Lという名の男の話《中編》


僕は目の前でソファに座っている彼をマジマジと見た。ウトウトと気持ちよく微睡んでいた中大声で起こしてきた男は少々苛つきながらこちらを見ていた。何故彼はこんな真っ暗闇な空間に一人でいるのか、何故僕を叩き起こしたのか、色々分からないことだらけだ。まさかただの八つ当たりなのではないか?とも思ってしまう所である。

だけど、そんなことを置いておく程に、何故か僕は彼の装いに心奪われていたのだ。そしてつい漏れ出るように口にしてしまったのだ。

「か、カッコいい…」ってさ。

それを聞いた彼は最初ぽかんとしていたけど、僕の言葉を理解した途端「そ、そうか!!?」と嬉しそうに答えてくれた。小さな呟きだったけど、こんな何も無くて静かな所で僕達二人しかいないんだもん、そりゃ聞こえるよね。

「うん!カッコイイ!黒いライダースーツがカッコいい!それに緑の帽子にスカーフがアクセントになっててオシャレ!」

「…!?この良さがお前にも分かるのか!」

「分かるよー!僕緑好きだもん!」

「お前…!そうだよな!緑良いよな!」

「うん!良いよね!」

彼は最初、僕が畳み掛けるようにカッコいいポイントを間髪入れずに話すと驚いていたようだったけど、次第に嬉しそう(ていうか泣ぐんでる?)にしてくれたのだ。そしてそんな彼を見て僕は気がついた。

彼の座っているソファが、僕がとても欲しがっていたソファであるということに…!なんてこった!かつてネットサーフィンした際にとても欲しかったデザインのものじゃないか…!

「あああ!き、君!君が座ってるソファって…!」

「あ、あぁ、これか?」

「そうだよそれ!そのソファ憧れてたんだよねぇ!欲しくてネット見てたんだけどなんだかんだ忙しくなって買う機会がなかったんだよー!」

そんなウキウキして喋った僕に、彼は「だろうな」と一言言ったのだった。…え?何で彼は僕のこと知ってんだろ…?

「え?な、何で分かったの?」

「そりゃこのソファがこの空間にあるしな。ほら、お前が思い出したからお前の後にも出てきたぞ」

「え!!?」

彼の言ってることの意味が良く分からなかったけど、後にソファがあるという彼の言葉に反応して僕はすぐに後を振り返った。
するとそこに、彼が座っている理想のソファとそっくりなソファが一つ、何の前触れも無く置かれていたのだった。

「う、うわああああああ!!!あるぅううう!!!」

僕は思わず飛び跳ね叫んでしまった。いきなり背後に出現したソファに凄くビビった、いやビビったのを通り越してパニックになってる。
だって意味が分からないでしょ。いきなり何の気配も無く僕の真後ろにソファが出てくるって!え!?何処から!?何処から出てきたの!?下から!?それとも上から!?真っ暗過ぎて何も無いように見える空間からどうやってこんなもの出てくるんだよ!誰か持ってきたの!?だったら誰!?怖ぁああああ!!!

…で、でも…艶やかな茶色の革張り!ふかふかそうなクッション!つい全体重を委ねてしまいそうな程ドッシリと構えている背もたれ!そして柔らかな曲線に可愛い猫脚!なんて理想的なソファなんだ!非常に座りたい…!

「ほ、本物だよねぇ…?」

側から「実体はあると思うぞ」という彼の声が聞こえてる中、僕は恐る恐る人差し指をソファの肘掛けにちょんと突っついてみる。あ、触れる…。

「あ、本物だ、座れそう…!」

「まあ、座ってみろよ」

「うん!」

僕は彼の言葉に促され、ゆっくりとソファに腰掛ける。そして腰掛けた途端、僕は衝撃を受けたのだ。そう、このソファ、…途轍もなく座り心地が良い!
う、うわああ!!凄い!!抜群の安定感!!クッションふかふかっ!!座り心地最高っっ!!!人間本当に凄いものに触れた時、語彙力なんてどっか行っちゃうんだねぇー。
僕は絶大な幸福感から思わず「ふひぃぃいー…」と溜息が出た。そしてドロドロに溶けたアイスのようにダラリとソファに沈み込む。これがとてつもなく心地が良い…!

「しあわせ…!」

「おめでたい奴だな」

「なんだよー、君だって座ってるくせに」

軽く貶してくる彼に僕はそう言ってブーたれたんだけど、そういえば彼の名前を聞いていなかったことに今さらながら気付いた。彼が格好良くてつい「カッコいい」って言ってはしゃいでしまったばっかりに、僕は初対面の人には必ず初めにするであろう自己紹介をすっ飛ばしてしまっていたのだ。うわー、恥ずかし…!
色々と醜態を晒していた恥ずかしさから僕はしっかりと座り直した。それに自己紹介する時は礼儀正しくしていた方が良いよね。

「あー…ごめん、そういえば自己紹介してなかったよね」

「今更だな」

「うん、ほんと今更なんだけどさ、えへへ…僕の名前はルイージ。君は?」

「俺は…」

僕の言葉を聞いた彼は徐に立ち上がりクルクルと回転した後、右手を頭上に、左手を横にピシッと伸ばしたのだ。それは人文字でLに見える。

「俺は名はL。緑の貴公子、Mr.Lだ!!」

 最初何をするのか分からなくてビックリしたけど、彼の…いやMr.Lの自己紹介だと分かった時、僕の中のある感情が溢れ出し、その言葉がつい口から出てしまったのだ。
「…か、カッコいい…!!」って。
そうしたら彼もフッ…っと鼻で笑って「だろ?」って言ってた。すげぇや決めてるじゃん。

「うん!もう一回っ!もう一回やって!!」

「お、おう…!ったく、しょうがねぇな…」

結局決めポーズは後三回アンコールした。でも四回目のアンコールをした所で頭に思いっ切りチョップされた。


《Lという名の男の話 中編》
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