Lという名の男の話《中編》


「だあああ!このっ!!待てやあああ!!!」

俺ことミスターLは今現在、真っ暗闇の空間の中、四角い画面の真ん前で一人大絶叫をかましていた。それはもうけたたましい程の大音声、いや大怒号だ。この声量はルイージの記憶を含めた上でも歴代一位だと言っても良い。スポーツ観戦に来ているおっさんの野次よりも声が出ていたと思う、きっと。
…まぁ、それ位大きな声で叫んでいた訳だが、それには勿論深ーい理由があるのだ。

そしてその深ぁあーい理由は、この四角い画面にちらちらと映ってはいなくなるを繰り返し、おちょくりながらアイツ等から逃げている男、ディメーンにあったのだ。


この四角い画面の主観であるルイージは、勇者である赤い男ことマリオとかつての俺の根城であった暗黒城の中を急いで進んでいた。
この城に入った時は四人だったが、この時にはコイツら兄弟二人とフェアリンだけになっていた。それは元俺の同僚であるドドンタス、マネーラがそれぞれクッパ、ピーチと交戦し足止めをする為である。そして伯爵の計画を一刻も早く阻止する為ルイージたちは先を急ぐことになったのだ。

アイツらと会うのは、ルイージに還ってから初めてだった。
まさかこんな形で再会するとは夢にも思わなかったがな。そしてアイツ等もまさか俺がいるだなんて思ってもいなかっただろう。
アイツ等とはちょっとの付き合いしかなかった(しかもほぼ口喧嘩しかしてない気もする)がもう会って話もできないかもしれないと思うと…ちょっと寂しい気もする。


そんなしょっぱい気持ちの中、アイツ等が入った部屋に、奴はいた。


俺を殺した…というかこの真っ暗闇な空間に入る原因を作った奴であり、今現在一番殴りたい男ディメーンである。

ここに来る途中も魔法を使い大量のディメーンの幻影を出してきてちょっと…というかかなりうざい攻撃をしてきたからな。俺は相当苛ついていた。
特にこれでもかという程大量の幻影が無言で部屋を埋め尽くしていたのを見た時はヤバかった。ルイージはおろかあの兄貴でさえも小さく「うわ…」と言っていたからな。俺?普通にビビりあがりましたけど何か?

とにかく、この時点で俺のイライラは頂点に達していたと言っても良い。
そんな心境の中、ディメーンはアイツ等に何て言ったと思う?

『ふっふっふ…言っておくけどボクを倒さないとこの先へ進むことはできないよ~♪
伯爵様の元へ行きたかったらボクを探してごらん
さあ、楽しいオニゴッコのはじまりはじまり~♪』

…だぞ!!

もう、「はぁあ!?」って思わず言っちまったよね。開いた口が塞がらないというか、何言ってんだコイツっていうか。
もう消えた後にそんな事言いやがったもんだから俺もアイツ等も文句なんか言えず、とにかく奴が残した痕跡を辿って追いかけているのが現状であった。


もしこの画面越しにあの野郎を見たら、俺はどうするのだろうか。


ここに来て状況を整理してからちょくちょく考えていたことだ。
普通に考えたらめちゃくちゃ怒っているかもしれないし、もしかしたら俺の心境が変わっていいわいいわになってしまうというのもあるかもしれない。それとももしあの野郎が謝ってきて改心するなんて言われたら俺は許せるのか…?土下座でもしてもらうか…?
ていうか、本来の目的であるあの野郎をぶん殴るっていう目的を無事果たすことができるのかも分からない。まぁ、最悪アイツか兄貴にボコってもらうのでもよしとしよう。

…とまぁ、予想と想像と妄想を足して三で割ったような考えを悶々と頭の中で繰り広げていた訳だが、これらは全くもって意味がなかったとだけ言っておこう。現実なんかそんなもん。

「クッソー!!あの野郎!!ちょろちょろしやがって!!おいルイージ!もっと早く走れ!」

あの野郎は兄貴達がこれまで巡った世界を順番に逃げているようだ。兄貴達もあの野郎が使った魔法の痕跡を頼りに追いかける。
チラッチラッと視界の端に映るという歯痒い現状に、思わず司令官ばりに指示が出る。こっちからアイツに伝わる訳ないのにな。テレビ中継を観ながら野次を飛ばすおじさんと一緒だ。

俺も何か兄貴達にしてやれたらいいが、この空間にいる時点で何もできないのが辛い現状だ。怒りのボルテージが上がり続け、遂には爆発寸前にまでなってしまっているのに対し、その怒りを発散させる術が無いのもきつい。

蓄積された怒りが飽和状態の今、俺はイライラを募らせながら腰かけていたソファから立ち上がり、仕舞には四角い画面から一mもない距離であの野郎へ野次の如く怒号をかましていた。もしこの画面が実体のあるテレビ画面だったら、今頃両手で掴んで怒りに任せガンガン前後に揺らしていたかもしれない。

