Lという名の男の話《後編》


「ぐあああああああ!!!」

「Mr.Lー!!」

俺は声を上げながら右肩を抱き後へ倒れ込む。くそ、めちゃくちゃいてぇ。あの野郎、精神体にもこんなダメージと痛み与えてくるとか。そして右腕はどうなってるんだ…?

そう思い右腕の方を見ると、俺が確認する限り、右腕は見つからなかった。
黄色い空間に切り取られたであろう部分から先は綺麗に無くなっていた。そりゃ痛い筈だ。だが精神体だからかなのか血は吹き出していなかった。
さっき俺達の座っていたソファが吹き飛んだのを見ていたからなのか、やっぱりな、と思ってしまった。これでもちょっと覚悟はしてたんだ。もうちょっと錯乱するかと思いきや自分の血で俺の服が汚れるよりはいいかと思う分冷静?でいられた。

だが俺よりもルイージの方が大きく取り乱していた。

「ルイルイルイ!!」

奴が高笑いを決めてる中、ルイージは痛みで呻いている俺の元に駆け寄ってきた。

「あ、ああ、う、腕が…!!ぼ、僕のせいで…!!ご、ごめん、ごめんよぉ!あ、ああ…っ!!」

きっと今のルイージは自責の念と混乱でいっぱいなんだろうな。取り乱し方が半端ない。

「お、お前の…せいじゃない。ぐっ…!…俺が進んでしたことだ…!」

「で、でも…!」
「お前は!」

俺はアイツが言う前に声を張り上げる。痛みはまだ続いてる。めっちゃ痛い。

「お前は…生きて此処から出るんだ!兄貴の為にも!俺の為にも!…俺は、お前が無事此処から出られるよう、全力でサポートするって決めたんだ!」

「Mr.L…、何故…そこまでして僕を…」

「お前は…」

困惑しているルイージに対し俺がそう言いかけた時である。

「さぁて、遊びはここまでだ」

「「!?」」

奴の声にハッとした時にはもう遅かった。辺りが一面黄色いのだ。
奴は俺とルイージを丸ごと黄色い空間で覆ったのだ。
これは以前にも見た光景だった。
一気にあの時の記憶がフラッシュバックされる。いつのまにか体が小刻みに震えていた。

「君たちと遊ぶことができて実に楽しかったよ」

黄色い空間越しから見える奴はそう言い微笑む。まるで俺達との戦いが子ども同士の楽しい遊びだったかのように言っていやがる。そしてそれを楽しかったよねー、まだ遊んでいたかったよねーって名残惜しんでいるのが非常に質が悪い。こちとらそんなつもりで戦ってねぇわ!そしてまだ死ぬつもりもねぇ!腹立つわー。

そう俺がムカムカしている中、奴は嬉しそうに話し始める。

『「さて…、これ以上は時間の無駄だ。そろそろおしまいにしようか」』

奴は俺達にも、兄貴達にも聞こえるよう話しているのが分かった。少し離れた位置にあるモニターからは、疲れの色を見せている兄貴達の姿が見えた。向こう側でも奴は無敵状態で暴れたらしい。

「そ、そんな…、僕達は…ここで終わりなの…!?」

奴を見たままそう呟くルイージの顔色は青褪め、まさに絶望に打ちひしがれていた。

くそ、このままじゃルイージが…兄貴が…そして世界が…あの糞野郎のせいでぶっ壊れちまう…!


『「じゃあね…アデュー!」』

そう言い奴は右手を上げ指を鳴らそうとしている。

「ぐ…」

俺はただその光景を見ることしかできなかった。
身体が、動かない。震えが、止まらない。

もう、どうにもならないのか…?
俺は…俺は、どうしたらいい…!?


その時である。


『「ん…?ナンだ…?」』

奴が何かに反応しそう言ったのだ。
奴の言葉に反応し、俺達も何事かと思った瞬間、奴は驚きと同時に頭を抱えだしたのだ。

『「!!

馬鹿な!ピュアハート!?
ピュアハートのチカラは伯爵との闘いで失われたはず…」』

「「!?」」

な、ピュアハートだと!?

俺はハッとしてモニターを見る。
奴の視界から、ピュアハートがルイージの身体の周りを取り囲むように飛んでいるのが確認できた。
最初あの野郎は何を言ってんだと思ったが、どうやら奴の言っていることは本当のようだ。

「ほんとだ、ピュアハートだ…でもなんで…」

ルイージも唖然とした様子で画面の方を見ている。
確かにコイツの言うとおりだ、何故今ここにピュアハートが…?

