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一歩逃げれば一歩追う

治side

治「紬ちゃん、今ええ?」

紬「う、うん」

あの日の勉強会以来、少しずつ紬ちゃんに関わって、話し方が砕けてきた。喜ばしいことや。俺はさっぱり分からん理科の問題を広げる。でもどこか上の空の紬ちゃんがおった。

治「紬ちゃん?」

紬「!ご、ごめん」

治「今、何考えとったん?」

紬「!」

急にグイグイしすぎたか?ツムの言う通り人見知りやし。でも俺の不安はどっかに飛んで行った。

紬「が、頑張り屋さんだな、って」

頑張り屋さんて、小学生か。

侑「ほんま、紬ちゃんはツボやなぁ」

それは隣の席のツムのツボもついたらしい。

治「ツム、あんまりからかうなや」

紬「・・もう教えない」

治「そら勘弁して。ごめんなぁ」

ちょっと拗ねた感じの彼女も可愛え。

「宮君!!」

ツムのクラスの女子か?なんやねん、ツムと違ってこっちは紬ちゃんと休み時間しか関われんのや。

治「宮君は二人いてるけど、どっちなん?」

「お、治君の方や」

治「なん?」

俺かい。てかこの子確か侑が言うとった女やない?妙に付きまとって来る言うてたやつ?

「そこなら私も分かんで!教えたろか?」

ちょっと前にツムがこっ酷く言ったみたいやからな。それで次は俺っちゅうわけ?どっちでもええんか、お前は。

紬「治く」

治「紬ちゃんに聞いてるからええ。紬ちゃん、はよ教えて。チャイムなってまう」

俺に関わんな。ツムが良かったならずっとツムに引っ付いとけや。

紬「う、うん」

隣で容赦な、と笑っとるけど、お前のせいやぞ。

紬「そう、だからこうなるんだよ」

治「わかった!」

やっぱり紬ちゃんの教え方はめちゃくちゃ分かりやすいわ。もうプロや。

紬「・・治君」

治「なん?」

紬「さっきの子ね、理科得意みたいだから、その」

治「俺は紬ちゃんに教えてもらいたいねん。ダメ?」

アイツに聞くなら職員室に行って先生に聞くわ。

紬「だめ、じゃないけど」

治「ありがとう」

紬ちゃんは俺らが宮ツインズやからって接してくるわけやない。それが結構心地ええねん。

治「放課後、英語聞きたいねんけど」

紬「あ、うん・・じゃあ教室いる」

次の約束を取り付けるのも忘れん。そう言えば、昨日ツムが紬ちゃんの連絡先自慢して来よったな。俺は紬ちゃんの席に引き返した。大丈夫、忘れ物やあらへんで。

治「連絡先、交換してくれへん?」

紬「連絡先?」

治「ダメ?」

不思議がる反応が新鮮や。たぶんツムも自分から紬ちゃんに連絡先聞いたんやろ。たぶん初めてかもしれん、俺から女の子に連絡先を聞くのは。

紬「、ううん」

俺のスマホに稲荷紬、の文字がある。それだけなのに、なんや嬉しいな。

治「ありがとう」

紬「う、ううん、こちらこそ」

お前に出来て俺に出来んことはあらへんわ、クソツム。いつまでも自分が紬ちゃんの一番思うなや。

侑「うわぁ、あいつウッザ」

俺の視線から悟ったんか、ツムの言葉に俺は笑った。


北「一年の方はちゃんとテスト勉強出来てんの?」

部活終わりに北さんに言われて一年は返事を返す。この人意外と世話好きやんな。

銀島「侑のクラスの子がめっちゃ頭ええんですよ!その子にちょくちょく教えて貰ってます!」

なんや、銀も紬ちゃんのとこ通ってたんか。

北「その子の迷惑にならんようにな」

銀島「うっす!」

侑「一番迷惑かけてんのはサムや!」

角名「え?侑でしょ?紬言ってたよ、侑は授業中にも聞いてくるって」

北「授業中に?」

侑「ちゃうんやって!それは、そうやけど!」

角名「そうなんじゃん」

紬ちゃん、角名にそんなこと話してるんや。つかツム、お前は人のこと言えへんやないか。

北「まぁ、しっかり勉強してんならええ」


紬ちゃんが待ってる教室に行く途中、角名やツムが言いよった言葉が中々頭から離れん。なんやねんアイツら。紬ちゃんに馴れ馴れしいんちゃう。

ガラガラ

紬「お、お疲れ様」

治「おん」

本当におった。

紬「今日は治君だけなんだ、」

治「ツムも一緒の方が良かったん?」

ツムがおらんと残念なん?

