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__夕香side
彼は、気づけばいつも傍にいた。
でもそれは、単に私の傍にいたという訳ではない。
兄さんの傍にいたから、必然的に私の傍にもいた、というだけだった。
兄さんのことが大好きだったから、私はいつも周りをうろちょろとしていたし、サッカーだって始めた。
だから、何となく不穏な空気がサッカー界を包んでいくのを肌で感じていた。
それもあってかは分からないけど、兄さんは私に真っ先に打ち明けてくれた。
サッカーを、救いたいのだと。
だから、己の身をも犠牲にしてしまうことも厭 わないのだと。
片手では足りないくらい離れている私が、ひっついいて回っても、嫌な顔ひとつせず、世話を焼いてくれた兄さんらしい、優しい選択。
私なんかよりずっと頭が良くて、そして父に似て頑固な兄さんのことだから、今更私が何かを言ったところで、徒労に終わるであろうことは容易に想像がついた。
だから私は、着いていく、とだけ言った。
兄さんは困惑したように眉を寄せて、しばらく黙り込んでしまった。
ようやく息を吸って口を開こうかというときに、そこで初めて彼が口を開いた。
「あなたと同じくらい頑固なんですから、断るだけ無駄ですよ」
そう言いながら笑う彼が眩しく見えて、心臓が少し跳ねたのを、今でも覚えている。
ただ、その時の私は混乱してしまって、それって私の悪口じゃない?ってとこに意識が飛んで、可愛くないことに、私は彼の足を少し踏んで抗議した。
彼は痛がりながら、貴方の背中をずっと追いかけてきた俺も同じですからね、と付け加える。
兄さんはこめかみを押さえて、深いため息を吐いた後、一言分かったと言ってくれたのだった。
それから何度も私は彼と行動を共にした。
兄さんの暴走を止めたり、一緒に書類を作成したり、聖山中の子たちに差し入れをしたり…。
今思えば、かなり濃い時間を過ごしていた気がする。
好きになったのはいつかと聞かれてもさっぱり分からないけれど、ただ、あの眩しい笑顔を見たとき心が動いたのはわかる。
きっと、それからだ。
彼を目で追うようになったのは。
「…夕香さん?」
「えっ」
いけない。
いつの間にか思考が過去に飛んでしまっていた。
でも、それも仕方ないと思う。
だって、彼が変なことを言うから。
「もう一度だけしか言いませんよ」
少し顔を赤くして、息を吸い込む彼を見る。
でも何度言われたって、私は信じられそうにない。
だって。
「貴女のことが好きです」
だって、あなたの周りにはもっと可愛くて綺麗な人がたくさんいて。
視界がぼやける。
あ。だめ。いやだ。泣きたくないのに。
下を向けば零れることが分かっているから、ぼやけた視界のまま彼から顔を背けた。
…背けたかった、のに。
強引に腕を引っ張られて、バランスを崩した私を抱きとめて。
泣かないで、と耳元で乞うように囁く。
あなたに泣かれると俺は弱いんです、とストレートな言葉に動揺してしまって、うまく言葉が紡げない。
年上だからって余裕ぶってずるい、私ばっかり、と思っていたけれど、徐々に落ち着いてきて、背中に回る手が震えているのを感じた。
ああこの人は本当に、と、先程の言葉がすんなりと受け取れた。
彼の腕の中で、少しずつ言葉がまとまってくる。
頑張って、彼にこの言葉がまとまったら伝えよう。
だから、もうすこし、このままで。
__虎丸side
俺は、彼について行くことを決めた。
視線を誰よりも強く惹きつけて、そのプレーで誰よりも輝き、人の心を奪っていく。
そんな彼の傍にいたいと心からそう思い、実際ずっと傍にいる。
どうしようもなく魅せられてしまったのだ。
しかし彼の傍にいるのは俺だけではなかった。
まあ何ということはない、彼の溺愛するたった一人の妹のことだけれど。
