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奪われたもの

治side

侑「サム、ここの売店中々品揃えええな!」

治「湿布まで置いてあるで」

稲荷崎高校に入学して1か月。

「きゃー宮ツインズ!」

「宮君や!」

中学の頃からのそれに今更驚かんし何とも思わん。いや何ともはないな。ちょっと鬱陶しいわ。

「あ、あの治、くん?」

ツムの方見て頬を染めた女子にツムが笑みを浮かべた。それで奴を俺やと思った女子も嬉しそうに笑う。これアカンやつ。

「あ、あの治君、私治君のバレー中学の時から見てん。それで、あの、、頑張ってな」

侑「俺侑やけど。アンタがずっと見てた治はこっちやで。ずっと見てたわりに、見わけもつかんのかい」

「っ・・」

涙ぐんで俺らの前から立ち去った女子。

治「やりすぎやでツム」

侑「俺らのことなんて全然みてへんやん。なのにバレー持ち出して近づいて来ようとすんのが気に食わんねん。それに見わけもつけへんしな」

治「俺らのことはオカンでも間違えるんやで?」

侑「知ったかするんがウザイ言うてんねん」

俺らを見分けられる他人はおるんやろか?

治「とかいうて、俺の方がモテるからって嫉妬ちゃうんか」

侑「はぁ?頭沸いとんのか?俺の方がサムよりモテるわ」

まぁ、名前も知らん奴から何言われてもどうでもええわな。モテてもしょうがないわ。


「治君」

治「?」

確かクラスの女子で、名前は・・・・、まぁクラスの女子なのは覚えとる。俺の前の席に座って俺の手元の雑誌を眺める女子。なんや、言いたいことあるならはっきりせぇや。

「治君ってバレー部なん?」

治「おん」

「確か双子やねんな?」

治「せや」

「2人してバレー部なん?」

治「せやで」

「仲良しなんやね」

仲良し?そんなんちゃう。

侑「サム!ミーティング行くでー」

ナイスタイミングやツム。

治「じゃ」

「頑張ってなぁ」

廊下で待っていたツムの下へ行くと此奴は俺に手を振っていた女子を一瞥して言った。

侑「可愛え子やん。同じクラスなん?」

治「そー」

侑「ええな」

治「ぐいぐい来よるで」

侑「ぽいわ。興味あらへんの?」

治「ないな」

侑「ふーん」

治「はよミーティング行くで」

侑「俺が迎えに来た側やねんけど」

ミーティングは今度の練習試合の連絡だけ。案外早く終わったそれに、俺は教室に戻るのもあの女子が浮かんで止めた。

治「・・今日開いてるやろか」

一人階段を上っていく。どんどん静かになっていく。

ギィ

治「おお!アタリや!」

ちょっと前に見つけて未だにツムにも話してない場所は屋上。施錠されとるときもあるから人もあまり寄り付いてない場所や。

治「やっぱ、ええな」

暖かい日差しとゆるい風。時間がゆっくり進んでるような感覚っていうんかな。

「----」

治「?」

珍しい、人の声や。自然とそっちへと足が進む。芯の通ったような声が聞こえてきた。なんや耳に残る声やな。

「どんなに世界があなたを隠しても、私だけはあなたを見つけ出すから、だからこの手を掴んで」

それはきっと意図していない偶然。俺の前に伸ばされた手、そして俺を真っ直ぐに見つめるその瞳に、動けへんかった。

「・・・」

治「・・・」

「・・え!!?」

治「!」

「あ、あわ、、す、すみません!!!」

脱ぎ捨ててあった上着を手に掴んで俺の横をすり抜けて屋上を出て行った女の子。

治「・・・なんなん」

ーーどんなに世界があなたを隠しても、私だけはあなたを見つけ出すから、だからこの手を掴んでーー

無意識のうちに延ばしていた手をひっこめた。なんなん、ホンマ、、

治「・・心臓持ってかれた気分や」

風に靡いた黒い髪からのぞいたあの真っ直ぐの瞳と芯の通った声が一瞬やったのに、鮮明に俺に残った。結局俺は昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴るまでその場から動けへんかった。


侑「サム、今日の晩御飯は焼肉とちゃうで」

治「?わかっとるわ」

侑「寿司ともちゃうで」

治「だから知っとるって」

侑「だったらなんなん?」

治「なにがや」

帰り道、ツムがわけわからんこと言いよった。

侑「お前、今日部活前から浮き足立っとるやん」

治「は?」

侑「無意識なん?」

浮き足立っとる?俺が?