そう俺が疑問に思っている中、画面から見えるピュアハート達が一斉に光りだしたのだ。

なんて、暖かい光なんだ…。
画面越しからでも感じられる暖かい光に、いつの間にか身体の震えも無くなり、腕の痛みも無くなっていた。だったら腕治してくれよとも思うが贅沢は言ってられない。

『「こ、これは、いったい!?
無敵の力が失われていく…」』

この光の影響で奴がうろたえているのが分かる。きっとピュアハートは伯爵の時と同様、混沌のラブパワーの力を打ち消したんだ。
そのお陰で俺達を覆っていた黄色い空間が瞬く間に消えていった。あぶねー、俺達は紙一重のところで死を免れたのだ。これって九死に一生ってやつ?

『これで、もう大丈夫…
ピュアハートが私達に力を与えてくれた!
さぁ、いきましょう!!』

奴にどこかへ飛ばされていたフェアリンが兄貴達にそう言っている。
どうやったか知らないが、話の流れからピュアハートの力を取り戻したのは彼女のようだ。
そして彼女のこの言葉で兄貴達は奴に向かっていったのだ!これ以上、奴の好きにはさせないために!世界の平和のために!!

よし!俺達も反撃だ!!

『「無敵の力が無くなろうが、最後に勝つのはこのボクだ!この圧倒的な力でキミたちをねじ伏せてやるよ!ルイルイルイ!!!」』


「それはどうかな」


『「!?」』

奴の未だ余裕ぶった発言に対し俺はそう話しかける。
その場から立ち上がり言い放った俺の言葉に、奴は驚いたような、はぁ?何言ってんだこいつみたいな顔で俺を見ている。けっ、舐めやがって…!
因みに俺の隣にいたルイージも突然何言ってんだコイツみたいな顔をしていた。こいつら揃いも揃って…!

「最後に勝つのは兄貴達と、俺達だ!!」

「…ハッ、それはあり得ない。どうしようもない位ナンセンスだ。寝言は寝てから言ってみてはどうかなエリリン?」

そう言い奴は鼻で笑う。
ムキー!あの言い方ほんと腹立つ!エリリン言うなこの野郎!
…ふん、今からその余裕こいてる鼻っ面?…いや仮面をぶっ飛ばしてやんよ!


「今からテメェをボッコボッコにしてやるぜ!俺達と、俺の愛機を使ってな!」

「愛機…?」

ルイージはそう言い首を傾げる。確かにそうだよなアイツには分からないだろう。
今から見せてやるよ。俺の自慢の愛機をな!

俺は左手を天に掲げ大きな声で叫んだ。


「出てこい!俺の愛機!エルガンダーZ!!!」


その声の後、俺の背後でドーーン!!とけたたましい音が辺りに鳴り響き、巨大なものが落下した時特有の大きな揺れと風圧が背中から感じられる。
後を振り返ると、そこにはあの時の闘いでボロッボロに砕け散った俺の相棒、エルガンダーZが堂々とそこに立っていたのだった。

思った通りだった。

俺達がいるこの心の奥底は、ルイージにとって必要のない記憶が時間をかけて消えていく所。ナスタシア曰く記憶のごみ箱である。
ごみ箱に落とされた記憶は時間の経過と共に形を保てなくなると彼女は言っていた。だが実際には形が見えないだけで存在してはいるのだろう。だから思い出したことであのソファが出てきたんだ。

そして奴がここに来た時に気付いたことなんだが、この場所にいる限り誰でも"ルイージの中の記憶を思い出せば"思い出したものが現れるということ。

俺がソファを出した時、思考の主導権はルイージにあった、俺ではない。そしてルイージがソファを出した時もすでに思考の主導権はあの糞野郎の手に落ちていた。どちらの場合も意思思考の主導権関係なしに思い出した物を出すことができたのだ。
よってここでは、例え誰かに思考を乗っ取られていようが、この場所でルイージの忘れられた記憶を思い出しさえすれば、誰でも忘れられた物を出現させることができるということだ。…と言ってもルイージの記憶なんて思い出せるのは本人であるルイージと俺にしかできないことだからな、俺達二人の特権と言ってもいいだろう。

だからこそ、この特権を強みにしたかった。

この特権を活かせば奴への対抗手段にもなりえるのだ、使わない手は無い。
…のだが、忘れたものを思い出すってかなり無理難題だと思う。だって忘れてるんだもん。すぐに思い出せる記憶は忘れたなんて言わないだろ?