紬「侑君は、教室でよく聞いてくるから、」

治「じゃあ角名?」

角名には勉強だけじゃない話もしてるんやろ?

紬「えっと、、」

困ったように言葉を濁らせる紬ちゃんに我に返った。あかん、かっこ悪いやつや。

治「ごめん、変なこと言ってもうた」

紬「う、ううん」

今日はこのまま帰った方がええかもしれん。

紬「!お、治君これ」

チョコ!

治「!ええの?」

紬「う、ん。疲れてるときは、甘いのがいいって」

疲れてるわけやない。いつもより部活も全然やってへんしな。でも俺の様子がおかしいのを心配してしてくれたことが嬉しい。

紬「テストまであと少しだから、頑張ろう?」

治「・・ん」

やっぱり、帰るんなしや。頑張ります。


そろそろ暗なるな。紬ちゃん帰るの遅くなるとあかん。

治「紬ちゃん、帰ろ」

紬「うん」

この時間、結構人残ってんな。掛けられる声に適当に返しとく。

紬「治くんも、やっぱり有名人なんだね」

治「あー、まあ」

紬「いろんな人が応援してくれるって、いいね」

治「!」

紬「?」

俺にとっては、どっちでもええ。応援が少なくても多くても、俺がやることは一緒。でも紬ちゃんみたいな考え方が出来るんはええなって思う。

治「紬ちゃんは、なんか頑張りたいことがあんるん?」

紬「え?」

治「なんや、そんな感じするから」

どこか、応援されること、一生懸命にやることに憧れてる様に話すことがある気がするから。

治「紬ちゃん、お芝居とか好きやないん?」

後で思い出したんやけど、あれオカンがハマってみとったドラマのセリフやった。でも正直ドラマより迫力あったと思うで。

治「ほら、勉強会したとき、先生になりきってたやん?それに屋上で」

隣を歩いていた紬ちゃんの足が止まとった。

治「紬ちゃん?」

紬「!あ、あの私」

治「?」

紬「わ、私、」

過呼吸。小さな手で胸を抑える紬ちゃんを俺は無意識のうちに抱きしめとった。

治「大丈夫や、落ち着いて」

紬「っ、はぁ、はぁ」

治「大丈夫やからな」

なにが、なんで、こうなったのかはわからん。でも今は落ち着かせることが一番や。小さくて細い体で、必死に呼吸を繰り返しとる。なんや、小さいなぁ。

治「・・落ち着いた?」

紬「、、うん」

治「ん、良かった」

ゆっくりした呼吸に安心する。安心したら、なんや、余計なことまで考えてしまうんは、男の性なんやろか。

紬「!!」

治「!?」

急に離れて行った紬ちゃん。え?バレた!?柔らかい思ってたんバレた!?

紬「ご、ごめんなさい!!」

急に勢いよく頭を下げられても、俺が下げるべきとちゃうんか!?

治「え、なんが?」

紬「な、馴れ馴れしくしがみついて、しまって」

治「しがみついてはないやろ」

そこは普通抱きついて、やないんか?しがみつくて、色気もなんもあらへんな。

紬「せ、制服しわになってる!?か、買いなおします!!」

治「いや、それやりすぎ。てか別にええで」

しわできただけで買いなおしてたらどうすんねん。

紬「あ、あの、その、屋上でのこと、だ、誰にも言わないでっ」

震えとる。芯のある紬ちゃんの声とは全く別もんに聞こえる。どうにかせな、、

治「・・言わへんよ」

屋上でのこと、最初から誰にも言う気なんてないで、紬ちゃん。ツムにも言うてへんよ。

治「だから、そんな泣きそうな顔、せんといて」

俺に見られたんが、あの紬ちゃんをこんな風にしてしまうんやな。誰にだって見られたないもんがある。それが紬ちゃんにとっては、アレやったんやな。

紬「、、制服、洗ってアイロンかけて返します」

治「だからええって」


あれからも、紬ちゃんは俺からの連絡にも返してくれたし、勉強も見てくれとった。でもどこか余所余所しいく感じるんは、俺が紬ちゃんに近づいたと思ってたからなんか、ようわからん。

侑「おーサム!」

紬「!」

ツムのクラスに行ったのは、ツムを迎えに行ったんとちゃう。紬ちゃんと話すためやった。でもツムの声で俺がいるて分かってるはずやのに俺の方を見てくれない紬ちゃんに声をかけてもいいんか、迷った。