侑「なにか良いことでもあったんとちゃうんか?」

良いこと、そう言われて真っ先に浮かんだのは昼休みに見つけたあの子のこと。でもなんや此奴に話すんは嫌やな。

治「別にあらへんよ」

侑「じゃあなんなん?」

治「気のせいや。俺はいつもと変わらん」

侑「・・ふーん」

納得してない様子やったけど、それ以上なんも聞いて来んかった。


治「あかん、ハズレや」

施錠されている屋上の扉。あれから俺は毎日のように屋上に行ってる。けどあの子はおらん。

治「・・幻やったんか?」

侑「なんの話や?」

治「お前どっから現れてん」

侑「サム見かけたから来たんやろ」

治「用ないならどっか行け」

侑「そう言うなや。一緒に探したるで」

治「なんのことや」

ニヤニヤして俺を見んな、ウザイねん。

侑「最近昼休みになるとすぐにどっか行くらしいやん、治君は。クラスの女子が騒いどったで」

ああ、あの女か。

治「鬱陶しいから逃げてるだけや」

侑「俺も最初はそう思っとったけど、違うやろ」

治「違わん」

侑「誤魔化せんで。お前最近ずっとキョロキョロして歩いてるやん。誰か探してんのやろ」

治「探してへん」

侑「どんな子か教えろや。男、はないな。女やろ?」

治「ちゃう」

侑「可愛えの?」

治「人の話聞けやアホ」

侑「その子のこと好きなん?」

治「ちゃうわ」

侑「あ、そう。で、その子どんな子なん?」

治「・・ホンマお前どっか行け」


それから1か月、あの子は見つからへん。正直あの日のことは幻になりつつあった。

「次数学やで」

「あかん、俺当たる」

5限に数学て、眠気との闘いやな。教科書がない。あ、昨日ツムが夜俺の使こうて課題しよったな。

治「あのクソツム」

ツムの教室へと向う。もう絶対貸さへん。アイツのいるクラスに行けば、すぐに奴は俺に気づいた。

侑「サム!なんや用か?」

治「用か違うわボケ。俺の数学の教科書返せ」

侑「せやった!」

「ねぇ、あれって」

「侑くんそっくり」

「宮ツインズやね」

ツムのクラスの女子からの視線が痛い。はよせぇクソツム。

侑「あれー?」

治「ッチ、何もたついてんねん」

ツムの席に行って催促すれば奴は俺を横目に見た。

侑「・・そうやった、お前の返したわ」

治「は?受け取ってへんぞ」

侑「返した、家の机に置いてきた」

治「それは返したちゃう、忘れたいうんやクソツム!!もうええ、お前の貸せ!!」

侑「俺のも家や」

治「はぁ?じゃあなんで昨日俺の使ってたんや!」

侑「お前のが出てたからちょうどええやん」

治「もう俺のもんに触んなや」

あー、今から角名のクラス行って借りるか?でもアイツのクラス今日数学あんのか?

侑「無くてもええんちゃう?どうせ聞いてへんのやろ?」

治「お前と一緒にすな」

侑「しゃーないなぁ」

なにがしゃーないや、お前のせいや。

侑「紬ちゃん」

ツムの声に明らかに驚いたように肩を揺らしたのはメガネをかけて、髪を三つ編みにしている隣の席の女の子。

侑「数学の教科書持ってへん?持ってるなら此奴に貸してほしいねんけど」

なに勝手なこと言うてんねや。

治「気にせんといて。大丈夫やから」

侑「でももう時間ないで」

治「別にええわ。隣に見せてもらう」

侑「あっそ」

治「お前プリン奢れや」

侑「はぁ?」

そろそろチャイムなるな。クラスに戻ろうとした俺を呼び止めたのは、今まで黙っていた紬と呼ばれていた女の子やった。

紬「どう、ぞ」

治「!」

差し出された数学の教科書。

侑「お!流石、紬ちゃんや!」

でも俺はそれより、この子の声とその手を見てあの日の、幻や思てたあの子やと、思った。

治「あんた!」

紬「ひぃ!」

俺はその子の手を掴んでいた。

侑「ちょ、サムどうした!?」

ツムの声に我に返って咄嗟にその子の手を離す。

治「!ご、ごめんな」

紬「あ、、い、いえ」

治「、教科書借りてええ?」

紬「、はい」

治「ありがとう」

俺はジッと睨むように見てくるツムを無視して教室を出た。折り目のついている教科書には綺麗な字で名前が書かれとった。

治「稲荷紬・・・やっと見つけた」
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