距離をとった奴は息が上がり肩で呼吸をしていた。そして所々に負傷した箇所が何箇所もあるのが遠くからでも確認できた。
ルイージが乗るマイブラザーの怒涛の攻撃で流石の奴にも疲れの色が見え始めているようだった。ていうか俺の時よりも奴の動きが鈍くなっている気がする。

何でだ?と疑問に思ったが、原因はすぐに分かった。

俺の近くにある画面から、兄貴達が奴(というか奴に乗っ取られたルイージの身体)相手にボコスカやっているのがよく見えた。
兄貴こっわ…!俺と戦ってる時もあんなマジな目してなかったぜ。あれルイージのことで相当キレたんじゃね?こわぁ…。

だがよくよく考えてみると奴は現在、身体を兄貴達、そして精神体をルイージとマイブラザーに攻撃されている訳で。心身共にフルボッコってやつだな。そりゃあ疲労の色が見える訳だ。そのせいか魔法の発動間隔、威力共に落ちてきている気がする。

一方ルイージが乗るマイブラザーは、奴の攻撃で所々被弾した跡がある。流石にルイージでも全ては避けきれなかったようだ。着弾すると小さく爆発する性質のせいで装甲が少し抉り取られているように見える。だがまだまだ十分戦えるといった具合だ。

「ぐ…くそ…!こうなったら…!」

奴は意を決したように呟くと両手を上に掲げ中々多めの魔力を使用し始めた。
俺は何かくるな…と思いながら見ていると、奴は物凄い速さでマイブラザーの前にまで迫った。
それだけでも結構ビビるのだが、何と奴は左右から己の分身体を何体も出現させ、終いにはマイブラザーを自らで取り囲んだのだ。
これにはルイージも驚いたようで「う、うわー!増えたー!しかも囲まれてるーっ!」と情けない声で叫んでいる。スピーカー機能OFFにするの忘れてんぞ。

「そんな玩具を乗り回せた位で調子に乗らない方がいい」

マイブラザーをぐるりと取り囲んでいる奴等は一斉に両手を上に掲げたのだ。やべぇ、何か技を発動させるつもりだ。

「…!?」

ルイージもやばいと判断したのかレーザー光線を発射しようとしていた。俺もその判断は間違ってなかったと思う。多分逃げようとしてもあの野郎なら囲んだ状態のままマイブラザーのスピードについて行きそうな気がするからな。
だがあの野郎はレーザー光線の発射装置がある目の部分を黄色い空間で覆ってきやがった。きっと見越していたのだろう。続け様にミサイルがある鼻、手と遠距離攻撃ができる場所を悉く潰していきやがる。

「な…!?しまった…!」

ルイージも相当焦っているのが分かった。ていうか俺も焦ってる。やばい、何か手はないか…!?くそ、焦って何も思いつかねぇ…!

「んっふっふ…、お前はその玩具共々このボクの魔法で跡形も無く滅ぶがいい!!」

奴がそう叫んだ瞬間マイブラザーの下に巨大で黄色い四角が現れたのだ。あの野郎…!次元魔法でマイブラザーごと消すつもりだ…!
今のマイブラザーは、奴の次元魔法の空間が機体の所々にあるせいでその場に固定されてしまっている状態だ。爆発させずその場に留めさせるということもできるのか。
実際に、ルイージが懸命にエンジンをふかしているようだが、現在その場からマイブラザーを動かすことができていない…。

逃げられない。

その事実が俺の頭の中を過っていく。
その事実は俺を絶望に追い込むのに十分すぎる一言だった。何なんだよこの状況。完全に詰みじゃないかクソッタレ…!

こんな状況でも、俺は、何もできない。
利き腕も無い、片脚も無い。アイツ等の前に出ていってもこれじゃ何も役に立てないし、寧ろ状況が悪くなりそうだ。

「俺は…どうしたらいいんだ…」

思わずその一言が漏れ出る。
こんな時兄貴ならどうするのだろうか…?
そう思いふと画面の方を見ると、兄貴は相変わらず奴の攻撃の間を縫って鋭い攻撃を仕掛けていた。
きっと兄貴ならどんな状況でも諦めないだろうな。
すげぇよ兄貴は。今ならきっと兄貴と楽しく話せたかもな。また画面越しではなくて生の兄貴と会いたかったな。

「ぬ、ぬおおおぉおおお!!!う、動けええええ!!」

「!?」

その時、ルイージの叫び声がしみじみ思っていた俺の耳に届いたのだ。
ルイージは今も必死になってマイブラザーを動かそうとしているんだ。こんな状況でもアイツは全く諦めていないじゃないか。
それが分かった時、先程までの諦めモードだった俺を物凄く恥じた。

そうだよな。兄貴もアイツも諦めていないんだ。
俺も、諦めちゃ駄目じゃねぇか…!

だが、状況はすこぶる悪い。
マイブラザーを覆う程の空間を作るのには膨大な魔力と時間がかかるらしく、黄色い空間の膜はマイブラザーの足元程までしか出来上がってないが、後数分もすれば全て覆い尽くされてしまうだろう。
その時が俺達の最期だ。

何か、何か手はないか…!?
考えるんだ。思考を止めるな…!

