Lという名の男の話《後編》
『ルイージーーー!!』
あの野郎の言葉を妨げたその声は俺達にはとても聞き慣れた声であった。
「兄さん…!」
「兄貴…」
「おやおや~、この声はヒゲヒゲ君かな?ヒゲヒゲ君達の様子をちょっと見てみようか♪」
奴はそう言うと指をパチンと鳴らし、俺が今まで見ていたモニターを砂嵐から切り替えたのだ。
『ルイージ!目を覚ましてくれ!!』
『おい!魔法弾が来るぞ!!避けるのだ!!』
『!?』
『キャーー!!』
モニターから見えたのは、こちら側の攻撃を避けながら必死にルイージの名を呼んでいる兄貴達の姿だったのだ。
ま、待てよ、何だよこの状況。奴はルイージの身体を使って攻撃をしているにも関わらず今現在俺達の前にいて俺達をおちょくっているとか…、訳が分からない。
この空間はゴミ箱。俺のように身体の主導権を失くした、忘れ去られる意識や記憶が落ちる所だ。勿論心の奥深くまで意識を沈めなければこんな所には辿り着けないのだ。そしてそれ程まで意識を沈めたら普通だったら意識は外になんか向けられない。瞑想とか催眠とかが良い例なんじゃないか?攻撃している片手間で来れるような所じゃないんだよここは。あの野郎は分身でもしているとでもいうのか。
訳が分からず固まる俺の隣で、ルイージは兄の苦境を見てハラハラしているようだった。
「に、兄さん!!」
「フハハハハ!!これはこれは良い眺めだ。ボクに攻撃できずただただ逃げ惑う。実に愉快だ!」
「ボクって…、今君はここに…、どういうこと…?」
「んっふっふ、だから言っているだろう?ルイージ。君の心と体の主導権を握ってるって。ボクは君を操り、君の身体を使って混沌のラブパワーを取り入れたんだ」
「だから、あの時急に体が動かなくなったのか…」
「そう、だから君はここにいる。この何もない、心のごみ箱に。そしてボクは混沌のラブパワーの絶大なる力を手に入れたのさ!これで何もかもが思いのまま!そう、例えば、君の身体に彼らを攻撃しろと命令したり、今にも消えそうな君たちを見つけて見に行ってみたりなんてね、簡単にできちゃうんだよ」
そうだった。あの野郎は現在、ルイージの身体を借りて混沌のラブパワーの力を得ている状態だ。
こうしてこんな心の奥底にいる俺達をおちょくっている間も、同時進行でルイージの身体を動かし兄貴達を攻撃しているという離れ業を余裕でやってのけているのだ。チッ、なんて野郎だ。
「おや?ヒゲヒゲ君が動きだしたようだね」
奴の言葉でハッとした俺もルイージもモニターを見る。
ルイージの名を呼び静止の声を掛け此方の動きを窺っていた兄貴であったが、ついに攻撃を仕掛けたようだ。あの野郎が攻撃をやめないこと、そしてどうやらクッパに"このままでは全滅するぞ"と説得?(ていうか怒鳴られてた)されたようだ。
確かにこのままじゃ確実に兄貴達の体力が消耗するだけだ。この野郎は攻撃の手を緩めていないし緩めるつもりも無いからな、ピーチ姫にも怪我を負わせかねない。説得できるまで待っててもしょうがないのだ。流石に兄貴もそれには折れたんだな。
兄貴は奴の振り下ろした拳や魔法弾を避け、奴の攻撃が止まった瞬間にジャンプ攻撃を仕掛けたようだ。
死角からルイージの身体を踏み抜いたのだろう。奴の視界がその衝撃で揺れた後画面内に兄貴が現れ地面に着地したのだ。奴の隙を突いた見事な一撃だった。
だが、奴はヘラヘラと笑っていたのだ。
「んっふっふ、効いてないね~」
「!?」
「な、何で!?当たってたよね!」
ルイージの疑問はごもっともだ。俺から見ても兄貴の攻撃は奴(ルイージの身体)にしっかりはいっていた。
ルイージの疑問を聞いた奴は元々ヘラヘラしていた笑みを更に深めた。
『「んっふっふっふ!今のボクは無敵なんだよ。何をしたってムダムダー!!」』
この場にいる俺達も、ルイージと合体した奴を見ている兄貴達も皆奴の言葉に驚き、そして気付いたのだ。
伯爵との闘いでピュアハートによって封じられた筈の混沌のラブパワーの力が、奴の魔力によって元の状態にまで戻っていることに。
それ故に奴は伯爵同様無敵状態であり、またピュアハートを全て集め混沌のラブパワーの力を封じなければ奴に太刀打ちできる術が無いのである。
俺達はこの野郎がラブパワーを元の状態に戻せる程の魔力があるってことを完全に失念していたのだ。例えラブパワーと一体化し力を会得してもピュアハートによって封じられたラブパワーならなんとかなるかもしれないと、何処かで思っていたのもあるだろう。
そして俺はそれとは別の意味でも驚きを隠せないでいた。
奴はこっち側とあっち側両方に向けて話をしていたのである。こっち側にはモニターがある分奴の言葉が二重になって聞こえてきたのだ。
何でそんなことをしているのか、それはきっと兄貴の攻撃で奴がダメージを受けなかったからだ。何故ダメージを受けない?という同じ疑問がどちら側でも浮上したのだ。それぞれの空気を読み同じ言葉でもいいように返答するという非常に器用な芸当である。
『「さあ、そろそろあちらこちらの世界が滅ぶ時間だ…」』
奴の言葉で皆が息を飲む。世界の崩壊というタイムリミットが遂に来てしまったのだ。
『「自分達の無力さを噛み締めながら君達もここで消えるがいい!」』
そう言い放った奴は『「ルイルイルイ!!」』と腹立つ笑い方をしながらソファからフワリと宙に浮かんだのだ。俺達に向けられた殺気と共に。
今の言葉は兄貴達だけではなく俺とルイージにも向けられていた。奴はここにいる俺達を消してルイージの身体の乗っ取りを完全なるものにしたいのだろう。俺達は奴にとってお邪魔虫でしかないのだ。
だが、俺に…いや俺達にとって奴の方がお邪魔虫なのだ。このまま好き勝手にできると思うなよ!
そう思った俺はギロッと奴を睨み付け身構える。いつでも飛び掛かれるようにな。
そう、闘いはあっち側だけではない、この心の底でも闘いの火蓋が切られようとしていた。