そうして何も思い出せないまま奴の次元魔法にはまっちまった訳だが…。
ピュアハートを持ってきたあのフェアリンを見た時、思い出したんだ。あの悲劇の一言を。
俺の愛機エルガンダーZを木っ端微塵にされた後あのフェアリンが放った一言を…。あの辛い一言がエコーになって俺の頭を駆け抜けたのだ。どうやら余りにも辛すぎて一時的に忘れていたらしい。

だが、そのお陰でピンときた。

俺がここに来て思考の主導権がルイージに移った時、俺だけでなく俺に関する記憶も全てここに落ちてきているのではないか?と。
だとすればきっと俺がその記憶を思い出せば、形を成してくれるかもしれない。

身体も心も一時は俺のものだったんだ。
Mr.Lとして、この世にいたんだ。
心は二つだが身体は一つ。ルイージには必要のない俺の記憶は、必ずここのどこかを漂っているはずだ…!

そして俺はコイツ等の前で思い出したんだ。俺の相棒のことを。

どうやら形を保てなくなった記憶はまるでパズルのように細かくなってしまっているようで、言葉だけでは記憶のカケラ同士が上手く纏まることができず、細部までしっかりと思い出さなければ形にすることができないようだ。
あのソファの時は俺が細かく想像をし、それが偶然にルイージの記憶のソファと合致したから現れたんだ。…というか俺もアイツだからな、無意識に思い出していたんだなやっぱり。

まぁ、相棒の細部まで思い出す位、造作もないさ。だって俺が一からこだわり抜いて作ったんだからな。
見よ!このカッコいい出立ちを!カッコイイ俺の顔そっくりだろ!?
これぞ俺の唯一無二の相棒!鋼鉄の兄弟!メタルブラザー!!くー!見ていて惚れ惚れするね。

そう思いながら俺は片手を腰に当て満足気に相棒を見やる。そんな中…

「か、カッコイイーー!!!」

俺の隣でルイージは目に星を入れているんじゃないかって位キラッキラした目で興奮気味にそう叫んでいた。ふふん、そうだろそうだろ?やはりアイツは俺なだけあってブラザーの良さがよく分かってる。
だが奴はルイージとは対照的に両手を上げやれやれポーズをしていた。あの野郎呆れてやがるな。

「何を出したかと思ったら…ヒゲヒゲ君達に粉々にされたロボットじゃないか。そんなすぐに壊れちゃう玩具なんか使った所でこのボクに敵うとは思わないんだけど?」

「玩具なんかじゃねぇ!こいつは俺の相棒!マイブラザーだ!こいつがあってこそMr.Lの本領が発揮されるのだ!」

俺の言葉を聞いた奴はニヤリとほくそ笑む。

「へぇ…、じゃあ、そのMr.Lの本領とやらを見せてもらおうか」

「ふん、言われるまでもねぇよ」

俺は左手で奴を指さし大声で叫んだ。

「マイブラザー!空中にいる奴をロックオン!ターゲットにレーザー発射!」

俺の声を聞いたエルガンダーZもといマイブラザーは目を赤く光らせ、飛んでいる奴に向けてレーザー光線を飛ばした。俺が叫んでいるというのもあるが奴はレーザー光線をひらりと躱す。俺は続けざまに「ターゲットにミサイル連射!」と叫ぶとマイブラザーの鼻の部分からミサイルを発射していく。いやー、俺が操縦席にいない時は俺の声に反応して動くようにしておいて良かったぜ。

連射と指示しておいたからな、マイブラザーは奴に向け立て続けにミサイルを撃ち込んでいく。ミサイルは追尾機能を搭載している故奴はしつこく追いかけてくるミサイルから逃げなければならない。実際奴は何発ものミサイルから逃げている最中だ。
よし、これで少しは時間を稼げるだろう。

そう思い少しホッとした俺が横を見ると、ルイージは「うわー凄ーい!!」と叫びながら攻撃しているマイブラザーに夢中になっていた。こいつ本当お気楽で良いよな。
だから俺はそんなはしゃいでいるルイージに声をかけた。

「ったくテメェはよぅ、人の気も知らないではしゃぎやがって」

「だって凄いじゃないか!レーザーだよ!?ミサイルだよ!?興奮しない訳ないじゃないか!」

「ぐぬぬ…」

確かにそうだ、何てったって俺のロマンを詰め込んだからな。気持ちは分かる。
未だに興奮冷めやらないルイージはマイブラザーの頭部を指さしテンション高めに聞いてきた。

「ねぇ!ねぇ!あのロボットコックピットあるよね!?あそこに君が乗るのかい!?」

「いや?」

「え?」


「乗るのはお前だよ」


・・・。


「…は?はあああ!??」
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