彼女の方もその愛は満更でもないようで、彼のことを慕って、俺と同じように彼について回っていた。
そして彼女は、彼と同じような不思議な魅力を放っていた。
頑固で、聡明で、どこか惹きつけられる。
…それに、笑った時の顔がそっくりだ。
けれど、決定的な違いが彼らには存在していた。
「弱さ」だった。
まあ、あの人の強さが桁違いというのもあるのかもしれないけれど、それにしたって彼女には儚い印象がどこか付きまとう。
煌々と輝く太陽を彼とするなら、彼女は月のように光を受けて輝く弱さを持つ。
実際、彼女が俺の前で初めて涙をこぼしたとき、触れれば崩れてしまいそうなくらい、ひどく脆く見えた。
初めて、守りたいと心から強く願った。
馬鹿馬鹿しいと思うだろうけど、好きな女の子の前で大抵の男は馬鹿なんだから、仕方ないと思う。
並大抵の男なんかよりもずっと強いはずの彼女が、俺にだけ弱さを見せてくれるのは、やっぱり男として嬉しいわけで。
でも、俺はずっとこの気持ちを誤魔化していた。
あの子のことが好きだ、と自覚することは容易い。
ただどうしても、5つも下の子に何を、という思いが頭から離れなくて。
それに、情けないことに、もし、彼女が俺のことをただ同じように兄として慕ってくれているだけだったら、と考えると俺は怖気づいてしまった。
そうこうしているうちに高校を卒業して彼女はあっという間に大人に変わっていく。
大学の専攻の話、語学の選択、サークル…。
俺以外との接点が増えていくことに気づいて、俺は怯えた。
そして、その感情に気付いた俺は衝撃を受けた。
ずっとこの感情に蓋をして、見て見ぬふりをし続けていたことに。
なりふり構ってられなかった。
こんなに余裕がない自分にも腹が立つ。
でも今を逃したらきっと、俺は一生後悔することになる。
精一杯お兄さんぶって、俺は彼女に声をかける。
無邪気に笑って振り返る彼女を今すぐ抱きしめたい衝動を抑えて。
彼は、気づけばいつも傍にいた。
でもそれは、単に私の傍にいたという訳ではない。
兄さんの傍にいたから、必然的に私の傍にもいた、というだけだった。
兄さんのことが大好きだったから、私はいつも周りをうろちょろとしていたし、サッカーだって始めた。
だから、何となく不穏な空気がサッカー界を包んでいくのを肌で感じていた。
それもあってかは分からないけど、兄さんは私に真っ先に打ち明けてくれた。
サッカーを、救いたいのだと。
だから、己の身をも犠牲にしてしまうことも
片手では足りないくらい離れている私が、ひっついいて回っても、嫌な顔ひとつせず、世話を焼いてくれた兄さんらしい、優しい選択。
私なんかよりずっと頭が良くて、そして父に似て頑固な兄さんのことだから、今更私が何かを言ったところで、徒労に終わるであろうことは容易に想像がついた。
だから私は、着いていく、とだけ言った。
兄さんは困惑したように眉を寄せて、しばらく黙り込んでしまった。
ようやく息を吸って口を開こうかというときに、そこで初めて彼が口を開いた。
「あなたと同じくらい頑固なんですから、断るだけ無駄ですよ」
そう言いながら笑う彼が眩しく見えて、心臓が少し跳ねたのを、今でも覚えている。
ただ、その時の私は混乱してしまって、それって私の悪口じゃない?ってとこに意識が飛んで、可愛くないことに、私は彼の足を少し踏んで抗議した。
彼は痛がりながら、貴方の背中をずっと追いかけてきた俺も同じですからね、と付け加える。
兄さんはこめかみを押さえて、深いため息を吐いた後、一言分かったと言ってくれたのだった。
それから何度も私は彼と行動を共にした。
兄さんの暴走を止めたり、一緒に書類を作成したり、聖山中の子たちに差し入れをしたり…。
今思えば、かなり濃い時間を過ごしていた気がする。
好きになったのはいつかと聞かれてもさっぱり分からないけれど、ただ、あの眩しい笑顔を見たとき心が動いたのはわかる。
