Lという名の男の話《後編》

ゴン!って痛そうな音が聞こえたからな、相当痛いのだろう。ルイージはしゃがみ込み頭を押さえながら「いててて…何も叩かなくたっていいじゃないかぁ…」とほざきやがる。

「うるせぇ、お前は見てるだけで良いかもしれんが俺はいつもより何回も自己紹介して疲れてるんだ!何回回ってると思ってる!?こちとらクルックル回り過ぎて頭くらっくらだわ!」

「い…いつもより多く回しております~…」
「おめでとうございま~す!っじゃねぇよ!やかましいわ!!」

「あはは、ごめん」

俺ははぁ…と溜息を吐く。正直こんな馬鹿げたことをやっている場合じゃなかった。

「くそ、兄貴はどうなってるんだ…!?」

ルイージ達が最奥の伯爵がいる部屋に辿り着いた時、兄貴は伯爵と戦っていた。だがその時は混沌のラブパワーの力により兄貴の攻撃はほぼ通っていなかったのだ。だが、合流したルイージ達と兄貴の心が一つになった時、ピュアハートが光りだし混沌のラブパワーの力を相殺したんだ。そのお陰で兄貴達は伯爵を負かすことができたのだ。

だが、その時にあの野郎が出てきやがったのだ。

あの野郎は伯爵にトドメを刺そうとしてきた。それを庇ったナスタシアは飛んできた魔法弾を受け…そのまま目を覚ますことは無かった…。
そしてその混乱に乗じてあの野郎はまんまと混沌のラブパワーを伯爵から奪ったのだ。
奴は以前言っていた通りルイージをしもべにし、なんと混沌のラブパワーとラブパワーの器となる緑の男であるルイージ、そしてあの野郎自身を合体させ強大な力を得てしまったのだ。

あの野郎がルイージとラブパワーと合体し、ルイージがあの野郎に意識の主導権を盗られた以降、ここにある画面はまた砂嵐。しかも黄色と紫の色の砂嵐が交互に映るという腹立たしい仕様である。何もここまで己を主張しなくたっていいじゃねぇか。
とにかく、これのせいで兄貴達がどうなってしまったのか全く持って分からないのである。伯爵同様混沌のラブパワーを取り入れた奴にダメージを与えられていないのではないだろうか。

最悪、あの野郎に皆やられちまっている可能性だってあるのだ。

その最悪のシチュエーションを想像してしまっている以上、現状が分からない状態というのはとてつもなく不安になる。くそ、なんとか分かるようになればいいんだが…。
そう一人焦っている俺に対し、今置かれている現状を全く把握していないルイージは「兄貴って?君のお兄さん?」と暢気にそんなことを聞いてきた。何というか、こう暢気に聞かれるとこっちも脱力しちまうな。

「はぁ…お前の兄貴だよ、今頃きっと混沌のラブパワーと合体したディメーンの野郎と戦ってるはずだ」

そう言った途端、ルイージの顔色がみるみる青ざめていくのが分かった。

「そうだ、兄さん…!兄さんは大丈夫かな…!?」

「分かってたらこんなに焦ってねぇよ」

「そ、そうだよね…。ぼ、僕達はどうしたらいいのかな?そもそもなんでこの空間にいるのかもよく分かってないし…」

ルイージの言葉に対し、俺は「あー…」と言葉を詰まらせる。確かにそうだな分からんわな。これは一から説明しなきゃいけないかぁ、面倒臭いなぁ。
そう俺が思っていた時である。突然俺の背後から声がしたのだ。


「なんだ、もう自己紹介終わっちゃうの~?」


・・・。


「「!!?」」

俺達は飛び上がった。「うひゃああああっ!!?」って情け無い叫び声と共に。椅子に座っていたらきっと今頃転げ落ちていたな。危ねぇ…(因みにルイージはソファから転げ落ちた)。

まさか誰も居ないはずの後から声がするとは思ってもみなかった。
こんな真っ暗で誰もいない空間に俺とルイージ以外の声が聞こえること自体有り得ない。そう思い込んでいたのだ。それは一種の油断だ。俺達はその油断故に盛大にびびってしまった訳だ。

その声にビビっていた為反応が遅れたが、この声は嫌に聞き覚えのある声であり、今一番ここに来て欲しくなかった人物のものである。その声の主は…

「何だか楽しそうだったし、来ちゃった♪」

そんな馬鹿げたことをぬかし、そして何故か音も気配も無く俺のソファで優雅に脚を組み寛いでいた男、ディメーンその人であった。
てか何なんだよそのノリは、なんだよ来ちゃった♪って!?しかも両拳を口元に持ってきながらそんなことを言うのやめろっ、お前はちょっとめんどくさい彼女か!?俺はお前の彼氏みたいなポジションなんかじゃ全くないからな!!