そして、そんな長いようで短い鬼ごっこは突如終わりを告げたのだ。

兄貴達がディメーンと対峙した暗黒城の一室に戻ってきたのである。
この部屋にワープしてきたルイージ達が見たのは、『鬼ごっこは楽しんでもらえたか~い?』と、俺達をおちょくっているようにしか見えない態度でそんなことを宣っているあの野郎であった。

奴のその言葉を聞いた時俺の中で既に飽和状態であった怒りが、遂に理性のダムから凄い勢いで溢れだし決壊したのだ。

俺は思わず叫んだ。

『い、「いい加減にしろ!ふざけてばかりいないでちゃんと戦え!」』

だが叫んだ瞬間、俺の声が二重になって聞こえていたのに気づいた。どうやらアイツも俺と同じことをあの野郎に叫んだらしい。

『ふざける?失礼だな~。ボクはいつだって真面目だよ~♡』

奴はふざけた仮面越しにそうほざく。俺をここに飛ばした時に聞いた言葉だ。くそ、やはりイラっとする!あの野郎は何を真面目に人様へ迷惑かけてるんだって話だ!

『ボクはずっと君達を観察してきたんだ。ノワール伯爵に対抗できるのはやっぱり君達しかいない』

ああ、そういえばあの時、伯爵の目の届かないタイミングが今だ、ということであの時俺を攻撃してきたんだったな。
やはりあの野郎は俺が何者かを知っていたのだろう。その上で俺を消したんだ。伯爵の戦力を削ぐ為と、勇者を四人にして白の予言書通りにする為に。

『実はお願いがあるだ…。ボクに協力してくれないかい?…伯爵を倒すために!』

『ど、どういうことだ!?伯爵を裏切るつもりか!?』

ルイージは動揺の声をあげる。フェアリンと兄貴も驚きを隠せないようだ。きっとアイツ等は訳が分からないだろう。奴から唐突に寝返り宣言と共闘の誘いを受けたのだからな。そんな混乱と動揺が占める場の中、奴はルイージの問いに答える。

『裏切る?違うね。むしろ裏切ったのはノワール伯爵の方だよ。伯爵はボク等に世界を滅ぼした後、「理想的な新しい世界をつくる」と言ってたんだ…』

そういえばそんなこと言ってたな。俺はナスタシアの洗脳下にあったせいか、"伯爵のためになることをする"か"赤い男である兄貴を倒すこと"に重きを置いていて、滅んだ先のことなんて考えてもいなかったな。
…考えれば考える程前の俺ってヤバかったな。そこに気付けた点だけあの野郎を褒めてやってもいい。

そう俺が暢気に考えていた時、奴は思ってもみないことを言ったのだ。


『でも「新しい世界をつくる」だなんて嘘っぱち…。本当の目的は世界を滅ぼし消し去ってしまうことなんだよ!』


『「…!!」』

これには俺もアイツ等も驚きを隠せない。国々を滅ぼすどころか何もかも全て無に帰すってマジかよ。その上奴の言い様からすると、無に帰す対象は滅ぼす側、つまりは伯爵達にまで及ぶということだろう。本当に何もかも全てが無くなることを意味するのだ。
…いやほんと、伯爵は一体何を考えているんだ…?

『ボクは前から伯爵の目的を知っていた。でもボク一人じゃ彼を止められない。だから伯爵に従うフリをしながら仲間にできそうな人を探してきたのさ!』

成程、だからあの野郎は…

…って、いやいや、あの野郎は息をする様に嘘を吐きやがる。それに周りの都合なんてお構い無しな言動。そんな奴の言ってること全てを鵜呑みにするのはまずい。きっとこちらが喰いものにされる。安請け合いしないよう気を付けるべきだ。

幸いアイツ等も本当か?という目で見ているのが分かる。そんな空気が分かってか、あの野郎はクルリと後ろに向いた。

『そう…例えば…捕まりそうになってるお姫様を悪者の手から逃がしてあげたり…ピュアハートを直せるように途方に暮れている誰かさんをアンダーランドに送ってあげたり…

伯爵に捕らえられていたある男を開放して彼のお兄さんに再会できるようにしてあげたり…ね』

!!

こいつやはり色々裏で動いていたという訳か。ていうか最初からそういう腹積りならもうちょっと爆発抑えろよ!相当熱かったぞあれ!

『アナタが…私たちの味方をしてきたって言うの?』

フェアリンの問いかけにあの野郎はこちらに向き直り『そうとも!』と元気良く答えた。

『だから今度はボクに力を貸してくれないかい?』

そしてあの野郎は兄貴を見据えながら…

『そしてボクも君に伯爵を倒すための力をあげるからさ、ボクと一緒に戦ってくれ!』

と言ってきたのだ。その言葉を聞いて俺は思わず呟いた。

「う、胡散臭ぇ…」ってな。

奴のふざけてるような態度と今までの言動を加味した上で聞くと、どう聞いたって胡散臭い。ていうかそういう言葉はもうちょっと真剣に言えよ、ヘラヘラした顔でそう言うのやめろや。
俺の頭の中は既に奴へのツッコミでいっぱいだった。

