無印

コンコン、と控えめなノックが聞こえたのは、勉強に飽きてベッドに寝転がっていた時だった。
半分寝惚けていた俺は、返事にならない返事をする。

「んあ?」
「……入っても良いか?」

ドア越しに聞こえてくる、遠慮したような小さな声に、俺は跳ね起きた。
風介……、いや、ガゼルだ。

「おう。いいぜ」

何でもないように、なるべく普通に。平静を装えているだろうか。
ガチャリとドアがゆっくり開き、ガゼルがどこか怯えたような顔で入ってくる。

「……失礼する」
「、こっちこいよ」

あまりにもひどい顔色で、迷子みたいにきょろきょろと落ち着かないものだから、見かねて俺はベッドの隣のスペースを叩いて読んでやる。

「っ、ぁ」

びくりと身体を頼りなさげに揺らして、トトト、と俺の傍へ寄ってくる。
いつもと違ってやけに従順で。その姿に何だか胸がギュッと締め付けられる。
……いつもこうなら可愛いものを。

「どうした? 何かあったか?」

声をかけても、うつむいたままこちらを見ようとしない。
……思えば、入ってきたときからずっと、目が合っていない。
一体何があったのかは分からないが、相当不安定らしい。

「何も……。 ただ、君に会いたくて」

きゅ、と膝の上で握られた両手が震えていた。それが全てを物語っていた。

"君に会いたい"などという素直な言葉に面食らう。
たまに不安定になるとこんな風に素直になるのだが、思春期前に戻ったみたいで何だか変な気分になる。

「そうか」

俺はいつも通りにニパっと笑ってガゼルの肩を抱き寄せた。
あっとガゼルの口から声が漏れる。

俺は、ガゼルに大丈夫だと強く伝えてやりたくて、”元の名前”で呼んでやる。

「好きだぜ、風介」
「っ、は、るや……っ」

胸元を小さく遠慮がちに掴む手が愛おしい。
とうとう、ぐずぐずと泣き出した風介を、俺はしばらくあやしてやる。

他人に弱さを見せることが極端に下手で、小さい頃は黙ってやりすごしていたが、今では強がって反発して孤立したがる。
おひさま園のみんなにはある程度はバレているのだが、みんなあえて黙って見ているだけだ。
基本的にみんな、触れられたくない傷を持った仲間だからだ。

でも、結局限界は来る。
唯一心を許したと言える俺にだけ、こうして本音を吐きに来ることができるようになっただけ、まだマシだと言える。

泣き止んだ風介が、鼻をすすりながら、口を開く。

「晴矢、私、怖いんだ」
「……風介?」

不安そうに口元に笑みを浮かべながら、こう言った。


私、ちゃんと笑えてる?


きっとそれは、父さんの計画の狂気に触れてしまったからで。
俺は何も言わずにキスをした。
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