「治君やん!今日もバレー応援いくね」

迷ってる間に数人の女子が俺とツムを囲んどった。紬ちゃんは俺らの横を無言で通り過ぎようとした。

治「紬ちゃん」

紬「!」

咄嗟に声を掛けてしもたけど、紬ちゃんはそれでも視線をくれんかった。

治「また明日な」

紬「う、うん。ばいばい」

侑「紬ちゃん!気ぃつけて帰ってな!」

紬「あ、ありがとう」

帰ってまうな。

「なんなん、あの子?態度悪ない?」

侑・治「「喧しい」」

俺とツムの声がそろって余計威圧的になったんか、逃げるように走って行った。

侑「お前、紬ちゃんになにしたん?」

治「なんもしとらん」

侑「お前と同じ顔の俺まで被害被ってんのや」

治「・・お前、紬ちゃんのこと好きなん?」

侑「好きや、言うたらお前どうするん?」

治「・・・別にどうもせんわ」

侑「やろ?だからそれ無駄な質問やで。それに俺は紬ちゃんの友達1号やねん」

治「紬ちゃんに謝れ」

侑「なんでや!!」

治「お前みたいな人でなしが友達1号とか、黒歴史やんけ」

侑「なんやとクソサム!!」

ツムのさっきの言葉が本当でも嘘でもどっちでもええ。俺がするんは、変わらん。


紬【ごめん】

部活前に送っておいたメッセージへの返事は拒否やった。え、めっちゃへこむな。

北「なんや元気ないな治」

治「・・そうですか?」

この人の観察力はすごいわ。

北「どうかしたん?」

北さんにここまで言われるって、俺相当へこんでんのやろか。煩いツムは先に出ておらんし、

治「電話してええ?って聞いてごめんって言われたんです」

北「そうか、そら仕方ないな」

治「・・・」

北「・・・」

あかん、やっぱりダメや。自分で考えよ。

治「お疲れっしたー」

北「治」

治「?」

北「断られても、それでも言わなあかんことがあるなら、仕方ないからかけたらええ」

治「でも、出てくれへんかったら?」

北「何度も掛ければええやろ」

治「・・それでも出てくれへんかったら?」

北「そしたら、もう諦めや」

治「・・」

北「ごめん、言うのもきっと悩んだんやないか、その子は」

たぶんそうや。紬ちゃんはそんな子。

北「やったら、お前の電話を無視し続けるなんてことせぇへんと思うで。ちゃんと相手のこと考えとったら、相手もちゃんとお前のこと考えてくれるんと違う」

治「・・あんがとうございます」

北「治にそんな顔させる子、俺も見たいな」

北さんが笑った!?

治「い、いつか北さんにも紹介します」


侑「ただいまー」

ツムが家に入って行ったのを確認して、俺は紬ちゃんに電話した。出てくれるやろか。

紬『・・も、もしもし』

長いコールの後に紬ちゃんの声が耳元に響いた。なんや、むず痒いな。

治「ごめん、寝てた?」

紬『う、ううん。大丈夫』

治「なら、ええんやけど」

紬『・・・』

俺が聞きたいこと、ずっと聞きたかったこと、

治「紬ちゃん、俺、紬ちゃんに何かした?」

紬『え?』

治「ちょっと前から、俺のこと避けてへん?」

ちょっとした沈黙。紬ちゃんが考えてること何となくわかるな。

治「なんでバレた、思ってる?」

紬『!?』

また沈黙。あたりやな。

治「エスパーやないけど」

紬『ふぇ!?』

なんや、また当たったらしい。

治「ふ、可愛え」

女の子と電話するのってこんな感じやったっけ。

紬『、治君、テストも終わったし・・その』

治「俺と関わるんは嫌?」

紬『そ、そうじゃなくて』

治「ならなんで?」

紬『そう、じゃなくて』

治「うん」

紬『・・・』

きっと俺にどう伝えるか、迷ってんやろな。

治「ごめんな、電話なら紬ちゃん話せるんちゃうかなって思ってん」

ここで、もうええよ、って切った方がいいのかもしれん。でもそうしたらもっと紬ちゃんとの関係が薄れてしまう気がする。だから

治「でもな、俺も気になるから、時間がかかってもええ。教えて?」

俺がこう言えば紬ちゃんが断れんと知ってていいよる。ごめんな紬ちゃん。

紬『っ、あのね、治君は別に何もしてないよ。むしろ言わないでいてくれて感謝してるよ、ありがとう』

治「ならなんで俺のこと避けんの?」

紬『そ、それは・・』

治「・・」

紬『こ、怖いから』

こわい?怖いって、

治「・・え?」

紬『ご、ごめん!!』

治「そ、それってどういう」

侑「おいサムーさっさ家入れや!オカンがご飯言うてるで!」

紬『ご、ごめん!!早く家に入ってご飯食べて!じゃあね!』

治「ちょ、紬ちゃん!」

切れた。

侑「なんや、フラれたん?」

治「死ねクソツム!!」
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