きっと、それからだ。
彼を目で追うようになったのは。
「…夕香さん?」
「えっ」
いけない。
いつの間にか思考が過去に飛んでしまっていた。
でも、それも仕方ないと思う。
だって、彼が変なことを言うから。
「もう一度だけしか言いませんよ」
少し顔を赤くして、息を吸い込む彼を見る。
でも何度言われたって、私は信じられそうにない。
だって。
「貴女のことが好きです」
だって、あなたの周りにはもっと可愛くて綺麗な人がたくさんいて。
視界がぼやける。
あ。だめ。いやだ。泣きたくないのに。
下を向けば零れることが分かっているから、ぼやけた視界のまま彼から顔を背けた。
…背けたかった、のに。
強引に腕を引っ張られて、バランスを崩した私を抱きとめて。
泣かないで、と耳元で乞うように囁く。
あなたに泣かれると俺は弱いんです、とストレートな言葉に動揺してしまって、うまく言葉が紡げない。
年上だからって余裕ぶってずるい、私ばっかり、と思っていたけれど、徐々に落ち着いてきて、背中に回る手が震えているのを感じた。
ああこの人は本当に、と、先程の言葉がすんなりと受け取れた。
彼の腕の中で、少しずつ言葉がまとまってくる。
頑張って、彼にこの言葉がまとまったら伝えよう。
だから、もうすこし、このままで。
__虎丸side
俺は、彼について行くことを決めた。
視線を誰よりも強く惹きつけて、そのプレーで誰よりも輝き、人の心を奪っていく。
そんな彼の傍にいたいと心からそう思い、実際ずっと傍にいる。
どうしようもなく魅せられてしまったのだ。
しかし彼の傍にいるのは俺だけではなかった。
まあ何ということはない、彼の溺愛するたった一人の妹のことだけれど。
彼女の方もその愛は満更でもないようで、彼のことを慕って、俺と同じように彼について回っていた。
そして彼女は、彼と同じような不思議な魅力を放っていた。
頑固で、聡明で、どこか惹きつけられる。
…それに、笑った時の顔がそっくりだ。
けれど、決定的な違いが彼らには存在していた。
「弱さ」だった。
まあ、あの人の強さが桁違いというのもあるのかもしれないけれど、それにしたって彼女には儚い印象がどこか付きまとう。
煌々と輝く太陽を彼とするなら、彼女は月のように光を受けて輝く弱さを持つ。
実際、彼女が俺の前で初めて涙をこぼしたとき、触れれば崩れてしまいそうなくらい、ひどく脆く見えた。
初めて、守りたいと心から強く願った。
馬鹿馬鹿しいと思うだろうけど、好きな女の子の前で大抵の男は馬鹿なんだから、仕方ないと思う。
並大抵の男なんかよりもずっと強いはずの彼女が、俺にだけ弱さを見せてくれるのは、やっぱり男として嬉しいわけで。
でも、俺はずっとこの気持ちを誤魔化していた。
あの子のことが好きだ、と自覚することは容易い。
ただどうしても、5つも下の子に何を、という思いが頭から離れなくて。
それに、情けないことに、もし、彼女が俺のことをただ同じように兄として慕ってくれているだけだったら、と考えると俺は怖気づいてしまった。
そうこうしているうちに高校を卒業して彼女はあっという間に大人に変わっていく。
大学の専攻の話、語学の選択、サークル…。
俺以外との接点が増えていくことに気づいて、俺は怯えた。
そして、その感情に気付いた俺は衝撃を受けた。
ずっとこの感情に蓋をして、見て見ぬふりをし続けていたことに。
なりふり構ってられなかった。
こんなに余裕がない自分にも腹が立つ。
でも今を逃したらきっと、俺は一生後悔することになる。
精一杯お兄さんぶって、俺は彼女に声をかける。
無邪気に笑って振り返る彼女を今すぐ抱きしめたい衝動を抑えて。
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