無印
荒い息が、グラウンドの隅に落ちる。あたりにはもう誰の気配もしなくなっていた。
当たり前だ、俺がキャプテン権限を無理に振りかざして、さっさと部員を帰したからだった。
帝国学園のグラウンドは屋内だから、天気は関係なく練習が可能だ。
だからといって、土砂降りの予報が出ている中、無理に練習を伸ばす意味もない。
小雨のうちに早く帰れと、渋るみんなを追い立てるように、キャプテン権限だぞと脅した。
寮暮らしの何人かは何か言いたげにしていたが、練習機会の平等を強調すると、渋々帰宅の用意をして出て行った。
でも、俺が最後に残ったのはそれだけが理由ではなかった。
源田だけはきっと気付いていたが、何も言わずに意味ありげな視線だけ寄越して、皆に帰るように促してくれた。
雨。あの日も、雨だった。
俺が置いて行かれたことに気付いた日。
もう二度と、あの人が戻ってこないことに。
FFIで優勝してから早三ヶ月。
相変わらずあの人は、雷門に所属したままだった。
きっと、もうあの人の中では、俺たちはただの思い出に過ぎない。
なのに。
「佐久間」
「、鬼道…」
不意に懐かしい声が聞こえて、背中がぞわりと総毛だつ。
何もこんな日に来なくても良いだろうに。
振り返ると、懐かしそうに目を細めた鬼道が、久しぶりだな、と声をかけてきた。
俺はどうにか平静を装いながら、無理やり言葉を絞りだす。
「どうしたんだ、急に」
いや、と鬼道は言葉を濁したのち、小さく息を吐いた。
その後、帝国では見せたことがない柔らかな笑みを浮かべて、
「佐久間に会いたくなってな」
なんて、言葉を。
あんな柔らかな笑みをここで見ることができるなんて、という苦い痛み。
そして、それを俺に向けた事実に胸が高鳴る。ああ、貴方って人は。
そうか、と分かったのか分かっていないのか曖昧な返事をしながら、足元のサッカーボールを拾い上げた。
もう練習をする気力も残っていない。
片付けと戸締りを…、と思考を巡らせていると、不意に鬼道が口を開いた。
「調子はどうだ?」
一瞬、何の話かまったく理解できなかった。
だが、その一瞬の間を置いて質問の意図を理解した。
思わず苦笑が漏れる。あれからもう随分と経ったというのに、鬼道は未だ気遣ってくれる。
「すごくいいよ、ありがとな」
「元気そうで何よりだ」
相変わらずの柔らかな笑みを浮かべたまま、鬼道は俺の頭に手をやる。
手が、ゆっくりと俺の銀髪を滑っているのが分かる。
途端俺は、動けなくなる。思考も動作も、停止したまま動けない。
「佐久間」
鬼道が俺の名を呼ぶ度、心臓が跳ねる。
鬼道は分かっているのだろうか。俺が、一体、どんな気持ちでいるのか。
「お前は全然変わらないな」
指先が、毛先までするすると滑る。
瞬間、離れてしまう、そう思った俺に辟易した。
鬼道は俺の気持ちを理解したのか、していないのか。
髪の毛から手を離したかと思うと、それが頬に伸びて。
「き、どう」
思わず漏れた声に、鬼道は弾かれたようにはっとしたのち、俺の頬から手を離した。
触れられた箇所が熱い。そこだけ熱を持ってしまった。
「練習の邪魔をしてすまなかった、じゃあ」
俺と目を合わせないまま、鬼道はくるりと背を向けた。
風なんか吹くはずもないのに、鬼道の服が風に揺れた気がした。
俺は去っていく鬼道に何も言えないまま、グラウンドの隅で小さく嗚咽を漏らすことしかできなかった。
当たり前だ、俺がキャプテン権限を無理に振りかざして、さっさと部員を帰したからだった。
帝国学園のグラウンドは屋内だから、天気は関係なく練習が可能だ。
だからといって、土砂降りの予報が出ている中、無理に練習を伸ばす意味もない。
小雨のうちに早く帰れと、渋るみんなを追い立てるように、キャプテン権限だぞと脅した。
寮暮らしの何人かは何か言いたげにしていたが、練習機会の平等を強調すると、渋々帰宅の用意をして出て行った。
でも、俺が最後に残ったのはそれだけが理由ではなかった。
源田だけはきっと気付いていたが、何も言わずに意味ありげな視線だけ寄越して、皆に帰るように促してくれた。
雨。あの日も、雨だった。
俺が置いて行かれたことに気付いた日。
もう二度と、あの人が戻ってこないことに。
FFIで優勝してから早三ヶ月。
相変わらずあの人は、雷門に所属したままだった。
きっと、もうあの人の中では、俺たちはただの思い出に過ぎない。
なのに。
「佐久間」
「、鬼道…」
不意に懐かしい声が聞こえて、背中がぞわりと総毛だつ。
何もこんな日に来なくても良いだろうに。
振り返ると、懐かしそうに目を細めた鬼道が、久しぶりだな、と声をかけてきた。
俺はどうにか平静を装いながら、無理やり言葉を絞りだす。
「どうしたんだ、急に」
いや、と鬼道は言葉を濁したのち、小さく息を吐いた。
その後、帝国では見せたことがない柔らかな笑みを浮かべて、
「佐久間に会いたくなってな」
なんて、言葉を。
あんな柔らかな笑みをここで見ることができるなんて、という苦い痛み。
そして、それを俺に向けた事実に胸が高鳴る。ああ、貴方って人は。
そうか、と分かったのか分かっていないのか曖昧な返事をしながら、足元のサッカーボールを拾い上げた。
もう練習をする気力も残っていない。
片付けと戸締りを…、と思考を巡らせていると、不意に鬼道が口を開いた。
「調子はどうだ?」
一瞬、何の話かまったく理解できなかった。
だが、その一瞬の間を置いて質問の意図を理解した。
思わず苦笑が漏れる。あれからもう随分と経ったというのに、鬼道は未だ気遣ってくれる。
「すごくいいよ、ありがとな」
「元気そうで何よりだ」
相変わらずの柔らかな笑みを浮かべたまま、鬼道は俺の頭に手をやる。
手が、ゆっくりと俺の銀髪を滑っているのが分かる。
途端俺は、動けなくなる。思考も動作も、停止したまま動けない。
「佐久間」
鬼道が俺の名を呼ぶ度、心臓が跳ねる。
鬼道は分かっているのだろうか。俺が、一体、どんな気持ちでいるのか。
「お前は全然変わらないな」
指先が、毛先までするすると滑る。
瞬間、離れてしまう、そう思った俺に辟易した。
鬼道は俺の気持ちを理解したのか、していないのか。
髪の毛から手を離したかと思うと、それが頬に伸びて。
「き、どう」
思わず漏れた声に、鬼道は弾かれたようにはっとしたのち、俺の頬から手を離した。
触れられた箇所が熱い。そこだけ熱を持ってしまった。
「練習の邪魔をしてすまなかった、じゃあ」
俺と目を合わせないまま、鬼道はくるりと背を向けた。
風なんか吹くはずもないのに、鬼道の服が風に揺れた気がした。
俺は去っていく鬼道に何も言えないまま、グラウンドの隅で小さく嗚咽を漏らすことしかできなかった。