…ぐぎぎ、いかん。このままではまた奴の訳分らんペースに飲まれる。
色々ツッコんでいたら奴の思う壺だ。だが、ここでずっと黙っている訳にもいかない。

「テメェ…、どこから湧いてきた…!」

「湧いてきただなんて…人聞きの悪いこと言わないでほしいなぁ。今現在僕はルイルイ君の思考の主導権を握ってるんだから。来れて当たり前でしょ?」

そう奴はほざく。さも当然かのように首を傾げながら言うの腹立つぜくそ。まず人一人乗っ取るのも、こんな意識しても来れるような場所じゃないとこに平気な顔して来るのも普通出来ないからな!
だがこの中で話の流れについていけない奴がいたのだ。今現在、そんなあの野郎に心身の主導権を奪われてしまっている哀れな男ルイージである。

「ちょ、ちょっと待って!僕の主導権を握ってるってどういうこと!?」

「…。」

ルイージの質問を聞いた途端、ディメーンの野郎が驚愕の目でこちらを見てくるのが分かった。俺は奴と目が合う前にプイッと横を向き視線を逸らす。
分かるさ言いたいことなんて。何で今までの事や今起こってる事アイツに話してなかったんだ?ってことだろ?だって自己紹介で疲れてたし面倒だったんだもん。

「ねぇちょっとエリリン」

「エリリンやめろや、後耳元まで来て喋るな、俺はお前みたいな奴とこしょこしょ話をするような趣味はない」

俺の言葉の通り、現在奴は俺のそばに近寄り耳元で喋っている。正直うざい。因みに俺は一切奴を見ていない。

「だって可哀そうじゃん一人置いてけぼりで。こんな事彼の前で堂々と話せないよ」

「あ、あれ?何話してるの?」

「ていうか何でボクが来る前に色々説明してないのさ。これじゃ全然話進まないんだけど」

「テメェの都合なんて知ったこっちゃねぇ。こちとら自己紹介で忙しかったんだからそれ位大目に見てほしいくらいだ」

「ね、ねぇってば」

「もう、君は相変わらずだな。ていうか何でここにいるの?」

「うるせぇ、色々あんだよっ、好きでここにいる訳じゃねぇ!ていうかそもそもテメェのせいだろうがっ!」

「あれ!?聞こえてないかな!?」

「んっふっふ、そういえばそうかも~♪これは失敬☆」

「テメェ…」

今の言動といい、今までの事も含めてカッチーンときた俺は振り向き様に奴へ殴り掛かる。勿論あの腹立つ仮面に向けてだ。
だが奴も察しが良い。「おっと☆」と言いながら後方へ飛び上がった。あの野郎、俺が怒ることを見越して俺をおちょくっていやがる。

「やれやれ仕方ないなぁ。どうやらエリリンが説明してなかったようだから代わりにこの"優しくて素敵な紳士"と評判のボクが説明してあげるよ」

俺の拳を避け空中へ飛び上がった奴は、そう腹立つ台詞をほざきながらゆっくりと宙を移動しそのまま俺のソファへ腰かけたのだった。だがそれよりも…!

「なんで俺が悪いことになってんだよ!後エリリン言うな!」

「やだなぁ、そんな水臭いこと言わないでおくれよ。君とボクの仲じゃないか」

「え?じゃあ君達は友達?」

「んっふっふ、そうとも~!」
「友達なんかじゃねぇよっ!」

「え、えー、どっち…!?」

俺と奴が同時に言ったからかルイージは俺達を交互に見て混乱しているようだ。ったく、あの野郎変なこと吹き込もうとしやがって…!

「あの野郎は俺を爆破しこんな所に追いやった張本人だ!」

「え!?」

「ん~まぁ、ボクの中のシナリオ上、このまま彼にいてもらっていたら何かと不都合だったからねぇ~。それに、彼が消えたお陰で君はお兄さんと無事会うことができた訳だし、結果オーライだよね♪」

「…え…?」と固まるルイージを傍目に俺は小さく舌打ちをする。
確かに奴の言っていることは事実だ。ナスタシアの洗脳のお陰で、俺があのまま出張っていたらコイツは兄貴と会えなかっただろう。

黙り込む俺達を見て奴はニヤニヤしながら畳み掛ける。

「んっふっふ、どういうことか分からない顔をしているね。それはそうだよね彼から君の事を聞かされてないのだから」

「ど、どういうことなんだい…?君達は一体、僕の何を知っているんだ…!?」

そう言ってルイージは俺達二人を交互に見る。
それに対しあの野郎は「んっふっふ」と笑いかけたのだ。

「そうだよね。確かにキミだけ知らないなんて不公平だ。だからボクが教えてあげよう」

奴は嬉しそうにソファから身を乗り出し「キミはね…」と口を開いた時である。
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