「もうー!他に何か無いのー!!?こういう時の為の機能とか無い訳ー!?もう!」

ルイージも焦りからかそう叫んでいた。
いやもう無ぇよ。悪かったなぁ無くて!俺だって万能じゃねぇんだから何でもある訳じゃねぇよ!
ていうかアイツも俺だっていうこと忘れてないか?さっき言ったのに!
アイツでもある俺の思考で作ったのがマイブラザーなんだが。言ってること軽くブーメランだからな?


…ん?ブーメラン?

「…あ!」

忘れてた。あったぞまだ!飛び道具が!

俺はソファの残骸を使って何とか立ち上がり、片足飛びをするような形で勢いよく飛び出した。兎に角アイツが聞こえる所まで急いで近付く。アイツ等は俺から少し離れた所にいるからここで大声を出してもきっと聞き取れない。

気持ちだけが先行し何度かバランスを崩しそうになったが、何とかアイツ等のすぐ近くまで来る事ができた。そして息を思いっきり吸い有りったけの声で叫んだのだ。

「ルイージー!!!髭だー!!髭ブーメランを使うんだーーー!!!」

「「!?」」

「!?、髭!?ブーメラン!?そんなものが…!」

よし、何とかルイージに声が届いたな!
マイブラザーの髭は取り外し可能でそのまま飛ばす事ができる。髭のパーツ自体が鋭利になっていて、回転しながら飛ばすことによりブーメランみたいに広範囲を攻撃することができるのだ。
幸いな事に、次元魔法は鼻の部分のみを覆っている為髭の部分は無事だ。これでルイージが髭ブーメランを使えば奴に攻撃ができる。きっと活路が見つかる筈だ!

だが、奴も俺の声を聞いている訳で。

「ちっ…、余計なことを…」

奴も相当怒っているようだ。きっと奴は大技を完成させるために膨大な魔力と集中力を注いでいるはずだ。此方に割く余裕がないのだろう。
だからこそ完成させる為に邪魔なものを排除する筈だ。必ず髭の部分にも次元魔法を仕掛けてくるだろう。

「ルイージ!!急げ!!左側だ!青色のスイッチだ!」

思わず俺も声に力が入る。ルイージも「ここじゃない、ここでも…青?えっと、どこだ…」と必死に髭ブーメランのスイッチを探しているようだ。
そうしている内に、髭の部分に空間の揺らぎが見えてきた。
まずい…!間に合ってくれ!

「ルイージ!!!間に合えええええ!!!」

「そんな攻撃させる訳ないだろおおおお!!!」
「これだああああああああ!!!」

奴とルイージが同時に叫ぶ。
叫びと共に髭の部分に黄色い空間ができる瞬間、ほんの一瞬の差で髭ブーメランが発射されたのだ。
そしてその髭ブーメランは物凄いスピードで回転をしながら飛んでいき、進行方向にいた奴の分身体の何人かに見事ヒットしたのだ。攻撃を受けた分身体は形を保てず蜃気楼のように揺らめきながら消えていった。
そのお陰でマイブラザーに付いていた四角い空間が消えたのだ!やったぞ!これで動ける!
だがマイブラザーを覆う大きな四角い空間は未だ消えない。きっと本体を叩かなければいけないのだろう。そう考えた俺はルイージに叫ぶ。

「ルイージ!もう一度だ!本体を狙え!!」

「これ以上僕をなめるなあああああ!!!」

激高している奴はそう叫びながら、マイブラザーの上空からも巨大な黄色い空間を作り始めたのだ。しまった…!挟み撃ちだ!これじゃマイブラザーが出られない!

「ルイージ!!急げ!!」

「ルイルイルイ!!もうおしまいだよ~!!もうすぐ巨大な次元魔法が完成する!その時は木っ端微塵さ~!!ルイルイルイ!!」

奴がそう高らかに笑っている。だがルイージは何故か俺よりも落ち着いていたのだ。

「いや…、おしまいは君さディメーン」

「何!?何を負け惜しみを言って…」

奴の言葉はこれ以上続かなかった。いや、続けることができなかったというべきか。
先程飛ばした髭ブーメランが奴の背中に直撃したのである。俺もすっかり忘れていた為すげぇビビった。ブーメランってあんなにも綺麗に帰ってくるんだな。
背中に帰ってきた巨大ブーメランの奇襲を受けた奴は「が…は…!?」と漏れ出るような悲鳴を上げた。そしてそれと同時にマイブラザーを覆っていた巨大な次元魔法が完全に消えた。

「よし!今だルイージ!!」

ルイージが乗るマイブラザーは俺の言葉を合図に猛スピードで前進し、ゆっくりと落ちていた奴をマイブラザーの巨大な両手でしっかりと掴んだのだ。

「ぐはっ…!」

「これでおしまいだよ!いっけええええ!!!」

ルイージの叫びと共にエルガンダーZの目から最大出力のレーザー光線とミサイルが発射され大きな爆発が起きたのだった。
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