『悪いけど遠慮しておくよ』

ほらぁ、兄貴もそう言って首を振ってるじゃん。胡散臭いって思われてるじゃん。

『おやおや、断るのか~い?伯爵から混沌のラブパワーを奪えば、その力で世界を支配できるんだよ?ボクの味方になっておけば君達の未来は薔薇色さ♡それでも嫌なのかい?』

ヘラヘラしながらも食い下がる奴に対し、兄貴はあっさりと奴の誘いを断った。流石兄貴だな。だが奴は兄貴の返答を聞くと途端に表情を変えたのだ。

『そうかい、そうかい…時間の無駄だったね。じゃあさっさと死んでくれるかい?』

奴の言葉で一気に場の空気がピリッと殺気立つ。兄貴は勿論、ルイージも若干奴の変わり様の早さに戸惑いつつも臨戦態勢に入るのが分かった。

いやいや、態度変わるの早ぇよ普通にビビるわ。ていうか、あの態度を見るにやはりあの野郎は兄貴達のことなんか何にも考えてないのが分かる。もし兄貴が誘いを受けていたら、色々言い包められて奴のいいように使い潰されていただろう。最悪奴の奴隷になっていたかも…。
…いや考えるのはよそう。奴もそこまで酷いことはしないと思いたい。

だが、そう思っていた矢先のことだった。

『特にそこのルイルイくんは弱っちくて目障りだから真っ先にやっつけてあげるよ!』

ルイージに向かって、ニコニコ顔でそう一言言ってきやがったのだ。

な、な、なんだとおおおおおお!!!?

その言葉を聞いて体中がカッと熱くなる。先程やっと鎮まった怒りが火山の噴火の如く勢いよく溢れ出してくるのが分かった。
ルイージのことを小馬鹿にするということは俺も同様に小馬鹿にすることになるのだからな、たまったもんじゃない!

『ムキー!なんだとー!?』

ルイージはそう叫びながら地団駄を踏んでいる。そりゃそうだあんなこと言われちゃあな!黙っちゃいられないぜ!

『兄さん!ここは僕に任せて、兄さんは先に進むんだ!!世界の崩壊を止める為には兄さんはこんな所でモタモタしてたらいけない!クッパやピーチ姫だってその為に戦ったんだ!僕もやらなくちゃ!!』

よし!!良く言ったルイージ!ここは男を見せる時だぜ!!

『それに何故だか分からないけど、アイツを見てるとムショーに腹が立つんだよ!だから…!』

この言葉には俺も少々驚く。
アイツ、無意識に何か思い出したのか…?
…それとも、俺が怒り過ぎて、俺の怒りがアイツに影響を及ぼしてるのかもしれない。

兄貴は振り返りルイージの顔を見る。兄貴の微かに揺れ動く青い瞳からは、心配している様な、本当にアイツの言う通りにしていいのか迷いの表情が見てとれた。
そりゃそうだろうなアイツだもん。兄貴にとっては唯一の家族。もし死んだらって思うかもしれない。

…だが、男には己のプライドの為に挑まなければいけない戦いがあるのだ…!あの野郎に小馬鹿にされる謂れなんかないんだ!

『頼むよ兄さん…!』

兄貴の目を見据えたルイージから懇願の声があがる。その声色から、アイツの真剣さが分かる。

「俺からも頼む!兄貴!ルイージに戦わせてやってくれ!」

そして俺は兄貴へ、届くはずの無い言葉をつい叫んだのだ。叫ばずにはいられなかった。

ルイージと俺は迷う兄貴の目をじっと見つめる。今のアイツはきっと、覚悟を決めた目をしていたのだろう。兄貴はその目を見た途端少し驚いていたのだ。まさかここまで覚悟を決めていたとは思っていなかったのだろうな。

そんな兄貴の驚きの表情は一瞬にして覚悟を決めた表情に変わる。そして…

『分かった』

そう一言言い頷いたのだった。

『ありがとう兄さん…』

ちょっとほっとしたルイージのその言葉を聞き、兄貴はルイージに背を向けた。
そして、『気をつけて…』と一言言い残し、でもちょっと心配そうに一度こちらをチラリとみながらこの部屋を後にしたのだった。アイツよっぽど心配されてんだな(ていうか兄貴ちょっと可愛いなと思ってしまったのは秘密だ)。

でも本当、ありがとう兄貴。アイツのこと分かってくれて…。
俺はそう感謝せずにはいられなかった。

フェアリン達もいなくなり、一人になった所でルイージはあの野郎と向き合う。奴は『んっふっふ…』と不気味に笑っていた。

『キミのなけなしの勇気に免じてマリオはこのまま行かせてあげよう。それに万が一彼が伯爵を倒してくれれば、それはそれでボクも助かるしね』

けっ、あの野郎、ふざけやがって。余裕こいてるのも今の内だぞ!
さぁ!いくんだルイージ!一発お見舞いしてやれ!俺はここで全身全霊で応援してやる!!

「やっちまえルイージ!!」

ルイージは俺の叫びに合わせるように身構え臨戦態勢に入る。

『さあそろそろキミの命…頂くとするか!』

その言葉と共に、ルイージとあの野郎の一騎討ちが始まったのである。
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