Lという名の男の話《前編》

記憶が途絶えた時、最後に覚えていたのは何だっただろうか…。

確かディメーンにおいでと言われた瞬間、身体が勝手に動き出した気がする。

その後は曖昧だけど、混沌のラブパワーと一緒になってしまったような…。

そんな時、ドプン!と水のようなものに落ちたような感覚を覚えた。

目を開けても真っ暗。天井も床も無い。何も無い真っ暗闇。
身体を動かそうとしても動かせない。指すらピクリとも動かない。でもどんどん下へゆっくりと沈んでいく感覚は分かる。

(あれ?僕は…死んだんだっけ…?)

生きてるのか死んでるのかも分からない中でどうする事もできないとなると…何したらいいんだろうね?
そして僕は目を閉じ身体を動かせないままどんどん下へ落ちていく。

不思議と苦しくはないんだ。呼吸はできてるんじゃないかな、ちょっとよく分かんない。

でも、このフヨフヨ浮いてる感じは凄く居心地はいい。もうこのまま眠っちゃっても良いかもしれない。

「おい」

あー、眠いなぁ。なんて言うかなぁ。この、身体の全てを委ねてる感じ。これが凄くリラックスするよね。

「おいってば」

ハンモックとか良いよね。あれも凄くリラックスするみたいだし。今度兄さんと一緒に家の前で作ってみようかな。

「おいっ!さっさと起きろやてめぇ!!」

「あばばばばっ!!?」

ウトウトと舟を漕いでいる最中に後ろからいきなり大声で叫ばれてしまった。
あまりにも急だったから僕は驚き目を開けた。だけど目を開けた途端浮遊感から一転し、急に身体の重力が働いて後頭部の方から一気に落ち、床と思しき所(床も真っ暗なので境目が分からない)に頭をゴンッ!て打ちつけた。
幸いなのか、床から十センチ程しか離れていなかった為「あいたーーっ!!」と叫ぶ程度で済んだ。

そして僕は痛めた頭を摩りながら起き上がる。

「あいててて…んもう、誰だよう。いきなり叫ぶなんて。ビックリしたじゃないか…」

そう文句を言いつつ振り返ると、そこには革張りのおしゃれな一人がけソファが一つだけポツンとあった。
そして真っ黒なライダースーツに黒い仮面、緑の帽子とスカーフといういで立ちの男が、そのソファに脚を組み腰掛け、ふてぶてしく此方を見ていたのだった。


《Lという名の男の話》
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